お釈迦様は『妙法蓮華経』の中で 回向文として
“願わくば この功徳をもって 普く一切に及ぼし
我らと衆生と 皆ともに仏道を成ぜん”
(ねがわくば このくどくを もって あまねくいっさいにおよぼし
われらとしゅじょうと みなともにぶつどうをじょうぜん)
の教えがあります。
意味は
私が行う、善行の功徳 自己の鍛錬 努力のたまもの の
それらの功徳を
あらゆる人々に振り分け、
私も、すべての人々も皆ともに、
仏への道を歩めますように
というものです。
じゃあ じゃあ
仏の道ってなーーに?
ここで光静先生のブログから引用↓
お釈迦さまが説かれた「法」とは
手を合わせて祈るマジック
ではありません。
不意義な力を呼び起こすような
ファンタジーではありませんー。
今、私たちが生きている
「生きるというシステム」
のことです。
「仏」となられた方が説いた
〈生きているシステム=法〉を
仏法といいます。
そして
つまり、
生きながら、それを体感&実感し
実感したなら脱出方法を学び、
気付きながら次のステージへと
「人格をあげていく」ことを
仏法は目指しています。
仏教が目指すところの悟りは
=人格の向上=
引用終わり
瀧本光静先生のブログ全文はこちら↓
手放せ!執着ー! - 一番短いお説法
https://yaplog.jp/takimotokousei/archive/1265
私は、
愚かな人間なので、
(自分の行いが)
誰かに見られて恥ずかしい
と思う事がよくあり、戒めにもなっています。
私はこの回向文を
誰かが居てくださるから
善行を行えるのだ
他者とは
私にとってありがたい存在と
捉えています。

