おかじゅんです。

昨日の続きです。

親にわがままを言わない。
自分の意見すら言わない。
動かず、じっとおとなしくしているのが最高のよい子と信じていた私は
小学1年の通知簿に、何の評価もつかなかった理由は
先生に何を尋ねられても、自分の意見を言えなかったのです。

5歳位からピアノも習っていました。母の言いつけ通りに

 


でも楽しくなかった。毎日、課題曲を練習しないと遊びにも行けない。
先生もスパルタでうまく弾けないとぴしゃりとほっぺを叩かれます。
叩かれた拍子に床に転げ落ちました。
小さな私にはピアノの椅子は床から高く、足は床に届かず 

バランスを崩して倒れこみピアノの足場の金属に頭をぶつけました。

転げ落ちた時、真っ先に見上げたのは母の顔。 
母の顔は能面のように見えました。 
そして助けてもらえませんでした。


 母に認めてもらいたい為にピアノを頑張る。
 でもイヤ の気持ちが病気という形で現れました。

 病気になれば母の気をひける。
 病気になれば弟たちより大事にしてもらえる。
 病気になれば、ピアノを辞められる。


お母さんに認めてもらいたくて、認めてもらいたくて
でも認めてもらえなかった幼い時代を大事に持ち続けて 

心の中で物事を選ぶ基準がお母さんになってしまいました。

母が物事の基準という法則は 
ほんとうに とてもとても おそろしい事に
私が大人になってからも、ずっと続くのです。
自分ではなく、母が喜ぶかどうかが基準だと物事がうまくいくはずありませんね

でもその時はなぜうまくいかないか わからず、周りのせいにしていました。


  瀧本 光静先生のブログ
2018年8月17
本当の自己愛を知ると人生が変わる(続き)

https://yaplog.jp/takimotokousei/daily/201808/17/