こんにちは、おかじゅんです。
瀧本 光静先生のブログ ↓
どっちみち帰るのに、なぜ?
https://yaplog.jp/takimotokousei/archive/1377
大切な人を亡くす。
身近な人を亡くすと、
心から笑えない…そんな時期は誰でもあります。
私の場合
楽しんじゃあいけない 今、とても楽しい時間を過ごしたとしても
母が病気で亡くなったことに対して罪悪感を持っていたので
その時を楽しんじゃいけないという呪文を自分にかけていました。
「幸せになってはいけない」
私は「お母さんより幸せになってはいけない」
自分の中の負の感情をずっと持ち続けようとしていました…
仏教を学んで
亡くしたものは確かにあるんだけど、手の届かない場所にいってしまったけど
無くしたことで、得たものは何?って考えるようになりました。
実は 携帯電話を旅先で無くすという笑えないアクシデントあったんです。
旅行先での最終日、今日夕刻のフライトを予約していて
今から空港へ行って大阪へ帰るよっという時に 携帯がない!!とあたふたしました。
その様子を見て 私の携帯番号に電話をかけてくれた人
どこのどなたか電話を拾ってくださり、会館に届けてくださった人
電話に出てくださった会館の人
フライトが迫る間際に会館へ車を走らせてくれた人
私のあたふたを見守ってくださった人
渋滞していて 結果 会館にはたどり着けなかったけど
携帯は宅急便で送ってくださることに…
無くすという出来事は
感謝を味わえたすばらしいハプニング
携帯が有ったと解かったとき、私の方をぽんぽんって叩いて
「よかったねーーびっくりしたねー」といってくださった人
その時の手のぬくもり
たくさんの方からあたたかい心をいただきました。
私は
無くすという事からも感謝の種はいっぱいあるんだ と見つけましたよ。
もし、見つからなかったときも感謝できるかは今後の課題として 精進します。
今日もしあわせ。
今日もありがとうございました。
