『お前、いい加減にしろよ。』
と、現れたのは松岡先輩。
翔くんと同じで病院に行ったら
俺が退院してると聞かされて
ちょっと怒りながら我が家にやって来た。
『しばらく入院するんだと思ってたのに
いいのか退院して……』
と、怒ったり心配したり
先輩の表情は忙しない。
『先輩。
俺、治療しないことにしたんです。』
温かいコーヒーをテーブルに置くと
俺は静かに向かい側の席に座った。
俺の落ち着いた様子や話し方に
戸惑いつつ先輩が
『え?なんで治療しないんだよ?
やっぱり再発してたんだろ。
だったら……………
治療すべきだろ。
なんで櫻井も黙ってるんだよ。』
と、俺の隣に座っている翔くんにまで突っかかっていった。
翔くんはただ黙って一点を見つめ
それから
『俺たちで決めたんです。』
と、静かに語った。
『そ、それでも…………………』
先輩は何か言いたそうだったけど
そう言う雰囲気でもなくて
コーヒーと一緒に飲み込んでいた。
俺たちの間にある緩やかな時の流に
『ふー、
なんなんだか………
まるで老夫婦みたいだぞ…………』
って、呆れてため息をついていた。
そうかもしれない…………
俺たちは終わりに向かって
穏やかに
そして、
笑って過ごすんだって決めたんだ…………
俺はそっとテーブルの下で翔くんの手を握った。
『先輩。
ごめんなさい。
いっぱい心配かけて
いっぱい世話になったのに………
俺の最後のワガママ聞いてください。
二人で笑っていようって
最後まで笑っていようって
決めたんです。
先輩には、まだまだ心配かけるかもしれませんが
お願いします。』
俺は先輩の顔をしっかり見据えて
頭を下げた。
それを見て何も言えなくなった先輩は
『……………わかったよ。』
と、言って目頭を指で摘まんでいた。
次の日には
二人で緩和ケアの病院に行ってきた。
周りが緑に囲まれて
とても爽やかな風が通る病院だったけど。
出来るだけ自宅で過ごせるようにと
先生が応診してくれることになり
俺が普通に生活できるようにしてもらった。
気分がいい日と悪い日があって
気分がいい日は
翔くんと散歩をしたり
絵を描いたり
料理をしたり
ちょっと家事をしたり
後は…………
俺の後始末。
俺が死んだ後、迷惑がかからないように………
その準備を始めた。
頼まれていた絵は
ニ週間で描き上げた。
「俺って、やればできるんじゃん。」
なんて…………今ごろ思ったけど
気付くのが遅すぎた。
考えると、やり残したことがいっぱいある。
ひとつひとつ忘れないように
大学ノートにやるべき事を箇条書きにして
終わったものからチェックを入れていった。