娘が感心にドラマを録画してみている。
つい、つられて私も観入ってしまった。
「コウノドリ」
先日のブログに書いたように、私は医療もののドラマは苦手だ。
それでも、このドラマには惹きつけられる何かがある。
新生児を取り扱うドラマなんて、それだけでも大変なことだ。
私は小児科、産科婦人科の勤務経験はない。
その二つと精神科にだけは働きたくないと長く思っていた。
理由は簡単。
話してわからない相手が苦手だから。
なのに、その一つに今勤めている。
命の重さは、みんな平等。
だからこの仕事を続けてこられた。
ノルマがあったり、贔屓にしたり。
そんな仕事は苦手。
命を前にして、人は皆平等…そう思うと今できる自分の精一杯を尽くせる。
若き日の自分はそう思っていた。
たとえば今、これを読んでくださるみなさんが意識不明な状態になり
「大きなリスクを伴う治療を行っても、後遺症が残ります」
「もしや治療中に命に関わることや、命は助かったとしても、意識が戻ることはない可能性もあります」
そんなふうに告げられたら、どうしますか。
私は前もって家族に伝えていることがあります。
もし。
私が突然起きてこなくて、イビキをかいて眠っていて、どんなに揺り動かしても意識がない…という状態を発見したら。
つらくても、3時間様子を見てほしい。
3時間放っておいてください。
そして、3時間後にまだ呼吸をしていたら、もう3時間様子を見てほしい。
呼吸が止まったら、警察に電話をしてほしい。
ーそうお願いをしています。
もちろん、家族はそんなことできないと思うのだけど(笑)
たとえ半身不随になっても、楽しみも味わえるし、幸せを与えることだってできるでしょう。
そう、人には話す。
でも、生かされた苦しみもたくさん味わうことになるでしょう。
生かされた自分。
そんな生活をみなさんはどう思うでしょう。
「たとえ1%でも助かる可能性があれば、私は全力で助けます」
ドラマの医師の言葉。
重く響いた。
特に新生児なら、当然と感じる不思議。
お年寄りなら、どうだろうか。
小さくても、大きくても、お金持ちでも、貧乏でも、命の重さは同じ。
そう言ったそばから、自信がなくなり始める。
人は、なす術がないと無力感を感じる。
これもやった。
あれもやってみた。
でも、なす術がなかった。
どうにかならないか。
もっと違う治療法がないか。
もっと。
全くの無力の中から、小さな未来を探す。
こうやって、太刀打ちできなかった病気からたくさんの治療法が発見されてきたのだろう。
前出の質問の続き。
もし、自分の大切な人、愛する人が瀕死の状態で発見されたら。
2度と話すことも、食事を口から摂ることもできない状態になるとしたら。
みなさんなら、どうしますか。
重い話題が多すぎますね。
でも、大切なのは元気なうちに家族間で思いを共有すること。
珍しく、子供達と真剣な話をした。
それが、何より大切なんだと。
話して分かり合えなくても
話さなくても、伝わるものがたくさんあると今は思っている。
みんな懸命に生きている。
ただ前だけをみて進むことも大事だけど
時にー
ひいてみる、歩みを止めて全体的にみる。
そんなことも必要だと
今の年齢になった私は感じている。