願い事。
誰にでも、一つや二つはある。
壮大なもの。
ありえないもの。
日常的な小さなもの。
どこにでもあるもの。
きっと、誰もが持つ希望みたいなもの。
今朝は早番で6時過ぎに家を出た。
車のエンジンスターターをかけておくのを忘れて
フロントガラスの霜がとけるのを
今か今かと待った。
悪いのは私なのに、小さな歪みは仕事場についても奥底に張り付いた。
本当に様々な人間がいる。
慢性的なものなら、逆に目につかない。
日内変動がある人は、また始まったか…と思う程度か。
波がある人も同じかな。
結局、何が起こってもおかしくはない場所だ。
彼は気付くとそこに佇んでいる。
傾いだ立位で、そのまま寝起きをしている。
何につけても、確認作業優先。
目が覚め、いつもの場所か確認。
自分の靴かどうか確認。
履いたらまた確認。
板のつなぎ目、床のつなぎ目は何があっても踏まない。
嫌、踏めない。
ここは自分の座席か。
何も書いてないテーブルに、鼻を擦らんばかりに目を近づけ、何かを確認。
届いた食事も、内容の確認なのか、食器の確認なのか、どちらもなのか。
いい加減、冷めたころに一気に口に突っ込む。
私は彼が苦手だ。
食事時間は戦争。
進まない人の介助、下膳。
掃除。
彼はなんでも一人でできるのに、確認作業に勤しむあまり、和を乱す。
つい、声を張り上げる。
早くしなさい。
ほら、ここに入れて。
もういい、あとは下げなさい。
驚くほど、母親的な、高圧的な、命令口調になる。
今朝の私はどうかしていた。
たぶん、小さな歪みが蝕んでいるんだ。
怒涛のごとく、烈火のごとく言葉が口から飛び出した。
食器ののったお盆を受け取る手に、思いの外、力が入った。
食器が音を立てて床に叩きつけられた。
「やめてください。あーーーーー、ごめんなさい。もうしません。許してください」
彼は半べそをかいていた。
それはもういい、どきなさい。
食器はここに入れなさい。
何度言っても、彼には通用しなかった。
午前いっぱい、彼は私の方を見ていた。
目があうと逸らす。
「怖いんです。やめてください」
繰り返し繰り返し同じことを叫んでいた。
生きていきにくいだろう。
さぞかし、辛いだろう。
わかっている。
彼に小さな声で聞いた。
「ねぇ、どうしてほしい?どうしたら、あなたの暮らしやすい世界になるんだろう」
驚くほど、白目が澄んだ瞳で私を見つめる。
返事はなかった。
彼にだって、夢や希望はあるはずだ。
いや、あったはずだ。
食べたいものも、着たい服も、あるはず。
自分のペースで生活したいはずだ。
なんでそんな小さな事すら叶わないのだろうか。
明日は、もっと歩み寄ろう。
優しい気持ちを取り戻そう。
もっと、もっと。
わかりあえる関係をつくろう。
そう、願った。