私は大阪万博の年の夏に生まれた…らしい。
お医者さんが万博に行ってて
産気づいたのに
「先生いないから、まだ産んじゃだめ」と言われながらの出産だったと聞いた。
その時、母は一人ぼっちだった。
私の父は、お腹の大きな母を捨てたのだ。
母は、私をどんな思いで生んだのか。
想像を絶する。
私の父になると言ってくれた現在の父。
私は、なに不自由することなく育った。
ワガママいっぱいに。
母が亡くなった後、私達を捨てた父が母に宛てて書いた手紙がたくさんでてきた。
それを捨てることができず、鞄にしまって今私の手元にある。
メールのない時代だものね。
愛されていたのにね。
母がどんな気持ちで、その手紙をしまっていたのか。
誰にもわからない。
人の気持ちなんて、変わるもの。
その時は、神に誓っても。
暗い話をしてしまいました。
この話は、誰にも話したことはない。
なんで急に思い出したのだろう?
誕生日だからかな。
自分の誕生日を、母に感謝するようになったのは、母が亡くなってから。
元気な頃の母に感謝の気持ちを話したことなんて、一度もなかった。
後悔なのかな。
来年の誕生日は。
どこかに泊まりに行こうかな。
母親業をしない!なんて
結局できなかった。
大それた望みでもないはずなのに
叶わないこと。
愚痴を話せる場所があってよかった。
言えないことも、もちろんあるけど。
それでも、毎日何かを悩んだり、考えたり。
時には楽しいことも。
そんなアレコレを吐露できる場があって
私は幸せかもしれない。
子供達も、それぞれの世界を生き
それぞれが自分の時間を大切にするようになった。
こんな時間になってしまっても
誰にも気兼ねなく思いを話せる。
そんな私のどうでもよい話を
聞いてくれるみなさんに
感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう。
珍しく素直だね、私。