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なちのブログ

生命現象の精巧さに魅せられ研究の世界へと飛び込んだ大学院生が、日々の出来事や感じたことを綴ります。基本「フリースタイル」で。

今日、学部時代の知り合いからアド変メールが来ました。



普通アドレス変えた時のお知らせメールって、


「アド変。登よろ。」


ぐらいしか書かないじゃないですか?




今日メールくれた人は頻繁にアドレス変えてて、多分1年に2回以上変えてるんですよ。


なんでか知らないけど。


まぁ毎回返信してないんですけどあせる(そもそもアド変メールって返信します?)


で、いつもは前述の通り簡潔な内容なんです。




でも、今回はなんだか長文だったんです。


そして絵文字つき。


しかも表情豊か。(泣)とか(怒)。




なになに・・・


痴話喧嘩によりアドレス変更・・・


でも離婚するつもりはありません。





離婚!?


そんなヘヴィな内容を登録者全員に送信したのか!?



その後も何やらグレートにヘヴィな内容が続けられているのですが・・・


さすがに返信するべきかな。




いや、「そもそも」ですよ・・・?


そもそも・・・




いつの間に結婚したのかも知らないし。




結婚の話も聞かされぬまま「離婚」と言われても・・・


5年会ってないしなー。




ここ数年、(お寺の関係で)離婚やら夫婦の問題を考えることも多いし、


何か意味があるのか・・・。


↓いつもの感じになるので、お寺関係の話に興味ある人だけどうぞ。















「夫婦関係」で今まで受けたご相談の全ては女性からなんですが・・・だいたい理由は想像できると思います。


旦那さんの浮気、不倫問題です。


結婚もしてない俺には「夫婦」というのが現実的に未知の世界ではあるんですけど、


それでも力になれることがあるのかもしれないので俺なりの意見や考えを言ったりしています。



お坊さん的に手っ取り早く言うと、


旦那に浮気封じをかけるか、不倫相手との関係を前世から紐解いて怨敵退散で大人しくしてもらいます(悪因縁の場合)。


と、いうので済まないケースの方が多いので苦労してるんですけどね。


これも詳しく話すと実に奥深いので、時間がとれたら・・・。



なんでかな、自分にとって簡単に解決できない問題ばかり取り扱うのは・・・修行か?


(いつもうまい具合に八方塞になるんですよね)




そういえば、


「浮気封じかけてまで一緒にいたくない」と言い切る女性もいました。


そうすることでしか浮気をやめられない男とは・・・ということですね。


いい回答です。「正解」があるわけではないですけど。(共感する人も多い?)


話す言葉にほとんどパラドクスもなく(だからいい回答)、真っ直ぐ生きている人だったので印象的でした。



ちなみに、女性の方が鋭い眼を持った人が多いです。(経験的に)



また止まらなくなりそうなので、今日はこの辺で。

背中にメッセージや格言が書いてあるTシャツを着ている人。


よく見ますよね。



明日はわが身 とか


甘いものが好き とか


・・・・・


まぁ色々ありますよ。




研究所内の知り合いでよくそんな感じのTシャツを着ている人がいて、


今日の言葉は何かな?


って感じで見たりするのですが、


この間・・・





東平塗装




って書いてありました。


なんて読むか知ってる人います?


トンペイトソウかな?


塗り方の種類ですか?



こんな感じで背中に書いてあるのですが、


別に仲良しさんでもないし聞くに聞けないので意味不明のままです。




そんな感じで気になりつつ


今日書いてあったのが・・・・





超暇。




でした。



ちょっと面白かったし。


「。」がいい味出してましたね。



「なら急ぐなよ」とか言ってやりたかったです。


「超暇。」とか言いながら忙しそうに実験しないでください。


そのギャップに注目しろってことだったんでしょうか。



超暇・・・語尾に「ん」を付け足したくなった俺はダメな子です。





メッセージと言えば・・・


最近お気に入りの稲葉さんのHadouですが、なかなか楽しいメッセージも多かったような、


なんかそんな気がしました。



着うたにするなら「主人公」かな?メロディ的に。


iPhoneだから自分で着うたを作らなきゃいけないんですよね。


着うたアプリ作ればいいのに。(もうあったり?)





最近は実験を全くせずに、論文を書いています。


国際的な学術雑誌に投稿する論文なので英語です。


1日12時間ぐらいかけて書いてます。


アカデミックライティングの力がついてきた様な気がしますが・・・まだまだですDASH!


先生に訂正してもらって返って来た英語を読むと、キレイすぎて愕然としました・・・。


なんであんなにキレイな英語が書けるんだろ。やばいし。


「論文を書く能力はまた別」と言われました。


斬新かつ独創的な研究戦略を立てる能力、

実験を組み立てる能力、

結果を考察する能力、

議論する能力、


・・・・・奥が深いですね。





来週のアメトーークは「立ちトーク」ですね。


最近、個人的な「ハズレ回」が多かったので楽しみです。

気がつけば、今年もこのシーズンがやってきました。


関東大学バスケットボールリーグ戦 が始まったみたいです。



9月から始まり約2ヶ月間、同じリーグに属する大学と勝負を競い合います。


大学バスケで一番盛り上がる大会です。(関東では)


インカレ(全国大会)よりも盛り上がるんじゃないでしょうか?


後輩たちは2戦2敗・・・頑張れー。




ちょっと思い出話。


俺が大学生だった頃は、今とはリーグ編成が違ってました。


関東大学バスケットボール連盟、いわゆる学連に属する大学は150くらいあったのかな?確か。


上から1部、2部・・・という感じで7部までありましたが、


1部 8チーム

2部 8チーム

3部 16チーム

4部 24チーム

5部 24チーム

6部 24チーム(?)

7部 残り全チーム


という感じでピラミッド式でした。


今でもピラミッド式ですが、チーム数が異なり5部までしかありません。(詳しくは記事トップのリンク先を)


リーグ戦の目標は何といっても、上位リーグへの昇格!!


各部のリーグを勝ち抜いたチームのみが、1つ上の部へ昇格するための挑戦権が得られます。


入れ替え戦ってやつです。


その入れ替え戦に勝利すると、めでたく昇格です。




俺の場合はというと、入学した2002年は4部でした。


で、大学3年の時にリーグ戦を勝ち抜いて入れ替え戦への挑戦権を獲得し、


見事3部への昇格を果たしました。


ザ・ワールドのブログ


その時(入れ替え戦)に撮った代々木第二体育館の写真です。なつかしー。


11月2日かな?数字を見ると。


右下に映ってるのはウチの部員ですね。



昇格が決まった後、11月にも関わらずユニフォーム姿でビールかけをしました。

(OBの方が自腹を切って数万円分のビールを用意してくれました)



ただひたすらリーグ昇格を目指して、


来る日も来る日も練習したり、夏の合宿を耐え抜いたり、チーム内の問題に頭を悩ませたり・・・


そういう思いがあったからこそ、昇格が決まった瞬間は最高に嬉しかったです。(泣いてしまいました)



しょぼいと思われるかもしれませんが、間違いなく大学生活で1番嬉しかったことです。



もう引退から5年経ちましたが、やっぱりこの時期になると思い出しますねー。




俺が経験したのは3・4部ですが、1・2部というのは別格です。


数回対戦したことがありますが、やっぱうまかったです。



前に専修大学の記事 を書いたことがあるので、どんな感じか興味があればどうぞ。



ダンクしまくってますね。


この部にいる選手たちはバスケの実績で大学に入ってるような人(推薦入試)ばかりです。


2メートル級の選手がゴロゴロいます。



3部以下でも、でかい選手は結構いますよ。


俺もよく自分より10cm高い選手とマッチアップしていたので、


日常生活で自分より身長の高い人に会っても・・・まぁ190程度じゃびびりません。


さすがに サトウ タクヤ (ほぼ2メートル)はびびったあせる




少し自慢話になるかもしれませんが、全盛期の大学3年時、


調子いいときは190超えの選手の上から決めまくっていました。



でかい相手にもなぜかブロックされない・・・幻覚見せてんじゃね? と言うことで、


いつしか俺のシュートは「蜃気楼シュート」と呼ばれるようになりました。


魚津だけに。


まぁ自分よかたかだか10cm身長が高い程度の相手に負ける気がしませんけど。

       ↑

(今はとてもじゃないけどこんな事は言えないので伏せておきます。)




もし近隣の方がいらっしゃいましたら、一度1部リーグの試合を観戦しに行ってみてください音譜


迫力満点です。


バスケをあまり知らない方でも面白さが伝わると思いますよにひひ


競技人口は多いんだから、もっと盛り上がればいいのになー・・・

チョコレートが(そこそこ)好きって言っても、ホワイトチョコはいまいち受け付けなかったんですよ。


一個ずつラッピングしてあるような一口サイズのチョコで、混ざってるやつあるじゃないですか?白と黒が。


あかんわこれーって思ってたんですよ。



アポロみたいに分かれてるやつね。


そういや子どもの時よくアポロのイチゴ味とチョコ味分けたっけ。(←アホ)


歯でカリっと。


スパっと分けられると気持ちいい、とかそんなことはどうでもいいとして!!



DARSってあるじゃないですか?森永の。


ご存知ですかね・・・?


ネーミングの由来はよくわからないんですけど、あの1箱12個入りのチョコです。



最近気付きました。


白のダースが最高に・・・いい。



俺にホワイトチョコの良さを教えてくれたチョコです。



で、たまに買ってたんですけど、今日生協特価で80円だったので迷わず買いました。


と、そこで研究室に最近入った助教のKさんに会いました。



「あれー、何買ったの?」


「(DARSを見せて)心に栄養を・・・」


「心に栄養!ははは、いいフレーズだねぇ~」



「日々の過酷な研究生活で疲れきった心に、ほんのささやかな安らぎを・・・」


「はは、まだ何か出る?



(なにこの人!?)


「体内の必須栄養素「チョコ分」を・・・」(←お気に入り)



しーん・・・




はずしたし。



ここでバスケ部の某スベリ役なら


「今のはぁ~!」と、


今の自分のギャグのどこが面白いかを説明しにかかるんですけど(No need to say)、


「出直してきます」と一言添えてその場を立ち去りました。逃



そもそもウケ狙いじゃないし!


なんなんだこの敗北感は。



そんなわけで、生協はなぜかいつもDARS推しです。

論理学を実生活でどのように実践していけばいいのか?


今日はこんな感じで。



論理学ってのは数学と密接な関係があります。


有名な三段論法を使って説明。


三段論法ってのは「A=B, B=C ならば A=C」ってやつです。



例を挙げると、


雨雲があると雨が降るよね。雨が降ると傘が必要だよね。じゃあ雨雲があったら傘を持って行こうね!?


単純な話ですが、こんな感じです。



世の中にはいきなりA=Cで表現されているものもあります。


隠されたBを探してみるってのは、ある意味で「観えないものを観る」力を鍛えることにもなるんです。



と、わかりやすく説明してみました。



この例は簡単ですが、隠されたBを探すのが難しい場合もあるし、Bの存在にすら気付かない場合もあります。


それはその人の観えるレベルによります。



「雨雲があるからといって雨が降るのか?」と、哲学的懐疑をもって「A=B」そのものを検証してみるのもいいかもしれませんね。


三段論法だけでなく、世の中には様々な論理式が存在していますので勉強してみるのもいいと思いますよ。



最初はなんだかよくわからないし、面倒な感じもするんですが・・・


哲学・論理学を実生活の中で実践していくと、思考形態・認識が変わってきます。



お、ここでも三段論法が使えそう。



哲学・論理学を実践すると、思考形態・認識が変わる。


思考形態・認識が変わると、運命を変えられる(既出)。


哲学・論理学を実践すると、運命を変えられる。



と、お坊さん風な事を言ってみましたが、まぁ自分の論理で検証してみてください。



どうして思考形態や認識を変えることが、運命を変えられることになるの?


って気になるかもしれませんが、それはまた言います。




そもそも、最近ブログテーマ「哲学・論理学」と「真言密教」を集中的に書いてますが、


本質的にこの2つは一緒です。





まぁ、もっと実践的な具体例を言うとですね・・・

Rさんにウソは通用しません。


眼が(超)開いてるからってのもあるんですけど、他人が何かを説明したり会話したりしている時には数式が頭の中にダーっと流れていくそうです。


パラドクスが生じるとその論理式に矛盾が生じてしまうために、ウソだとわかるそうです。



某アメリカの大学の論理学だか心理学の講座で受けたトレーニングらしく、


∑(シグマ)とか自然数Nがどうのこうのとか言ってましたが俺には理解不能です。


Σ(゚д゚;) ← まぁ俺の頭の中に流れるのはせいぜいこれです。



「観る」ことについてもっと突っ込んだ話をします。


また今度。

ある人たちの会話。



「~って科学的に証明されたらしいよ」


「じゃあそれは本当なんだね」







果たしてそれは正しいのか?





科学的証明という、現代では最も説得力を発揮しそうな言葉ですが、


それだけに危ういです。


科学で証明されていることはそもそも何なのかを深く考えると観えてくるのですが、


言葉の独り歩き感がどうにも強いですね。



俺は大学院で最先端の生命科学研究に身を置いていますが、科学的証明の不確実性やそれを信じ込む怖さもわかってきました。



たかが(ヘタレ)大学院生ごときが何を・・・と思われるかもしれませんけどね。




実はこの命題・・・


俺が研究している意義、つまり「何のために研究するのか」「生命科学研究者になる意味はあるのか」と深く関わっているのですが、まぁそれは自分の問題なので置いといてと。


世のため人のために役に立つ大切な研究もたくさんありますよ。(省略)





じゃあ、ここでちょっとした具体例。


俺は目が悪いので、コンタクトレンズの洗浄液という身近な例を挙げます。



ある調査が行われました。


A, B, C, D社の洗浄液を使ってコンタクトレンズに付着したバクテリアや細胞の代謝産物(タンパク質とか)を除去するために、どの会社のものが最も効果があるかというものです。


こんな結果が出たとします。


A社は99.9%のバクテリアを殺すことはできたが、他者のものはどれも比較的高い割合で残存していた。


「病理学的観点からコンタクトレンズの洗浄の重要性」が広く知られるようになってきた社会で、


メディアがこの実験レポートを報道したとします。


すると、たいていの人は「A社の洗浄液が優れている」、むしろ「A社のものでなければ危険」という認識にいたります。




ここで、哲学的懐疑。


「それは正しいのか?」



仮にですよ、あくまで仮の話なので表面的な考察だけちょこっと。



こうなると、おそらくA社の利益は伸びると期待されます。(情報公開された時点でデータも取られているはずです)


ライバル企業であるB~D社の利益は右肩下がりになります。


もはや製薬の市場(マーケット)はかなり巨大のものに膨れ上がっていて、莫大なお金の流れが存在します。


もし、調査をした研究機関とA社との間で、一部の上層部しか知らないような(裏)取引がされていたと仮定したら何を意味するのか?



・・・とまぁこの辺で。


まぁ洗浄液1つでマーケットにどれだけ影響を及ぼすのか知りませんけどね。


実は狙いは「信用問題」から来る二次的影響にあるのかもしれないし。



情報操作は簡単に、しかも日常茶飯事に行われています。


という事を頭に置いておくのもいいかもしれません。



これは事実あった話とか一言も言ってませんので!


あと、殺菌能力が高い成分が入ってるということは、逆に人体にとっても悪いのでは・・・?とか、まぁいろいろな考え方ができると思います。


そのための安全性試験というのもありますが、そのクリア基準とか勉強してみると面白いかもしれませんよ。


果たして何をもって「安全」としているのだろうか・・・とかね。



こんな感じで、観方を変えると日々の生活の中に哲学的テーマが存在していることが観えてくると思います。




俺だったらレンズからバクテリアを採取して培養した後に徹底的に検証してやりますけどね。


・・・と言いたいところですが、私的な研究目的で化学物質を使うにはそれなりに問題も生じるので。。。



これは、メディア論の問題かもしれませんが、その裏で科学的証拠と言われるものに対する情報の不透明さの問題も含んでいるのです。



問題は情報を受け取る側が証明できないってことです。


情報を提供する側は説得の技法を使えば、それがいかにも正しいように論理を組み立ててプレゼンすることもできます。


その論理のパラドクスを見破れるかどうか・・・です。


一般の人々に、何か別の情報を植えつけるためのカラクリがないか・・・とかね。




科学者の中には科学的証明こそ絶対で、この世の真理である、と考える人も多いように思います。


ある意味、恐い思想ですね。


真理を追究するための手段の1つとして科学的アプローチがある、ぐらいに考える柔軟性を持つことが重要なんじゃないかと思いますけど。


実際、科学でわかってることなんてほんのちょびっとです。














じゃあ、昨日書き損ねた「観える」ということについて。


直接的に書きます。


が、「です・ます」を全て「らしいです」に変えて読んでください。




視覚的に見る目とは違ったものを観る眼を全ての人は持っています。


何を観るのかは想像にお任せ。



仏の眼と言われる、知っている人もいると思いますが第三の眼ってやつです。


ですが、ほとんどの人は閉じています。

                ↓

(密教である真言密教や天台密教は、文字通り秘密の教えですが、「秘密」の意味は実はここにもあります。今度説明します。)




ごく稀に生まれつき眼が開いている人もいれば、大人になって開く人もいます。


観え方は人によって違うし、レベルも違いますけど。



すんごくいい眼を持ってて、今にも開くんじゃないかって思う人に会ったこともありますが、


まぁたいてい本人は気づいていない場合もあります。



見た目で判断と、観た眼で判断の違いの大きいことなんのって・・・。


どうでもいいですけどね。



そういう人は他人とは違う「何か」を持ってたり、特殊な(家庭・友人・社会etc)環境にいたりするんですが・・・。


霊感が強いとかは関係ないです。


(そもそも俺には霊感なんてもんないです。期待されてた方、残念。)




論理思考があるレベルに至った時に眼が開くそうです。


(つまり、一般に言われる「勉強ができる」とか、「頭がいい」というのとは全くの別物です。その人の論理思考が仏さんから観て「正しい」考えであるかどうか、という感じです。俺はお坊さんじゃないのでよくわかりませんが、多分こんな感じです。)


強制的に開眼(かいげん)させる法もあるらしいですけど。



今までで、自然とこのブログで書いてきた事をじっくりと何回も読む人がいたとしたら末恐ろしいですね・・・まぁそんな人いやしないと思いますけどね。


むしろドン引きするわ、こんな記事。



日々の生活の中に真理はあるので、私生活の中で観る眼を鍛えるのも十分可能です。


昨日言った良縁、悪因縁の意味もわかってきます。




お盆の時に激しい頭痛に襲われて寝込んだのは・・・自分の能力の限界を超えて観過ぎたためです。


仮に俺が「観えた」としても、その観えたものの本質的な意味を理解することはできません。


なので、観えようが観えまいが、結局は変わらないんです。


そして「自分自身に関しては」シールドが張られたかのように全く分かりません。


俺のレベルはそんなもんだってことです。




まぁそんな感じですが・・・知っておくのは悪いことではないので書きましたけど。


こういう世界もあるかもね。程度にしておいてください。

また、あやしい話。



これからどんどん直接的に書いていきますので、観たい方だけで結構です。


かなり核心に迫っていきますので、発言も過激になっていくと思います。


でもしばらくその前段階での説明で時間を費やしそうです。(Introduction)





現在の俺の論理思考能力では、論破できない命題は山ほどあります。


その内の1つ。


「確実な知識はありえるか」 です。これを1例に説明。



論破するというのは、


「ある」もしくは「ない」どちらかで万人が納得する論理を展開しなければなりません。


答えは「ある」でも「ない」でもどちらでもいいですが、重要なのは論理的に正しいかどうか。


「その論理だとあるかもしれないけど、ないにもなるよね」って指摘された時に、それに反論できなければその時点でアウトです。


つまり、「あなたの論理にはパラドクスがある。」ということになります。





では、「論理的に正しい」とは?



簡単に説明すると、まず結論を述べます。(英語で言うとトピックセンテンス)


答えは2通り。


「確実な知識はありえる」 もしくは 「確実な知識はありえない」


そしてそれの裏づけとなる論理を展開しなくてはなりません。つまり、


なぜ「ありえる」になるのか。


なぜ「ありえない」になるのか。




例えば、こんな感じ。(俺が哲学の講義で実際に書いたやつ)


確実な知識はありえない。

知識とは、人間が主観的に定義した概念が長年蓄積・伝達されてきた中で一般化されることによって共通認識しているもの(情報)に過ぎない。すなわち、・・・・・であり、その確実性を考えた場合、・・・・・・それが確実であるかどうかは、・・・・


とツラツラと長く書いているのですが、パラドクスが生じていて「ありえる」になりえてるので省略(つまり論述として0点)。



論破するというのは、結論に至る過程が論理的に正しいかどうかです。


論理的に正しければ、「ある」でも「ない」でもいいのです。



「ある」なら「ある」で、どうして確実な知識があると言えるのかを論述しなければいけません。


感覚的に「だってあるじゃん」とかNGです。←論理に弱い自分はたまにこういうヒネクレモノになります。





日本人が弱いのはまさしくここです。


言語論理学的なちょっと面白い話。


英語圏で生活している方は「Yes」「No」どちらかでハッキリさせるように論理思考を展開させています。


「どっちかなー、どっちもかなー」というのは彼らからすれば「論理的におかしい」になるので嫌われます。


日本人でも、論理的に思考する場合「英語で考える」という人はよくいます。


中学・高校の時に、英文で結論はトピックセンテンス(文頭)に来るって習いませんでした?


「なになにはこうだ!!」ってまず、ズバっとくるんです。


英語はそういうもんだから、ではなく思考形態がもはやそうなっているんです。


「Yes, we can !!」なんです。(これは違うか)


(Rさんは英語・フランス語・中国語など様々な言語を巧みに操っていますが、「French(フランス語)で考えるとこうなんだよなー」とか意味不明なことを一人でブツブツと言ってます。)






じゃあ今言いたいこと。


「真言密教」・・・こういう記事を抵抗なく読まれている方は


信心が厚い方か、「そういう世界があってもいいかな?」となんとなく思っている方だと思います。



ただ、なんとなくという感じで信じないでください。


俺の書いた文章を論破してください。


自分の論理で、正しいか間違ってるか判断してください。



読む文章の中に違和感を感じることが非常に重要で、否定的な観方は必要です。


(「そんなことあるはずがない」と直感的に決め付ける否定とは全く違います。)



そういう観方は、生きていく上で持っておいたほうがいいです。


哲学的懐疑ってやつですが。


疑える能力、何かに気づく能力というのは非常に重要です。




観える世界がまるで変わってきます。




ただし、こういう世界のことを書くと


「ないことは証明のしようがないけど、あるという結論に至るだけの確信できるような証拠もないよね」


ということになります。



確かに客観的な証拠はありません。


安易に信じるのは危険だけど、ないと決め付けて否定するのは


その人自身の哲学する機会をなくしてしまっています。


だから、否定的な観方・懐疑的な観方を含めて様々な視点から物事を考えて、


そこで自分の論理を展開していってください。


「ありそう」や「なさそう」で結構です。


と言いたいだけです。







こっからが本題。


人生においては、その人の「論理」が試される機会が日常的にやってきます。

(それをお釈迦さんの掌の上で・・・という表現になることもあるのかと)


究極の選択・判断に迫られることもあります。


「なぜそれをする(結論に至った)のか?」


それを論破しなければなりません。


ある結論に至るには、論理を組み立てて、あらゆる角度からの示唆が必要です。


例えば、道徳的に観た時に・倫理的に観た時に・・・・・それらを結びつけて自分の結論を出さなければなりません。





「自分がどのような論理で結論を出したか」で、その後の状況が変わります。


結論自体はさほど重要ではありません。その結論に至った理由が大事なんです。



行為そのもではなく、その行為をするに至った思考の過程がその後の人生に影響を及ぼします。


極論・・・自分の論理的思考能力を鍛えて認識を変えることができれば、「運命は変えられる」になります。




まぁ・・・仏さんに護られているような人を観ると、


その人の思考形態・認識をガラリと変えるようなご縁と出会うことによって、


いい方向へと進む場合も多いです。




ただし、「これも何かの縁」の縁には良縁と悪因縁があることをお忘れなく。


これを知らない人も多くて、悪因縁に引っ張られている人も多く観ます。


良縁成就(←男女関係限定ではなく)は、日頃の心しだい。



信心厚いと、自身は気づかなくとも色々な場面で効いているんですよね。

(もし気づいて「ありがとうございます」と言うと、仏さんはニコっと微笑んでくださいます。)



仏さんの声を直接聴けるようになる必要なんかないんです。


ちゃんと実生活の中で、その声を代弁してくれる人や状況に巡り合えますので。


無理にこういう世界に足を踏み入れる必要もありません。(だから誰にも言わないし誘わないという言い方もできる。)






最後、面白い話。


カンの鋭い方は、俺が書いている「観える」って言葉にある種の特異性を感じていると思います。


視覚的に見る(視る)とは別の事を言っています。




と、いきたいのですが、長くなったしもう寝るので続きはまた今度。

今、また母親が来ています。


治療をしに。



昨日の高校生クイズを観ていたらしく、「あんた観たけ!?」と何やらハイテンションで話し始め・・・


やれ象形文字を解読して「目指せバビロン!」を導き出しただの


やれ難解な漢文を解読しただの


やれ宇宙年齢を計算して1億年の違いで不正解だっただの・・・



「開成の田村がさー」 って呼び捨てかよ!


しかも誰、田村って!?



高岡高校なんてダメねーと、我らが富山県を代表する進学校に苦言を呈していました。


少なくとも俺には解けそうな問題はないですね。


そんな大学院博士過程、彼らより10歳年上の男。




ですが・・・




今日は雲1つないような晴れ晴れとした・・・



そう



とてもいい天気



だったのですが、そんなお出かけ日和にも関わらず論文をしていたのに


ちっとも進みませんでした。




根性が足りませんね。



何苦礎魂(なにくそだましい)


で頑張らないと。



どんなに苦しいことがあっても、その苦しい経験を礎(いしずえ)として・・・


単なる根性論とは違う、深みのある言葉ですね。



苦しいんじゃなくて、単にやる気が足りないだけか。

昨日の高校生クイズ、そんなにやばかったんですか?


観たかったなー、でも研究室だったので。


そもそもやるの知らなかったしあせる


アメブロで「高校生クイズ」で検索かけたら、1分単位で記事が更新されまくっててすごいことになってますね。



優勝が開成高校?


すぐそこだし。西日暮里のすぐ横。


「へ~あの子たちがね・・・」と思うと感慨深いです。(ただの近所というだけで全く関係ないけど!笑)



部屋の窓を開けるとグラウンドからよく声が聞こえてきます。


近くのサークルKサンクスで買い食いしている光景をよく目にします。


集団で歩いて歩道を塞がれるのはちょっと邪魔くさいです。



中高一貫校とかすごいんだろなーカリキュラムが。


どんな感じの授業をしているのかちょっと気になります。



前聞いたんですけど、センター試験の数学は20分以内に解き終わっちゃうそうです。


はえーし。


そういう人でも順位的には下から数えたほうが早かったそうですが。


想像に及ばない高校ですね。


でも、精神的におかしくなる子も多いんだとか・・・。



今日は天気もいいし出かけたいんだけど、論文を頑張りますメモ


改正箇所もたくさんあるので・・・。


Hadouを聴きながらね音譜

今日論文を書いていたのですが・・・



「のーぞ のーぞ のぞみーん!!」



の歌がとめどもなく頭の中に流れてきたので、初めてFit'sを買ってみました。



グレープ味です。


なかなかおいしかったです。



ふにゃふにゃしてるんでしょうねー。


いけませんねー。


ふにゃふにゃしてるところにさらにFit'sって・・・。


とろけてしまいそうですね。



パッケージ内には


「Pick! Get!! Pull!!!」


とわざわざご丁寧に食べ方ガイドなるものも書いてありましたが、


間違う人いるんでしょうか・・・?




頭から佐々木希の歌をかき消すために、Hadou(稲葉さんのソロアル)を聴きました。


いつの間にか手を止め、じっくりと聴いてしまいました。(ダメじゃん)



「リトルボーイ」・・・一番好きかもしれません。


何回も聴いちゃいました。


「去りゆく人へ」「主人公」も結構好きです。




他の人はどう感じてるのかと思いまして・・・


ニコ動の全曲視聴動画 があったので観たんですけど、結構好反応でした。


誰だ胸板王子って書いたやつ!笑


鬱曲・・・そういえば確かに。