なちのブログ -10ページ目

なちのブログ

生命現象の精巧さに魅せられ研究の世界へと飛び込んだ大学院生が、日々の出来事や感じたことを綴ります。基本「フリースタイル」で。

ちょっと重い話になるかもしれませんね。






日曜の「エチカの鏡」は余命がテーマでした。


とてもよく考えさせられるテーマで、思わず観てしまいました。



と言うのもここ数年、


「いのち」に関わる様々な問題を取り扱ってきた中で、ずっと考えさせられています。


最初のうちは感情的なものが優先しまって、


「いのち」と向き合い、思考することから逃げてきました。



考えたくない・・・観たくない・・・知りたくない・・・



でも、人生そのものに関わる本質的な問題だし、このままではダメだと思いました。


ましてや縁あって自分がそういう問題と深く関わりあう立場(というか状況)にあるなら、


1つ1つの問題に対して真剣に自分なりの答えを出さなければいけないと思い、考え続けています。





と、そういう話をする前に順を追って色々と説明しなければならないのですが・・・




今日は、「いのち」を考える上で はずす事のできない宗教観についてちょこっと。



全ての人は何かしらの宗教観を持っています。


今、日本人に多いと言われる無宗教というのも、それはそれである種の宗教観です。


別にそれがいいとか悪いとかではないんですけど。



世界には様々な宗教があり、思想も様々です。


思想を説くのは何も宗教だけではなく、教育もその1つです。(ある意味恐い思想の植えつけ)



どうも日本の「自我の確立」を目標とした教育方針だと、


宗教は弱いものが信仰するものだ、とか

(なぜなら「宗教=自分以外の力に助けを求める=弱い→つまり自我がない」という論理になっているから)


特定の宗教を信じることには抵抗がある、と言った考えになってしまいがちです。


「立派に一人前になったねー」というのは「自我が確立できたねー」ということです。


それはそれでいいんですよ。日本の社会で生きていく場合には必要なので。



日本では、共通認識を大切にするよう教育されてきました。


周りとの調和を合わせることや、空気を読む というとわかりやすいかも。(それもそれでイイ)




対して、欧米では「あなた自身はどう考えるのか?」といった自己主張が非常に重要視されます。


その人の考え方(論理)が大事なんです。




試験問題で比較してみます。


まず日本。


日本では、知識を詰め込み、解き方を覚える・・・これが試験で点を取る重要な要素です。


「~は何か?」とか「答えを導き出せ」ってやつですね。


つまり、あらかじめ答えが用意された問題に対して、その正しい解答を導き出すことが重要視されます。


極端な言い方をすれば、○か×か、どちらかしかない、


いわば二元論と言われる論理構造になっています。


人生で○か×かで答えを探したあげく見つからないような問題にぶち当たった時、うまく対処できるんでしょうか。



これに対して、欧米では


もちろん知識は必要ですが、その知識があった上で


「~について述べよ」とか「論述せよ」


これが重要視されます。



つまり知識そのものにそれほどの価値はないんです。


論理思考する、哲学するというのに、大人も子どもも関係なければ、


いわゆる勉強ができるというのとは全く持って関係ないです。



そもそも学歴なんてのは、その人の本質!


つまり「人生の諸問題にどう向き合って、どういう風に考えるのか」とは全く関係ないんです。




ということで、文科省(とか教育委員会)の指導の下に先生になろうとは思わない男がここに1人。


問題の解き方を教えるのは好きなんですけどね。


塾講師とかなら興味あるけど。(まぁそもそも人見知りだし)




「模範生徒」とかって言葉もありますが・・・


日本の教育が築き上げてきた、共通認識として「いい」とされているのが、果たして「いい」のか・・・?



重要なのは・・・教師が眼を向けなくてはいけないのは、


その子の表に出る(「正しい」とされている)行動や発言そのものではなく、


その子自身の「考え方」や「論理」の本質を観ることができるかどうか。。。


ネガティブな考えから、模範解答的な行動や発言をしているのであれば、それは危険です。





まぁ、いろいろ好き勝手言ってしまいましたが最後に・・・


なぜ、明治以降に日本政府は「政教分離」させる必要があったのか?


政教分離というのは、社会で習ったと思いますが宗教を切り離した上で政治を行うというものです。



政府は教育を通してどのような人間を育成したいのか・・・?


実はここに非常に面白い問題が含まれているんです。


憲法では「もっともらしいこと」が書いてありますけどね。


と、疑問を投げかけたところで今日は、おしまい。



果てしなく長くなりそうだ・・・

久しぶりに本を買いました。


ザ・ワールドのブログ



前本屋で見つけて気になってたんですよねー。


というのも・・・最近、「無」に興味があります。



「無」とは何か?


「無」から「有」は生まれるのか?


ゼロとは無なのか?



・・・まぁいろいろですが、非常に奥深いです。



物理学的な見方もあれば、仏教的(哲学的)な観方もあります。


「空(くう)の思想」と関係するのかな?




あ、そういえば・・・


一度、ブログでも触れたんですけど(多分)、


名古屋大学の松原先生のサイト がすごく楽しいです。


宇宙物理学者の方なんですけど哲学的というか・・・


専門じゃない人にもわかりやすく書いてあるので是非読んでみてください。



いつか会って話がしてみたい。


好奇心がたまらなく くすぐられてしまいますねー得意げ


メール書いて話し聞きにいこうかな。(そして味噌カツを食べに)




サイトから抜粋させていただきますが・・・



この宇宙の存在そのものは奇跡としかいいようのないものなのである。

宇宙の構成は信じられないほど緻密で、ほとんど有り得ないと思うようなことが平気で実現している。


宇宙が始まって1秒後、適当に宇宙のエネルギーを選んだときにちゃんと地球が出来る宇宙になる確率は 0.000000000000001しかない。

                          (「宇宙という奇跡」より)



人間が行う実験を通して観測する生命現象が人間の物理法則に従っていても当然である。


人間は物理現象を通してしか宇宙の姿を見ることができないのであり、その物理現象は、宇宙の見かけの現象でしかないからである。


生命を成立させている本当の原因は生命と宇宙の相互作用にあり、人間に見えている生命現象はまた、真の生命と宇宙の相互作用から生まれる見かけの現象でしかない。


物理法則というものは、宇宙のすべてを記述するものではなく、人間に捉えられた見かけの宇宙の運動のパターンを記述しているだけである。

                          (「生命と宇宙」より)


などなど、非常に面白い観方をされています。



科学の本質に迫れば迫るほど、科学で理解できることって結局なんなの?ってことですね。


例えば、ニュートンはリンゴが落ちるという現象から万有引力を発見しましたが、


なぜ物質と物質が引き合わなければいけないのか、なぜその公式なのかって事はわかりません。


ただ、なぜか「そうなっている」んです。




科学は「そうなっている」ということの説明というか、



誰もが共通認識できる「現象」の一番浅い部分を説明しているだけに過ぎないような気がします。



その原因は?さらにその原因は?・・・・


そう探っていく、その先に「この世の法則・真理」があるのかもしれませんね。



(人と人との出会いにも何か万有引力みたいな物理的な法則があったりして。仏教的には「因縁」ってやつですけど。まぁ「出会う」のには必ず理由があります。スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う・・・)



科学を否定しているわけではありません。


そもそも、現象そのものは否定しないので。(現象を見ることは重要です。)



現象を科学的に説明できることは世の中の役に立ちます。


ガンにAという薬が有効である。


それが実証されれば、それだけで科学研究は意義のあることだと思います。

今、海猿がアツいんですか?


観たことないんですよね。


でも、知ってます。


なんたって主題歌は OCEAN(B'z)(映画は違う?)



kaoさんからテレビで海猿やるって教えてもらったんですけど


「船に乗る物語でしょ?」 って言ったらなぜか怒られました。


「なにその認識!?」 みたいな。


BDレコーダーに撮ってあるので今度観ます。


果たしてどう違ってるのか楽しみです。




と、いうことで・・・


今日は 新作海外ドラマの試写会 に行ってきました。


息抜きにいいかな と思ってこの間申し込んだら当たりました。


正直、毎日論文とかやってられません。




謝礼は2000円(交通費込)だったので、


自転車で行こうかとも思ったのですが場所は月島。(築地の近く)


メタボにはちょっとしんどい距離です。


素直に西日暮里から電車に乗って行きました。



交通費を節約するためにメトロのみで乗り継いで行こうと思ったのですが、


いつも通り改札通って、千代田線のホームに向かうと・・・


「あれ、なんでまた改札?」



・・・JRの改札入ってしまったし。



時間もギリだったし、しぶしぶJR西日暮里→有楽町→月島に路線変更。


そして有楽町に着いたものの、有楽町線がわからん!(時間もない!)


案内の示す方向はどう見てもただのビッグカメラ。


疑心暗鬼で案内に従って行くと、なんと地下にホームがありました。



そこから月島へ行って試写会の会場へ。ギリセーフ。


同世代の人たちもたくさんいました。



試写会ではドラマの1・2話を観ました。


内容は言えませんがそこそこ面白かったです。


アンケート結果が、日本でどのように宣伝するかの参考にされるらしいです。



実は海外ドラマはあまり観たことがありません。


5~6年前ですかね?


「24」がブームになった時に友達に観てないって言ったら、


「観てないの!?絶対観たほうがいいよ!」


って人生損してるぐらいの勢いで言われました。



他にも結構面白そうなシリーズありますよね。


今度借りて観ようかな。

今週はずっと、

10時から翌2時過ぎまで研究室にいるという生活をしていたので、

アメトーークを見逃してしまっていたのですが、

最近それほど面白くなかったので「まぁいいか」と思いつつ、

そこそこ好きな「立ちトーーク」だったということもあり、

山崎が何かやらかしてくれるだろうと期待しつつ、

なんとなくYouTubeで探してみたところ、

運よく発見してしまったので、

深夜にも関わらず観てしまい、

今日は午後から研究室に来ています。


ちょこちょこ面白かったけど、ちょっと物足りなかったです。


まぁいつものごとく日曜には消すでしょうが・・・









名物の大臣シリーズは「切れ味悪い大臣」。

初見は大爆笑してしまいましたが、おあとがよろしいのか?笑

キムチ大臣知らないし・・・

昨日の記事のタイトルを「エア日記」にしてしまったので、


日記自体がまるで幻想・・・


まさにエア冗談


って感じたかもしれませんが内容は事実です。


エアに関して語ったってだけの話です。



ちなみに、


まるで論文を真剣に読んでいるかのように見えて、


実は全く別のことを考えてる「エア論文」は


俺の得意技です。



まぁどうでもいいんですよそんなことは。




今日のセミナー発表は、新人さん(と言っても来てもう半年)にとっての初めての発表でした。


3日3晩、泊り込みで解析とレポートの作成をしていました。


仕上がったレポートはA4で14ページ!


そして一見すごく丁寧かつ分かりやすく作ってある!


のに・・・数ページ進んでタイムオーバーでした。


先生の質問攻めです。まさに1対1。



研究内容に関する発表をする時は、だいたい


序論(背景、研究の目的) 実験結果・考察 今後の課題


って感じでやるんですけど、今日は序論で終わってしまいました。


先生の質問に答えられなかった箇所は全て宿題叫び)になったので、


次回もまた発表です。




こないだ先生に出した論文の一部が返ってきました。


もちろんマッカッカです。


優しく「how?」とか「why?」とか書いてあるところもあれば、


「余計な言葉を書くな」って書いてあったり。


文法はだいたいあってるけど、


論文としてダメーって言われました。




そういえば以前、


隣のラボの助教の方がウチの先生に論文の添削をしてもらおうと渡したらしいのですが、


2ページ目の真ん中ぐらいに赤字で「わからん」ってだけ書いて返ってきたそうです。


結構ツボりました。でも・・・



エア添削じゃね・・・?

研究室なう。


3時には帰って寝たいぐぅぐぅ



月曜に論文の「とりあえず版」を先生に提出しました。


しかし・・・どうもインパクトにかけるので四六時中考えてます。


どうせなら最大限面白い内容にしたいので。




研究室にいるのは俺だけじゃありません。


明日、セミナー発表を控えた後輩(修士1年)が、


月曜から3泊4日で泊り込んでその準備をしてます。



追い込まれすぎだし。


でも気持ちはよくわかります。先生怖いし。あの恐怖感を味わうがいい。


それに千葉から片道1時間半かけて通学しているので、その時間は確かにもったいないかも。



月曜は超巨大なバッグに3泊分のお泊りセットを入れて大学に来てました。


着替え、バスタオル、ドライヤー・・・そして寝袋。



それを見た先生が、研究室にエアベッドの導入を検討し始めちゃいました。


結果・・・購入決定らしいです。


研究所内にキレイなシャワールームがあるので、あとはコンロさえあれば生活できます。

(俺は意地でも帰るけど。)



エアベッドっていうと、多くの方が


「まるでベッドで寝ているかのように演じること」


と思われるかもしれませんが、


それは違ってて・・・


なんと空気を入れて膨らますベッドのことです。




ちなみに、一時期ちまたで流行した


エアーマックスやエアージョーダンなんかは


まるで全力、まるでジョーダン


ではなく、単にクツのモデルです。




くだらないこと言ってないで論文書こ・・・

NHKの語学番組 ギフト~E名言の世界~


今日は「経済」がテーマでしたが、印象に残った言葉。



ムハマド・ユヌス (2006年ノーベル平和賞受賞)


最も難しいのは、人々の固定観念を変えること。


固定観念は、私たちに錯覚を起こさせる。


自分の頭が命じたようにしか、物事を見られなくなるのだ。



自分自身の固定観念を捨て去ることでさえかなり難しかったのに、


他人の固定観念を変える・・・難題ですね。


「説得の技法」もこれから身につけていかないと。目指すはアメリカ式で。




アルフレッド・マーシャル


「政治経済学」も「経済学」も、普通に生活している人間についての学問である。



もちろん哲学も。


「なぜ」と思ったところから学問が始まる。と、福沢諭吉は言いましたが


その「なぜ」は日々の生活の中で生じるものですよね。



○○学っていうと、


どうもただ単に机に座って知識を入れたり、


あらかじめ用意されている正解を導き出すための勉強と捕らえられがちですが、


日々の生活の中で学問を活かしていかないと。


「なぜ」をなぜ?のままにしておかないで、調べるという行為が加わると世界が広がるかも・・・?




久保博正


<金持ち>とは、お金がたくさんあることではなく、

もうこれ以上お金は必要ないと思っている人のことである。


<貧乏人>とは、お金がないということではなく、

お金があってもまだ足りないと思っている人のことである。



財布に「1万円しか入ってない」というのと「1万円入ってる」。


1万円が入ってるという事実は一緒なのに、人によってどう感じるか違いますよね。


どっちがいいとか、どっちで思うべきっていうのはないと思うんですけど、

(なぜ「も」なのか、なぜ「しか」なのか、理由というか、その結論に至った論理が重要)


これまで「しか」で考えていたものを「も」で考える見方をしてみるってのもいいかもしれませんね。


同じ1万円でも活かし方が変わってくるかもしれません。



ちなみに、観たり聴いたりした話によると・・・


活きたお金を動かしたという が、またその人にお金を返してくれるそうですよ。


悪いお金の動かし方をしたのに、お金を持っている人っていうのは、必ず失ってる何かがありますので。



「なんであんなに悪いことをした人が、あんなにたくさんお金を・・・」とか妬むのはやめましょう。


お金持ちを妬む=自分のお金に対する執着 にもなるんですけど、


その人自身、影で高い代償を払っています。


大好きなお金で誤魔化せているだけで、客観的には「豊か」ですが、本質が観えていないだけです。



世のため・人のため、活きたお金を使ったのに、たくさんのお金が入ってこない人もいます。


それはそれで意味があります。


大金を持つことが幸せではないとその人自身感じているか、それ以上のお金を動かすと良くない事になる・・・


様々なケースを観ますけどね。




アンドリュー・カーネギー


金しか持たない階級ほど、情けなく惨めなものはない。


あとWikipediaには・・・


「裕福な人はその富を浪費するよりも、社会がより豊かになるために使うべきだ。」



さて・・・何のために稼ごうかな。


自分の生活でいっぱいいっぱいになるかもしれませんけどね。


でも不自由なく生活できれば有難いことです。

ダメだー。


論文を書くためにかけた時間に対して、進行度があまりにもひどいDASH!


明日、提出したいんですよね。


今日寝れないかなぐぅぐぅ



ほとんど書きあがっていると言えば書きあがってるんですけど・・・質が悪すぎ。


仕上がらなかったらどうしよ。


もし提出できなくてこっちから何も言わなくても、先生から言われそうだし。




「君は今日論文を持ってくるって言ってなかったかね?」


「いえ、知りません。」




これで行こう。(潔く)


これしかない。




論文を書く際にはこういう本を参考にしてます。


ザ・ワールドのブログ

英語医学論文と言うとカッコいい感じしますけど、医学部ではありません。


でも生物系だし、やってることは医学的内容なので、まぁ一緒です。


「アクセプト(accept)」っていうのは、投稿した論文の雑誌への掲載が受理されるってことです。


「リジェクト(reject)」はその反対で、却下されるってことです。



世界中に強烈なインパクトを与える論文を書かなくては。


そんな実験データ持ち合わせていませんけどね。

正解は①番。


画面にクギヅケでした。




あの状況で12年もののスコッチ・ウイスキーで乾杯とは・・・


シブすぎる。


ジョジョ第3部に出てきた船長のセリフを今こそ使うべきですね。




環境問題について、その深刻さをわかりやすく説明したのは


地球カレンダー   (←興味ある人はこのpdfファイルをDL)




簡単に説明。



地球誕生から現在までの46億年という長い年月を


1年に置き換えて計算したとします。



つまり、


地球誕生が 1月 1日  0時0分0秒


現在が   12月31日 24時0分0秒 とすると・・・



西暦元年が 12月31日23時59分46秒 (つまり地球から見ればこの2千年なんて1年の中の14秒)


近代科学が急激に発達し始めたのは12月31日23時59分58.6秒 (西暦1800年)



どういうことかと言うと・・・


1年かけて「自然」が作り出してきた環境が人類の手によって、


わずか1~2秒で劇的に変えられている。


ということです。



ちなみに、人生を80年とすると人間の一生は、1年のうち0.6秒程です。



ここまで急激な環境の変容ぶりは(温暖化、オゾン層破壊、海面上昇・・・・)


46億年という長い年月の中で地球にとって初めての経験です。


それがわずか100年で・・・



人間の感覚すれば、100年かけて「ゆっくりと」って感じるかもしれませんがとんでもない!



そもそも人間の感覚(センス)なんて・・・生物学的にもかなり低いので。


他の哺乳類から見ても、目(眼も)悪いし、耳悪いし、鼻悪いし・・・


自分の感覚の限界を越えないと、外で起こっている色々な流れなんて観えません。


だから哲学・論理思考が大事なんですよ。自分の認識を変えて、感ずるために。




で、この急激な変化が何を引き起こすんでしょうか・・・。


もちろん星は(内部でも外部でも)活動しているわけで、これまで保ってきた秩序が崩れる・・・


つまり何かしらの「変化」が起こると自然法則に基づいてそれに「反応」します。

                          ↑

                    (たまには科学者っぽく)



擬人的に、地球に意思があるとするなら「適応」「対応」というとわかりやすいかもしれませんね。



現代科学でその反応の結果を予測できるんでしょうか。


「何もない」という自然法則を無視した結果になるんでしょうかね?



何もないことを祈る人は多いかもしれませんが、それは科学的とは言えないですね。


実際、もう反応が始まってるし。(何か「おかしい」と思っている人もいるかもしれませんが。)




変な話、科学主義的な人に限って、科学で行き詰ると祈ってたりするんですけどね。


今時カミホトケなんて・・・って言ってた人が「頼む~あせる」とか言ってて、何に祈ってんだって言いたくなりましたけど。


まぁ神仏どうのこうの以前にその偏った観方・考え方がちょっと・・・って思っただけです。


思想は個人の自由ですので。





もしかしたら意外に近いことがわかってて、情報隠蔽がお得意な某機関なんかは隠しているのかもしれませんね。


来る時はイッキだったりして・・・縮められたバネが勢いよく弾かれるように。


まぁ未来何が起きるかなんて、現代科学をもってしてもハッキリと知ることは難しいです。

この週末で論文を書き上げて、


来週の月曜には先生に提出したいのですが・・・



「デイ・アフター・トゥモロー」なんかやったら論文書けんし!!あせる



①論文のことなどそっちのけで観る。


②もちろん論文に集中する。


③映画と論文、両方集中する。


④全てを投げ出す。



さぁ、どれでしょう・・・