子どもが初めての海外旅行を研修目的で行うにあたり、新品のスーツケースを購入したのですが、出発の前日にTSAダイヤル錠の設定値を忘れたらしく、鍵屋を呼んだという連絡を妻から受けました。私が帰宅すると玄関先で解錠作業を行なっており、しきりにダイヤルの隙間やTSAの鍵穴を覗き、ピッキング用の道具を用いて解錠を試みていました。1時間程度解錠を試みても一向に開かないため、パッキングした中身を出したいとのことだったので、ファスナーの金具を壊してもらいました。鍵屋のコメントでは、ダイヤル錠はダイヤルの隙間を観察すると、正しいダイヤル番号が判読できるということで試してみたらしいのですが、今回のスーツケースでは隙間が埋められており確認できなかったとのこと。TSAのマスターキーは無く、家の鍵や自動車の鍵を開けるピッキング道具を用いたが、穴が小さすぎてうまく鍵穴にアクセスできなかったとのこと。スーツケースは昨年発売されたとのことなので、セキュリティー対策はしっかりされているのだと、妙に感心しました。

 

000から999までのダイヤル番号を試すという、オーソドックスな方法は子どもが試したとのことなのでしたが、私も試してみることにしました。私は、ロック解除のためのスライドを動かす代わりに、番号を設定するためのボタンを、シャープペンシルの先で押しながら、ダイヤル番号を次々と試しました。すると、ある番号でボタンが押し込まれ、無事にロックが解除されました。ファスナーの金具は、瞬間接着剤で固定しましたが、おそらく渡航先に到着する頃には壊れていると思います。帰りの便で預け入れる時のために、ダクトテープのような強力なテープを渡し、これでぐるぐる巻きにすることを子どもに伝えました。

 

私の海外渡航経験は30回前後と記憶していますが、ほぼ全てがビジネス目的でした。私のブログでも度々登場した、ゼロハリバートンのスーツケースは、相当頑丈でしたが、筐体以外の部品は等しく壊れました。ダイヤルロックも1度壊れて、000から999まで試しても開かなかったことがあり、ホテルで無理やりこじ開けてもらったこともありました。この際は、番号を設定するときに倒すレバーが中途半端に動いてしまい、正しい番号に合わせても解錠できない状態でした。今回のケースでは、ダイヤル番号を設定する際のピンは、不意に動かない構造になっていそうでしたが、ダイヤルの構成部品にプラスチックが多用されているのが不安材料でした。

 

このトラブルが起こる前まで、子どもの海外旅行準備に口出しはしてこなかったのですが、これを機にさまざまなノウハウを子どもに伝えました。ダクトテープの携帯もその一つですが、パスポートを常に携帯するための首にかける入れ物を渡し、パスポートのコピーと顔写真を入れておきました。荷物は全て小分けのケースやジップロックに入れておくこと。肩掛けポーチとは別に機内持ち込みするリュックは、空っぽに近い状態であっても持って行ったほうが良いということ(当初はポーチのみで搭乗する予定だったとのこと)パッキングは前日に完成させておくこと。

 

私も、旅慣れた方々と比べると、大した経験はしていないのかもしれませんが、旅先で起こった数々のトラブルを元に、ノウハウや自分のルールを設定してきました。これらは人によっては必要のないことかもしれませんが、ひとまず子どもには、ノウハウの一部を伝えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の住む地域における夏の風物詩は、「しゃぎり」と呼ばれる独特の演奏です。鐘と太鼓、笛による演奏は、どことなく「ケチャ」に似た人を変性意識に入らせるような単調で儀式的な旋律が特徴です。各町内会では「山車」(だし)と呼ぶ車付きの演奏ステージを引き回し、ステージの上では子どもや大人が「しゃぎり」を演奏しています。

 

今年、芝本町のしゃぎりに感動しました。演奏の内容というよりも、2年前に撮影した「しゃぎり」からの大きな変化でした。

2025年の今回、三嶋大祭りが行われているエリアを何気なく歩いていると、動いていなかった芝本町の山車が動いていました。この瞬間、2年前の出来事がフラッシュバックして、なんとも言えない感動を覚えました。

2023年の撮影当時、芝本町のしゃぎりは、固定した台車の上で演奏するスタイルでした。地域で守り続ける伝統芸能は、少子化などにより少しずつ衰退していくものと思われ、芝本町も昔は山車を引いていたのかと思いました。山車を出さない町内会は他にもあり、山車を動かしながら演奏を行う町内会は、しゃぎりに参加する町内会の半分にも満たない印象でした。

 

2023年、さまざまな町内会のしゃぎりの演奏を撮影する中で最も印象的だったのは、芝本町の演奏でした。皆さんが楽しそうに演奏している姿が良かったのです。大人から子どもまで混じった演奏は、次の世代にしゃぎりを継承しようという意欲と、継承者が激減している背景を感じさせました。

 

そして2025年に戻ります。

 

動いた山車を誇らしげに見守り、パリッとした揃いの浴衣を身に纏った芝本町の方々は、熱中町対策を完璧に行い、道路の交通整理もそつなく行いながら、街中を練り歩き、山車の上では子どもたちが演奏を行なっていました。山車はおそらく、大切に保存していたものを使っていたように思いました。

 

私は三嶋大祭の初日にこの姿を拝見したので、もうこれで満足した結果、夜のメインイベントである、各町内会の山車が集結して行う演奏は観ずに、お盆を過ごしました。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

先述のポストで、Travelproのキャビントロリーをアメリカの通販で購入したと書きましたが、10日間程度経過しても、アメリカ国内で同じような場所に係留されたまま、なかなかアメリカから飛び立ってくれません。安価な運送手段、USPSのGlobal Postを選択したのが間違いの元で、Amazonのような体験をしたい場合は、少なくともFedExやDHSなどの輸送業者を選ぶべきだと反省しました。Grok 3 の生成AIと会話しても、この遅延は珍しいことではない旨のコメントがあり

、たとえばロサンゼルスやシカゴの国際配送センターでは遅延が頻発しているとのこと。今時、アメリカからの荷物が船便で送られることはなかろうとは思いますが、遅れが顕著であれば、キャンセルできないか通販業者にクレームしようかと考えています。

 

この経験を鑑み、色々と考える機会を得ました。送った荷物がなかなか届かない経験は、メルカリで販売した商品が、離島部に送られた時にも体験しました。さすがに10日も荷物が到着しなかったことはなかったのですが、不思議な焦燥感を得ました。船便が当たり前の時代には、海外で送付された荷物の到着が遅くなるのは、当たり前の感覚だったと思いますが、今のご時世ではストレスになりますね。その昔は、海外の相手とチェスを指す際に、手紙で指手をやりとりしていたということを読んだこともあり、これほどの寛容な心で、物事に対処したいと思いました。

 

また、何かを長時間待ち侘びるというイベントは、娯楽の一つになるのではという感情です。近年、あらゆる観点から、社会からのストレスを排除する動きが活発で、ハラスメント対策、猛暑対策、その他諸々のストレスは、排除の方向にあります。仕事でも、昔(30年ほど前)は、風邪をひいて高熱を出しても出勤していたし、残業は当たり前のように行なって、家庭を顧みずに仕事していました。今では、少しでも風邪の兆候があれば休みを取るように言われます。コロナ禍以降からは顕著です。部下への指導は即ハラスメントにつながります。有給休暇はいつも取りこぼしてオーバーフローした分を垂れ流していましたが、今ではきっちりと有給休暇を取るように言われます。

 

このことは苫米地英人さんの著作で読んだと思うのですが、生成AIが進化して、人間が労働から解放された時には、苦しいことや恐怖がエンターテイメントになるといった旨のことが書かれていたと思います。社会的に排除されたストレスを、お金を払ってでも経験する方向に向かうのは、遊園地のアトラクションに恐怖系のものが多いことや、最近のドラマや映画が、人の不幸や死にかかる内容が多い傾向にあることを感じることから、あながち間違った話ではないかなと思いました。

 

「待つ間の2時間は、悩みの2世紀であった」。何かの小説で読んだ気がします。待つことに対してあまり寛容な心を持てない今日この頃ですが、荷物が届かない時間を、その要因分析を行うことで、楽しみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がYouTubeの投稿を始めたのは2020年の8月。細々と動画を作成し投稿してから5年になろうとしています。コロナ禍で在宅勤務が始まる頃、運動不足解消や、家での過ごし方を考えた時に、「散歩動画」を作成し、YouTubeにアップしようと考えたのがスタートでした。「TRIBLOG」とは「とりぶろぐ」と発音し、旅のTripと、ウェブログのBlogを掛け合わせた造語として、スタートしました。Blogは、ビデオログを意味するVlogでないのは、動画とブログをセットにして提供しようと考えたからです。

 

コロナ禍につき、観光地などの旅をするわけでもなく、結局家の近所を散歩することが多くなり、それでも近所を歩き回る人は非常に少なく、なんとも簡素な動画となっていました。そのうちに、散歩動画を撮影するためのカメラに関する動画や、運動量を計量するためのスマートウォッチに関する動画を作ると、そこそこの視聴回数となりました。

 

それでもなお、散歩動画を投稿し続けていました。視聴回数は少しずつ増えてきました。

 

 

私の動画投稿の転機となったのは、トヨタが研究施設というか、街を作る予定であった静岡県裾野市の近くで、深田萌絵さんが講演した時の音声を収録し、投稿した時でした。2021年の7月でした。この頃の深田さんは、独自のYouTubeチャンネルは持っていなかったと記憶しており、彼女の活動は著作と旧ツイッターで知る程度でした。ツイッターで通知された講演の通知を見て、すぐに応募しました。この講演会には観光バスが動員され、そこそこ大人数で講演を聴きました。田母神俊雄さんのお話も同時に聞けたのが、人気の要因だったのでしょうか。

 

 

次の転機は、トラベラーズノートという、旅を記録するためのノートに関する動画投稿でした。中目黒にあるトラベラーズノートの本拠地を訪れた時の動画を投稿し、トラベラーズノートのファンが多いことを実感しました。その後、多くのトラベラーズノート関連の動画を作成しました。私のYouTubeチャンネルでは、トラベラーズノートに関する動画を見たい方が多いようで、フィードバックを受ける動画視聴履歴の統計を見ると、これが最も求められているコンテンツであることがわかります。

 

 

一方で私は、下手の横好きということで、中古カメラを数多く購入しては手放しています。中でも2010年初頭の「日本製」カメラを収集するのが好きです。物の作りがしっかりしていることと、センサー類が古くても、写りが良いことが要因です。カメラは軒並み「日本製」だった時代を懐かしむ気持ちもあります。カメラ関連の動画も、根強い視聴履歴があります。

 

正直なところ、私はテーマを絞らず好き勝手に投稿しています。こんなこともあり、YouTube動画を作成して5年近くで、ようやく収益要件の一つである、チャンネル登録者数1000名を達成しましたが、コメントは非常に少なく、ファンと呼ばれる層は居られないと思います。

 

YouTube投稿を通してよくわかることは、フィードバックされた情報に沿った、コンテンツ作りを行うのが、自分の価値を提供して、世の中を良くするための、良い方法なのかもしれない、ということです。もちろんこれは、視聴者層に媚を売るわけではなく、自分自身の強みを客観的に確認できることなのかもしれません。自分の伝えたいこと、提供したい価値と、視聴者のニーズをすり合わせるのは、自分の本意にないことを行うこともあるかもしれませんが、最終的には、自分の行いたいことも達成できるのかもしれません。

 

旅動画を撮影するのも、個人のプライバシー問題があるので、撮影や編集が難しくなりました。映像にぼかしが多く入る動画も、あまり美しくないと思います。私が当初目指していた、旅動画の投稿から、トラベラーズノートやカメラなどの小物を扱うことにより、ニーズと、個人のプライバシー問題を同時に満たせるのではないかと、過去を振り返って思った次第でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は基本的に、テレビを見ないのですが、朝夕の10分程度は食卓でテレビを聞き流しています。朝はNHKの「おはよう日本」を聞いているのですが、最近耳障りなことをよく経験するので、珍しくストレスを感じます。NHKの男性アナウンサー(名前は知りません)が気象予報士の天気予報前に余計な軽口をたたいたり、地域のイベントVTRが流れているときに余計なコメントを挟んだり、とにかく私の神経をざわつかせます。NHKには一定間隔で、民放アナウンサーやキャスターの真似をする人が登場し、軽妙な内輪トーク(80年代のフジテレビでよくあったやつ)や、今回のアナウンサーのように、必要のないコメントを出したり、公共放送の局員としての自覚を失った人を見かけます。NHKは、職員の負荷を減らすための施作か、以前より自動音声によるニュース原稿読みを実施していますが、これを拡大し、NHKのニュースの時間はキャスターは不要かと思います。NHKの受信料支払いは、今のご時世に珍しい、強制的なサブスクなので早くこの制度もなくす必要があると思います。民意というものは意外と強いものであることを、先の衆議院議員選挙で実感したのですが、NHKに関しても、民意が反映される時代がそろそろ訪れるであろうと思います。

この時期になると、意識的に日差しをあびるために、炎天下を1時間程度散歩します。かなり偏りのある健康法の考えですが、私は紫外線を適度に浴びることは、健康に良いと考えています。そもそも、建物の中で仕事することが多い環境では、日常的に紫外線を浴びる機会は多くありません。外で仕事されている方々は、紫外線をカットする方向で服装を固めていますが、私が炎天下で散歩する際には、半袖半ズボンで行います。

 

日焼けというのは肌のダメージであるということを実感するのは、散歩後に異様に眠くなることです。皮膚の火傷とも言える日焼けは、急激に行うと全身が痛みますし、1週間後くらいには皮膚が猛烈に新陳代謝します。でも炎天下の散歩はやめられません。

 

炎天下での散歩は、紫外線以外にも精神の鍛錬というか、給水しなくても大丈夫というマインドセットを作るための練習にしています。散歩は1、2時間行うのが通例ですが、その間は身体に蓄えた水分のみで歩きます。こまめな水分補給を推奨される昨今、非合理な行為かもしれませんが、これが結構、体力を消耗しないのです。散歩中にこまめな水分補給をすると、すぐに汗になります。しかし体感的には、これで体温を下げる効果にはなっておらず、むしろ疲労の原因になっているのだと思います。体温が皮膚での気化熱により下がっているのなら、最低限の水分が皮膚に付着していれば良いのでは、という考えです。もちろんこれは、時と場合によると思います。うちの近所では、夏でも風が吹いていることが多く、これで体熱が拡散する効果があります。個人差もあろうかと思いますので、あくまでも私の方法です。

 

しかしながら、アラフィフの私が子どもくらいの時に言われていた説、運動中は水を摂るなというのは、あながち間違っていない説だと感じます。経験的には、屋内の競技よりも、屋外の競技にて言えることかなと思います。また、砂糖のたくさん入ったスポーツドリンクが発売されて以降、積極的な給水がスポーツの定説になってきたかとも思います。近年の健康常識は、マーケティングにより、説が変更されているように思えます。

 

こんなこともあり、小さな実験を行いながら、あらゆる健康常識を疑って、自分の身体との対話を通して、健康を維持しているつもりです。

 

 

 

 

 

 

 

Canon EOS Kiss X8i は、2015年、今から10年前に発売された「日本製」の一眼レフデジタルカメラです。今では稀有になった、ミラーとペンタプリズムで構成された、本物の「一眼レフ」です。静止画のモードで電源を入れると、液晶画面は撮像が表示されず、露出やシャッター速度などの情報表示画面となります。撮像は、光学式ファインダーで覗いた際の実像となります。レンズから入った光は、ミラー、ペンタプリズムを通り、ファインダーに投影されるからです。

 

この構造のカメラで撮影するとき、シャッターを押した瞬間には、ミラーが跳ね上がって、ミラーの後ろにあったセンサーに光が届きます。ファインダーを覗いて写真を撮影するときには「ブラックアウト」といった、一瞬、光が遮断された瞬間があります。このため、昔の写真家たちは、ファインダーを覗くときには両目を開けていました。自分がシャッターを押した瞬間の映像を、見逃さないようにするためです。

 

では、このオールドデジカメで動画撮影をするときには、どうやって録画されるのでしょうか?ミラーが跳ね上がったまま固定されて、センサーがレンズの光を捉えた状態を維持するのです。しかしながらこの状態は、一眼レフカメラにとってはストレスになるらしく、著しく電池が消耗します。そのために、中古で購入したこのカメラは、動画撮影モードにしておくと、1時間くらいしか電池が持ちません。

 

また、古いデジタルカメラは、動画モードはおまけ程度にしか考えられておらず、手ぶれ補正は静止画のためにある機能でした。動画は、ビデオカメラで撮影するべきという、機能分離がなされていました。このために、Canon EOS Kiss X8i で動画撮影するのは、大きな冒険でした。

 

このカメラを手にしてから実感したのは、このカメラは三脚に固定しての動画撮影には向いているが、手持ち撮影には向いていないことでした。今回の動画においても、かなり無理な映像が多く登場します。現在の、手ぶれ補正がバリバリに効いたカメラで撮影した映像に慣れている方々にとっては、耐え難いくらいの手ブレがありました。そこを補正したのが、Davinch Resolve の動画編集でした。

 

今回の動画は、80%近くをソフトウェアでの手ぶれ補正を実施しています。なので、同機種の手持ちで動画を撮影した時の、出来栄えについては、あまり保証できるものではないことを、ご注意しておきます。

 

非常に大きくて、かつ性能の低いデジカメを携帯するの苦行に等しいかもしれませんが、カメラの特性を知った上で、この機能を補完できるような体制を組んだ上で、古いデジカメを使いこなすのが、ストレスない運用において重要だと思います。

 

さて、源兵衛川は、私がYouTube動画のモチーフとして最も多く扱った対象です。この川は人工的な河川なのですが、老若男女を楽しませる魅力に詰まっています。今年は夏の前に撮影したのですが、もう一度撮影したいと思い立ち、無事に撮影と編集を終えました。

 

2025年の源兵衛川は、水量が少なめで、小さなお子さんにも楽しめる水位となっています。サンダルばきは必須ではないものの、履いていた方が安心です。お子さんたちを遊ばせる際には、着替えをお忘れなく。水温は結構冷たいので、水から上がったときには、すぐに着替えをした方が良いと思います。

 

では、楽しい夏休みをお過ごしください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新聞の折込チラシは、インターネットのようなピンポイントのターゲッティングがされていないので、読んでいると面白いです。もちろん、これら広告のターゲットは、今では稀有な新聞の読者、すなわち高齢者の方々には絞られていると思いますが、このことを加味しても、さまざまな世相が透けて見える気がします。

 

今回目についたのは、パチンコ屋、ユニクロ、お宝買取業者、墓地の広告。近頃の傾向として、以前多かったパチンコ屋の広告が減り、その代わりお宝買取業者の広告が爆増しました。ユニクロの広告がどんどん縮小化して、墓地の広告も安定して入っています。

 

お宝買取業者の広告は、少し前まではブランド品のバッグ、時計、宝石、カメラ、古銭、金などが均等に表示されていたのですが、近頃は恥ずかしげもなく、「金」の買取に特化しています。これは装飾品としての金製品以外にも、金歯など、金を含んでいたら何でも良いようなニュアンスになってきました。

 

これら新聞の折込チラシの傾向を見て感じたことは、今後訪れるであろう、高齢者の大量マルマル。2020年ごろから始まった何かが、5年後になって何かになろうかと思います。パチンコ屋に行ける余裕もなくなり、手持ちの現物資産を売るか、あるいは突然主人を失った物たちが、遺族によりお宝買取業者に引き渡される。そして魂が安らかに眠る地に戻る。「点と点」が結びつき、何かが見えてくるのでした。妄想ですが、個人資産の大量放出が始まっていると考えました。

 

もう一つの隠れたメッセージも感じます。金のような戦略物資は、今後備蓄の対象になるかもしれません。金を収集した後には、壊れた家電、スマートフォン、タブレット端末など、貴金属を含む電化製品の、大量買取が始まるかもしれません。その次は衣料でしょうか。ファストファッションのような、1シーズン来たら捨てられるか、古着屋にキログラム売りされる商品は、廃れてくるのかもしれません。昔の日本のように、1枚の布から着物を作り、着物が破れたらパッチを当てて補修したり、それでも古くなったら子どもの衣料となり、それでも古くなったら雑巾になるなど、本当の意味でのサステナブルな世の中が訪れるかもしれません。

 

話は変わりますが、新聞を取りに行くときに最近、新聞とは別ソースの折込チラシが良く投函されています。そのほとんどはアパートや家の販売情報。広告主は、これから先に起こることを予想しているのか、不動産の販売に関し、猛烈な攻勢をかけていると思われます。うちの近所にも家がよく建っていますが、昔はこんなところに家を建てなかったであろう場所、川が氾濫したらすぐに水浸しになってしまいそうな土地にも家が建っています。田舎に住んでいる方々は、減反政策などにより、田んぼが住宅地に変わった風景を、よくご覧になっていると思います。この辺の分析は、別の機会に書こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと思い出した事として、アラフィフの私にとって、20代から約30年間、浪費ばかりしてきたなと、しみじみ思いました。オメガの腕時計、その他諸々の機械式腕時計、スマートウォッチ、ゼロハリバートンやリモワのスーツケース、ブリーフケース、ラルフローレンのブレザー、Jプレスのスーツ、パソコン、スマートフォン、デジタルカメラ、ビデオカメラ、手帳、モンブランの万年筆、その他筆記用具、本、雑誌、アウトドア用品、リュックサック、もろもろ、もろもろ。

 

手に入れた物の殆どが、私の元を旅立って、「一生もの」と考えていたゼロハリバートンのスーツケースも、今後使うことは無くなるかもと考え、また、壊れるたびにリペア代が結構かかることもあり、手放してしまいました。

ゼロハリバートンのスーツケースは、ジュラルミン製の筐体は一度も壊れなかったのですが、車輪、留め具、ハンドル、鍵が均等に壊れて、その都度交換していました。一昨年は車輪のゴムが全て取れてしまい、車輪の大きさが小さすぎるので、Amazonなどでのリペアキットで補修ができず、修理代で新しいスーツケースが手軽に手に入る時代なので、手放すこととしました。

 

20代から30代の若い頃は、ブランド品の腕時計を持つのが、いわゆるステイタスシンボル出会った時代なので、オメガの腕時計は4本持つに至りました。機械式腕時計は、定期的なオーバーホールが必要ですが、一度も行わず、さほど精度も悪化しなかったので使い続けていたのですが、スマートウォッチの台頭もあり、完全に使わなくなった後、次々と手放しました。

 

色々と無駄遣いを行ってきたのかもしれませんが、若い頃に良いものを持っていると、審美眼、本物を見分ける感性が養われると思います。分かりやすいのは風防で、風防の材質やコーティングの違いにより、経年で傷つきを防止したり、反射により文字盤が読みづらくなったりすることを、高級時計は達成しています。

 

服飾については、1990年代のトラッド系の衣服、先述のラルフローレンやJプレスの衣類は、品質が良かったと思いますが、ユニクロが台頭して以降、ぱっと見の品質差がわからなくなりました。縫製やボタンかがり、生地などの品質、品位は、ユニクロによる上手なコピーにより、ボタンダウンシャツやチノクロスパンツ、ポロシャツなどがユニクロ製となり、トラディショナルなトラッド製品が駆逐された感じです。

 

モノではないですが、酒も大量に浪費しました。今でも変わりません。昔は映画「カクテル」に影響され、また、北方謙三さんの小説、開高健さんや落合信彦のエッセイなどに触発され、カクテルを自作し、ウイスキーやバーボンを飲み、あらゆる種類の酒を試し、水のようにビールを痛飲していました。酒、タバコに関しては、やめることによる健康上、経済上のアドバンテージを説く本もありますが、私はタバコはやっていませんが、酒は一生やめられないと思っています。

 

話は飛びますが、アップルの創業者である故スティーブ・ジョブス氏が、スタンフォード大学でスピーチを行った時の名言に私が好きな言葉があります「点と点とをつなぐ」(Connecting the Dots)。点と点は先のこと(未来)とはつながらず、後ろのこと(過去)と繋ぐことができる。今はわからなくても、未来に過去を振り返ると、自分の行ってきたことの意味がわかる。この話は私の半生を振り返っても正しいと思われ、私の行ってきた数々の浪費も、何らかの意味があったのだと、最近思うようになりました。

 

私が書くブログの種は、最近起こったことを中心に得ていますが、過去を振り返って、なんらかのイベントや過去に考えたことを盛り込んでいます。簡単にまとめると、浪費はブログの種となりました。まだ投資回収はできていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソニーの、10年以上前に発売されたオールドデジカメ、NEX -C3は、カメラ本体がスマートフォンより小さく、標準ズームレンズを取り付けると、レンズ中心の外観となります。散歩しながら携帯するときは、レンズの鏡筒を持ちながら、シャッターチャンスを待つといった感じです。ストラップは外しました。
 
こちらは、没にしたサムネイルです。ぱっと見は、レンズを携帯しているかのような感じですね。
 
なぜこの写真を撮ったのかは忘れましたが、赤瀬川原平さんの散歩写真(?)に影響を受けたせいか、壁にある何気ない模様や、不思議な構造物にフォーカスを当てるといった感じで、シャッターを押しています。近景から遠景のボケ感は良いです。ダイナミックレンジが狭いせいか、白飛びのような感じが遠くの景色で見られます。2011年当時のセンサーでは仕方がないでしょうし、フィルムカメラでも、露出を正確に合わせないと、こんな感じだったと思います。
 
夏のアジサイは、私の好きなモチーフです、枯れかけて脱色しかけた花は、なんともいえぬ哀愁があります。背景のボケはいい感じです。
 
こちらはまだ、瑞々しさが残っています。センサーの特性か、レンズの特性か、発色が柔らかいのですね。近頃のスマートフォンについているカメラ、特に私の持っているPixelのカメラは、非常によく写るのですが、メリハリが効きすぎる画像処理が、好みではありません。
 
このような「昭和」が色濃く残る街並みを撮るのも、私の趣味です。人々の生活感や人の行き交いが滲み出てくるような雰囲気を切り取るのが、このカメラの魅力なのでしょう。
 
廃業したガソリンスタンドと思われる場所。以前はガソリンスタンド内の建物が、売店やコミュニティーとして機能していた時期もありました。
 
夜景は、手ぶれに十分気をつければ、綺麗に写ります。手ぶれ加減も味の一つになるのですが、ストロボなしでも十分に使えます。
 
フォーカスがあっていませんが、モノを撮影するにも良いテイストで撮れます。フォーカスは、シャッターボタン半押しでロックした後に、レンズのフォーカスリングで微調整できますが、フォーカスリングの回し具合がちょうど良いトルクで、心地よいです。
 
銀塩カメラでかつ、フォーカスを手動で合わせていた時代の作品には、味のあるものが多いと思います。戦争をモチーフにした報道写真を撮影していたロバート・キャパも、「ちょっとピンぼけ」(Slightly Out of Focus)と言う写真集を出していたと思います。これは厳密には、手ブレが程よい効果を表した写真でしょうが。
 
APS-Cのセンサーサイズの余裕か、ボケ感を創り出すのがとても上手なカメラだと思いました。偶然から楽しい写真を生み出せるカメラです。
 

古いカメラは、スマートフォンのように、確実に映像を収めることができない場面もありますが、味のある写真を撮ることができるので、スマートフォンの写真に飽きた方にはおすすめです。