本日、大阪で万国博覧会の開会式が行われたそうです。正直なところ行くつもりはなく、むしろ安全対策、未完成のパビリオンなど、さまざまな不具合が気になるところです。20年前に愛知県で行われた万国博覧会、「愛・地球博」は、正直なところパビリオンに関する記憶が殆どないのですが、広大な敷地をゆったりと歩きながら、さまざまの国の人々と交流することが楽しかった記憶があります。当時の入場券にはICチップか何かが埋め込まれており、カードをかざして入場した記憶があります。モリゾーとキッコロと言うキャラクターは、今の大阪のキャラよりは可愛く、子どもにグッズを買いました。

 

その前の、1985年のつくば万博も、行ったような記憶が薄らとあります。「コスモ星丸」のアンテナか触覚のような体の部位が模されたヘッドバンドを頭につけていた写真を見た記憶があります。記憶違いかもしれませんが。

 

これほどの国際化時代に、わざわざ世界中の人々を集める必要があるのかと言う意見もあり、情報が世界中に一瞬で共有化される時代に、万国博覧会を開く意味はあるのかと言う意見もあると思いますが、実物に触れる機会はあまりないと思うので、万博会場で得られる感動もあろうかと思います。しかし私は行きませんけど。

 

大阪万博が行われた後には、カジノが建設されるため、万博会場を急ピッチで整備したようですが、どうせなら、日本の賭博上は大阪だけに限定し、あらゆるギャンブル(パチンコ、競馬、競輪、ボート)は、この際廃止にした方がよかろうと思います。大阪のゴミ埋立地である夢島で思い出すのは、大阪出身の方に大阪案内をしてもらった30年ほど前、ゴミを分別せずに捨てていたことに驚いていました。大阪のどこに泊めてもらったかは記憶にありませんが、空き缶から燃えるゴミから、まとめて一つの袋に入れてゴミ出ししていました。ここは記憶が薄いのですが、夢島に捨てるから分別はあまり関係ない旨の話を聞いたような気がします。

 

大阪の万博会場で、火災が起こらないことを祈ります。

特に、夏の暑い季節には、メタンガスの発生が促進されることを恐れます。

愛知の長久手会場は、心地よい風が吹く、自然の中の遊歩道でしたが、大阪のそれは、リングの中に幽閉された空間です。

なんだか、あまり良い予感が浮かびません。

 

 

 

 

 

 

 

ふと思い出したのは、21世紀を迎える前の渋谷での出来事でした。まだ現在のようにインターネットが日常に浸透する前の頃、インターネットなるものに触れる機会は、「インターネットカフェ」のみでした。渋谷のカフェでインターネット体験できると言うことで、上京時に行ってみました。30分ほど待った後「インターネットお待ちの○○さん」と言う呼び出しに応じて、デスクトップPCのブラウン管を眺めながら、喜び勇んでブラウザーの「モザイク」を使い、NASAのホームページにアクセスしました。宇宙飛行士の写真などがゆっくりと表示される様子を見て、気分が高揚したことを思い出します。

 

次に思い出したのは、寮に住んでいた時のネットワーク環境でした。30年ほど前、寮には内線しか引かれておらず、インターネットのアカウントを取得した1996年ごろ、インターネットにつなぐ手段は、緑色したISDN公衆電話のアナログ回線からのアクセスでした。50代前後の方ならほぼ体験したであろう「モデム」が電話回線に繋がる過程の音、「ピーヒョロロー」や「ガーガー」といった音で、電話回線の向こうと交信して、インターネットにつながります。当時は「ネットスケープ」を用いてインターネットにアクセスしました。緑色の公衆電話は町役場の近くにあり、夜中にノートPCと電話線を用いて1時間近くアクセスしていたので、不審者扱いされてもおかしくありませんでした。

 

その後LAN回線を用いてデジタルでインターネットにつながるようになり、のちにワイヤレスで接続可能となり、どんどんネットワーク環境が進化しました。2000年代の後半にはスマートフォンが登場して、あっという間にネットワーク環境が手のひらに乗るようになました。

 

インターネットは米軍が開発したARPANETが発祥であり、核戦争などである拠点が破壊されても、他の経路で通信が可能となるネットワーク。蜘蛛の巣(WEB)状に広げることで、リスクを分散していました。海を渡るネットワークは海底ケーブルを用いて、近年では衛星回線が一般の人でも使えるようになりました。蜘蛛の巣は世界中にくまなく張り巡らされました。

 

インターネットによる利便性は、我々の生活を大きく変えましたが、色々と住みづらくなりました。仕事の環境も大きく変わり、私が企業に入社した時には、企業のロゴが書かれたレポート用紙(会社では『雑箋」と呼ばれていました)、ボールペンを与えられ、コピー機や「青焼き」、のちには「リソグラフ」で資料を複製していました。その後、手書き資料は、東芝の「ルポ」でタイプし印刷することとなり、PCは職場に2台程度置かれていたのが、いつの間にか個人に配られることとなり、PCが社内のローカルネットワークにつながることとなり、今ではクラウドに繋がれています。社内独自のシステムがどんどん外注化され、数年おきにシステムが変わり、今では殆どアナウンスされずに新しいシステムに変わっていきます。それも、国外の人々が作ったプラットフォームに。

 

ここで漠然とした妄想を持ったのですが、日本では、日本独自のネットワークを再構築する必要があると考えました。これらは日本国内のみで構築して、海外および既設のインターネットとは繋がらない。OSはもちろん「TRON」。通信網はNTTの電話回線か、フジテレビ、NHK、TBSなどの電波を使用。おそらく、ピアトゥーピアのネットワークになるのでしょうか。日本の機密にかかる情報や、銀行口座、マイナンバーカードの情報などは、すべてこのネットワークで流通できないでしょうか。日本人向けにカスタムされたUIを使えば、歳をとった方にも使える端末が作れるのではないでしょうか。もうすでに「純国産」のハード・ソフトを作れる人材やインフラがなくなってしまったのかもしれませんが、何かやりようがありそうな気がします。

 

 

 

 

 

あくまで私の夢想ですが、日本および日本人が豊かになるには、「柔らかな鎖国」が必要と考えています。「柔らかな鎖国」とは江戸時代に行われた徹底的な外交政策ではなく、徐々に内向的な国の運営を行う考えです。消費税が、輸出企業へのキャッシュバックに使われていた事実が明るみになりましたが、原材料を輸入し製品を輸出するといった工業中心の社会から、自国の食糧は自国で全て賄い、国内で経済を循環させるような、農業中心の仕組みが必要と考えました。

 

この際、原油や資源が日本にはないと言った通説を、我々は学んできましたが、人によっては、日本には多くの資源が地下や海底に眠っているという主張もあり、私はそちらを信用しています。日本ではかつて、金山や銀山があちこちにありました。石炭を今採掘することは現実的ではないでしょうが、石油由来のプラスチックを機械的、化学的にリサイクルする技術は、盛んに開発されています。皆さんが自動販売機で購入される、PETボトル入りの飲料についても、時々、リサイクルされたボトルが使用されていることに気づかれると思います。私も少し前までは、PETボトルのリサイクルについては、その難度やコスト、エネルギー使用量の観点で、あまり環境にやさしい技術とは思っていませんでした。むしろゴミに混ぜて燃やした方が、余程エコではないかと考えていました。しかし今後、技術が進歩したら、新しい石油に依存せずとも、PETボトルなどのプラスチック製品は、多くリサイクルされるものと考えます。

 

地産地消については、言うは簡単ですが、行うのは難しいです。しかし、マインドが変わると突然習慣を変えることができると、自身の経験で実感しました。私はコーヒーが大好物で、毎朝のコーヒーは欠かせませんでした。コーヒーは、日本で生産しようとする方もおられますが、ほとんどが外国産です。私は産地には拘りませんが、とにかく濃いコーヒーが好きでした。それが2年ほど前から、子どもがお茶関係の企業に働くのをきっかけに、お茶を飲む習慣が戻りました。お茶を飲む習慣は、私が幼少の頃から母親が急須で注いでいたお茶をよく飲んでいたので、習慣化はしていました。大人になって全くと言って良いほどお茶を飲まなくなり、いつの間にかコーヒーが好きになっていました。それが急に、お茶に回帰しました。私のお茶の飲み方は現代的(?)で、急須を使わない代わりに、茶漉しに小さじ1.5杯程度の茶葉を入れて、90以上の熱湯を一気に注ぐと言う、乱暴な入れ方です。これにより、お茶のまろ味は失われるのでしょうが、お茶の濃い緑と濃い香り、渋みを味わえるので、目が覚めます。コーヒーと同様に、飲んだ後のお通じも良いようです。茶漉しから漏れる粉状の茶葉も入りますが、味のアクセントとしています。個人の感想ですが、ウィルスにも効きそうです。

 

私は1日一食生活に緩やかに近づける過程で、玄米食を取り入れました。朝食は食べずにお茶を飲み、昼食は80グラムくらいの玄米おにぎりを1つ食べます。アラフィフになると代謝機能が落ちるのか、あるいは仕事中にアドレナリンが沸いているのか、夕方になるとお腹が空く感じです。夜は妻が作ってくれた夕食を残さず食べます。あとは自分の食べたいと思うものをコンビニで買ってきて、アルコールと共に摂取します。ひとまず心身の健康は保てています。もう少ししたら、日本産比率を上げられる食生活を、送れるのではと考えています。もう肉食は求めなくなったし。

 

話が飛びますが、リサイクル技術に加えて、リユースの社会は、これからどんどん拡大していくと思います。私は1990年台から浪費を続けてきた筋金入りのモノ好きですが、自分が使わなくなったものは、殆ど捨てていたと思います。もちろん、人に譲ることもありましたが、今のようなスマートフォンで簡単に不用物を売買できる仕組みがなかったのと、バブル崩壊後であっても、大量生産、大量消費をメディアで煽っていたので、今振り返ると驚くほどのペースでモノを購入していました。

 

社会も、リユースを指向していると感じます。家電量販店は、新品の家電を大量に販売する店だったのですが、今ではスマートフォンやタブレット端末の中古品を販売しています。スマートフォンは、iPhoneの新製品が出るたびに買い替える方もいたと思いますが、iPhoneが「革新的」でなくなってからは、中古で良いと思う方は多いと思います。

 

製造業は、生産量を最適化して、無駄に製品を作らなくなる方向に向かうと思います。これが収益を悪化させようとも。そして最適な生産量が安定化したら、日本国内のマーケット向けの生産を復活させられると思います(かなり甘い見通しでしょうが)。

 

私は、トランプ大統領の数々の政策は、世界に混乱と経済の打撃を与えるものと考えていますが、一方で、創造的な破壊を行う良いきっかけとも捉えています。日本の製造業は、日本国内へ生産拠点を戻すこと、特に中国からの撤退を行なっていくことで「柔らかな鎖国」の準備を進められるものと考えています。

 

そして今、景観を大きく歪めているメガソーラー施設も、誰かが施設の使用権を放棄した後には、一軒家やマンションに移管して、家庭用の電力発電にリユースされる時代が来るのではと考えています。その間にソーラーパネルが破壊されたとしても、ソーラーパネルをリサイクルする技術が開発され、半導体のセル単位で部品がリユースできる時代が来るのではと考えています。

 

その他、太陽電池以外にももう少し「太陽の恵み」に着目する必要があると思います。太陽の恵みをもっと活用できれば、「柔らかな鎖国」に必要な、地産地消が進められると思います。

 

残るは通信インフラとSNS系プラットフォームでしょうが、これも意外と簡単に、まるでオセロのように、切り替えが可能かと考えています。脱インターネット(旧ARPANET)が最大の課題でしょうが、「日本産」もできなくはないと思います。まずはフジテレビ、NHKの電波を解放してもらうことでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたにとって重大な決断を行うことは、人生の中でいくつかあるでしょうが、重要な決断ほど、ノリで行った方が良い場合があります。「ノリ」というニュアンスは1980年代の感覚で「その場の雰囲気で心の高揚感と共に選んだ選択」と説明できるのかもしれませんが、「心の底から選んだこと」と言い換えることができると考えます。

 

あなたの心の中では、24時間中動いている何かがあり、意識下であなたの行動をコントロールしていると思います。どんなに論理的に思考を巡らせたり、生成AIに答えを求めたりしても、解けないものがあると思いますが、あなたの心の中の何かに課題を与え、一晩寝ると、何故か解決策が頭に浮かぶことがあります(あえて『潜在意識』なる言葉は使いません)。

 

「ノリ」というのは、日が沈んでから発生するものと、日が登った後に発生するものがあります。個人的な経験では(あなたもそうかもしれませんが)、日が沈んでから発生した「ノリ」は、失敗することが多いかもしれません。特にアルコールが体内に入っている時には。日が登った後の「ノリ」には、眠っている間に動いていた思考プロセスにより、選ばれた選択肢なのかもしれないと思いました。

 

難しいのは、重大な決断を行った後の行動です。日が登った後に浮かんだ重大な決断は、理性のようなものが邪魔をして、行動のボタンを押せないときが多々あります。そんな時は、あなたの気持ちが、日が沈む前に変わらないのであれば、日が沈んだ後に行動した方が良いかもしれません。重大な決断を行動に移すには、日が沈んだ後の「ノリ」が必要な時もありますので。

全くのフラッシュアイデアなのですが、「日本製」への回帰、柔らかな鎖国について考えました。きっかけは、岐阜県関市で製造された、スパイダルコのナイフでした。

 

このナイフは25年近く前に購入して自宅に何気なく保管していたもので、岐阜駅にあった物産屋、地産品を販売するアンテナショップのような店で購入しました。この店の店長さんは個性的な方で、ナイフのことについて教えてくれるアニキのような存在でした。今は無くなったお店ですが、岐阜駅の駅ビルが全面改装された時に入ったテナントで、駅ビル内に刃物が剥き出しのまま陳列されていたのには驚きました。しかし店長さんはナイフの使い手らしく、その店ではトラブルは発生したことはなかったと思います。

 

ナイフは「波刃」が良いと教えてくれたのは、その店長さんでした。波刃は研ぐのが難しいので敬遠していましたが、ロープなどを切る際には使いやすいと。「てんとう虫」と呼ばれるこのタイプを最初に購入した後、スパイダルコのナイフを、この店でいくつも購入していました。スパイダルコのナイフには、刃に丸い穴が空いており、これがデザインの大きな特徴になっています。この穴に指を当てて上手に引き出すと、片手で刃の開閉ができることを、店長さんに教えてもらいました。スパイダルコの履歴はよくわかりませんが、クライマーが好んで使用していた旨を何かで読んだことがあったので、納得いくギミックだと思いました。

 

岐阜駅で物産を販売しているということで、関氏の刃物製造工場で作られたナイフのブレードには、誇らしげに産地が刻まれています。刃の切れ味も良いのですが、刃の開閉機構もスムースで、トラブルが全くなかったので、昔ながらの「日本製」の良さを体感していました。

 

この「日本製」の良さは、その後に大挙する外国製品によって、感触が忘れ去られたり、記憶が書き換えられたり、はたまた「日本製」を知らない人々が増えたため、あまりピックアップされることは無くなった感じです。しかし日本にはまだ、「日本製」の素晴らしい製品、農産物などを作る生産者はたくさんおられると思います。

 

突然話が飛びますが、トランプ大統領の輸入品関税の増額は、長い目で見ると、「日本製」の復活に寄与すると思います。しかしながら、この措置により日本の製造業は大打撃を受けると予想しますので、どこまで日本の生産者が生きながらえるのか、わかりません。この大きな波が去った後には、それこそ草も生えない荒野が残る可能性もあると思います。そんな後には、日本の気概のある国民が一致団結して、「日本製」で自国の経済を細々と回す、緩やかな鎖国を行うことになるのが良いかなと考えます。この時、アメリカにより発案され全世界に広がったインターネットからは、日本は脱退せざるを得ないのかもしれません。そうなったら、NTTが張り巡らせた電話網のアナログ回線をもう一度復活させ、国産OSのトロンを中心としてピアトゥーピアのネットワークを作るのが良いのかと思いました。

 

以上は私の妄想です。なお、スパイダルコ社は、アメリカのメーカーであったと記憶しています。

 

 

 

 

 

 

 

摂りすぎると身体に悪いと言われている「塩」をたくさん舐めて、富士登山を乗り越えた話を以前のポストに書きましたが、私は、身体が欲するものを、欲するままに摂取する癖があります。私は50代半ばになろうとするオヤジですが、会社の健康診断では、私の中で不当と考えている腹囲(身長によらず上限値が決められている)および血圧(不当に上限値が下げられている)以外は、血液検査など、良好な数値を保っています。ちなみにBMIは23くらいをキープしています。別に健康自慢をしたいわけではなく、現代医療の批判をしたいわけではないのですが、私が考える「飲食」と「脳や心」、「身体の健康」についての考察を書きたいと思います。

 

私は50歳を超えるか超えないかのあたりから、1日1食に向けた食生活にシフトしています。血糖スパイクの観点から、朝食を抜くことをよしとしない意見もありますが、この食習慣は私の「脳や心」にとって好ましいことなのです。私はお酒はよく飲みますし、酒の肴として、コンビニに置いてある「添加物だらけ」の練り物やハムなど、いわゆる「超加工食品」をよく食べます。突然、納豆のみを食べたい時には毎晩食べているし、チョコレートをどうしても食べたい時には、毎晩食べることもありました。

 

昨年に、親の抗がん剤治療が行われている間、自宅と実家の往復を行うう時に、どうしてもニンニク入りのラーメンをたくさん食べたくて、実家に帰るたびに昼食として食べていました。退院時に病院に行くと、親からニンニク臭いと言われ、実家に預けていた衣服も、ニンニク臭いということで処分されてしまいました。その親も、退院後にがんの餌になりうる砂糖たっぷりの大福などを食べたくなり、病院での辛い思いもあり、好きに食べていたようです。そのおかげもあってか、病院内で激痩せした体型がすぐにふくよかになっていました。現代医学においては、お医者さんが金切り声を上げるような出来事と思います。

 

私が1日1食に近い生活をしている今日この頃は、朝食は食べずにお茶を飲んでいます。昼食は70〜80gの玄米おにぎり1つ。その代わり、夜の飲食に種類や量は制限しません。保健指導の方には注意される食生活ですが、私にとってこれは「脳や心」が快適になるのです。最近よくわかったことは、加齢とともに「省エネルギー」体質になったこと。体力を要する生活を行わなくなりつつあることも要因ですが、思考回路が「省エネルギー」を求めているのだと思います。思考については、完全に老害となっている思考回路もありますので、一概に良いとは言えません。野球に例えれば「内野フライを打ったら1塁まで走らない」打者、「強打者が来たら迷わず敬遠とする」ピッチャー、「ホームランかファウルかわからない当たりでも、深追いしない」外野手、のような感じです。

 

昼食をあまり摂らないのは、午後にも高いパフォーマンスを上げるためです。朝食を取らない場合、昼食をたくさん摂ると、いわゆる「血糖スパイク」が跳ね上がり、身体に良くないものとされます。突然眠くなったり、意識が遠のいたり、明らかにパフォーマンスが落ちて、会議に参加したら寝落ちして、まともに思考できないことも多々あると思います。最近の私には、昼過ぎに眠くなることは殆んどありません。時々夜更かしした後に、昼に眠くなることもありますが、おそらく玄米おにぎり1個分の糖質が影響を及ぼしているものと考えています。

 

このような生活で日中にはカロリー不足になると思いきや、私は脂肪を上手に蓄え、燃焼しているために、うまい具合に生活できているのだと思います。これは、スマートフォンの電池に例えられると思います。私のスマートフォンは必ず、設定やアプリを調節して、1日に1回充電すれば、1日中使用出来る運用としています。入れるアプリや、アプリの権限、通知の頻度を見直せば、比較的簡単に出来ると思います。スマートフォンのような運用は、身体にも適用できると考えています。夜中に脂肪を蓄えて、日中に使い切る。なので、冬場のように基礎代謝が増えて、体温の維持を図ろうとする際には、夜ご飯を食べた後にも、変なおつまみや、変なお菓子をたくさん食べてしまいます。また、私にとっては、アルコールも一種の栄養源になっている可能性が高いです。

 

仮説として、40代以上の人にとって、1日3食は食べ過ぎだと思っています。もう一つの仮説は、身体に悪いと言われているものを、身体に悪いと思いながら食べていると、本当に身体が悪くなることです。しかしその逆はなくて、身体に良いと思って食べていた、飲んでいたものは、実はそれほど健康に役立っていないのではという仮説です。一方で、身体への影響を考えずに、身体が求めるものを食べるのは、実は身体を健やかに保つ秘訣なのではと考えています。私の仮説は、10年後くらいに検証結果が出ると思いますが、仮に悪い結果となっても、私は後悔しないでしょう。

 

しかしながら、薬物はダメです。私は、アルコールが違法ドラッグになる前には、アルコールから脱しようかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最もわかりやすい例えは、砂漠で喉が渇いた人が「水」に対する価値と、蛇口からひねるだけでコップに水が満たされる環境にいる人の「水」に対する価値観だと思います。あるいは、南極の氷を溶かして得た水と、水道水の価値観、さらには月に存在すると言われている水を地球に持ち帰ったものなど。物の価値は、物を得ようとする人と、物自体の背後にあるストーリーによって、相対的に決まると思われます。

 

もちろん、素材や機能そのものに価値があるケースは多々あります。ウルトラライトを指向する人々が傾倒する「チタン」信仰は、とにかく軽くて丈夫という機能が故に、アルミやステンレスの数倍する製品が多いと思います。一方で、同じ合成皮革のバッグでも、西松屋のものは安く、ルイヴィトンのものは高いですね。詳しくはよくわかりませんが、製品そのものの原価はさほど変わらないのでしょう。

 

私がトラベラーズノートを好んで使うのも、背景にあるストーリーが好きだからです。もちろん、ノートの紙質は最高品質で、書き心地が最高レベルなこともありますが、旅に携行し、旅先での出来事を書き綴るノート、旅が終わった後に振り返るためのノートとして使っている、トラベラーズノートには価格に見合う価値があるのではと思います。

 

トラベラーズノートは、海外の方も一定数、愛好者がおられるようです。少し前に中目黒のトラベラーズファクトリーに訪問した時も、海外の方が買い物をしていたし、先日東京駅のトラベラーズファクトリーに訪問した時は、外国人観光客の方々が、スタンプコーナーに行列を作っていました。

 

トラベラーズノートは、ブランドイメージを作るのがうまいのですが、製品の品質がとてもよく、使っていて心地よいことが、海外の方にも受けているのかもしれません。私の愛用したトラベラーズノートをフリマサイトに出品しましたが、すぐに売れてしまい、どうもこれは、海外に旅立ったようでした。海外でも活躍してもらうことをイメージして、また、私なりのトラベラーズノートのストーリーが、加わった気がしました。

 

 

船井幸雄さんか、どなたかが予言していましたが、資本主義は2020年に崩壊するとおっしゃっていました。明日からは、資本主義の崩壊を5年遅れて見ることができるのかもしれません。

 

明日、2025年4月7日は、世界中で注目を集める日になるかもしれません。まずは日本の証券取引所、ここから始まり、世界中の証券取引所にて、株価の暴落を目の当たりにすることと思います。

 

2週間連続での「ブラックマンデー」。ニーサに最近飛びついた方は、もう逃げられないのかもしれません。仮想通貨、数字だけの資産は、一瞬にしてゼロの価値に暴落する可能性を秘めていると思います。

 

良い知らせか悪い知らせかわかりませんが、資本主義は、崩壊の憂き目に遭うのでしょう。皆さんのスマートフォン上にある数字は、瞬く間にゼロに近づくか、一つ間違うと、マイナスになるかもしれません。

 

 

スマートウォッチは、2016年頃から、Pebble(ペブル)と呼ばれる、革新的なスマートウォッチを使い始めました。まだアップルウォッチが登場する前でありながら、電子ペーパーのモノクロ画面、のちにカラー化し、物理ボタンを搭載し、おしゃれで実用的なUIが気に入っており、夢中になって使っていました。写真のものは「Pebble Time Steel」というもので、Pebbleの世界観が完成したバージョンでした。その後、心拍計を搭載したバージョンがプレスリリースされたあと、Fitbit社に敵対買収され、以後、Pebbleの時計は生産されませんでした。2020年くらいまではAmazonでも購入できるくらいの流通量でしたが、Fitbit社がgoogleに買収された後くらいに、Google Playからアプリが削除され、公式アプリをインストールできなくなりました。しかしながら、Pebbleを愛する有志が、Rebbleというサイトを立ち上げ、引き続きPebbleを使うユーザー向けのサービスを開始していました。私もこのサービスを使っていましたが、とうとう、野良アプリ的にインストールできたアプリが、Android OSのバージョンアップとともに、インストール不可能となってしまいました。Pebbleアプリに付与される権限が多すぎたかららしいです。

 

Color e-paper smartwatch with up to 7 days of battery and a new timeline interface that highlights what's important in your day.

写真はkickstarterのサイトより引用。

 

Pebbleが葬り去られて(?)以降、私のスマートウォッチ探しの旅が始まりました。Pebbleと同じ四角い文字盤の、Garminのスマートウォッチを購入しました。Garminのスマートウォッチは、ほぼ円形の文字盤なのですが、この製品は珍しく、四角い文字盤でした。

 

四角い文字盤というのは、時計においては希少なのですが、メールのテキストなど、文字情報を表示するには最適な形式で、アップルウォッチも四角い文字盤を採用しています。スティーブ・ジョブズがご存命なら、円形にしたでしょうけど。

 

その後、Fitbit(Google による買収前後の製品)、アップルウォッチ、諸々のAndroid系スマートウォッチ、Garminの高級スマートウォッチと渡り歩き、それぞれの製品の使い勝手を体感してきました。個人的な感覚で、各スマートウォッチメーカーの得意なところを下記します。

・Garmin:地図と連動した運動には良い機能を有していると思います。GPSが優秀なので、たとえばトレッキングの履歴を後で確認したい、ランニングの記録を1km毎に確認したいなど、地図上の行動を意識する方には向いていると思います。またGarminは、ボタン操作で機能呼び出しできるのがよく、トレッキングやランニングなど、文字盤から目を離せない状況下でも、確実に機能を呼び出せるのが良いです。またGarminは、オフラインで閲覧できる地図を搭載したモデルもあり、これも魅力でした。しかし地図を見るのは画面が大きくある必要があり、描画速度も遅いので、実用的ではありませんでした。使いこなせれば素晴らしい時計でしたが、私には使いこなせませんでした。

・Fitbit:睡眠時間をトラッキングしたい方にはおすすめです。睡眠の効果は、比較的ゆるめで評価してくれるので、睡眠時間を長く持ちたい方には、ちょうど良いモチベーションを維持できるかと思います。昼寝を正確にカウントしてくれるのも良いです。また、「休息」や「リラックス」を数値化することにも意欲的です。

 

・Apple:心拍数の検知と表示機能が優れていると思います。Appleは早々から医療機器としてのスマートウォッチを訴求力としており、心拍の異常を検知し、知らせる機能においては優れていると思います。iPhoneとの連携も素晴らしいです。一方で、電力消費が多く、他のスマートウォッチは充電周期1週間前後が標準である一方で、アップルウォッチは、いまだに1日周期が標準です。

諸々のスマートウォッチを使っているうちに長所短所が見えてきて、結局は私の欲しい機能が全て入っている時計はありませんでした。結局は、スマートウォッチを試しては手放しての繰り返しで、私の手元に残っているのは、Pebbleのみとなりました。

 

スマートウォッチは、スマートフォンを操作せずとも、通知を受け取ることができ、機種によっては簡単な返信もできます。これはとても便利に思っていた時もありましたが、最近使用していたFitbitにおいては、運動のトラッキング開始をいちいち知らせてくれるのがうるさくなり、集中を阻害されるのが嫌でした。通知時に手首に伝わる振動も、だんだん嫌気がさしてきました。またなんといっても、睡眠中に腕にデバイスをつけるのが苦痛になりました。高城剛さんは、睡眠中は足首につけることを推奨していましたが、一度違和感を持ち始めると、どんどん気になっていくのでした。

 

また、今年に入ってからもう一度災害対策を見直していく中、長時間バッテリーが持つといっても、せいぜい1週間しか持たないスマートウォッチは、災害時にすぐ役立たずになろうかと考えました。Garminの高級機種は、最小限の機能で1ヶ月程度電池が持つモードを搭載していますが、所詮1ヶ月です。私は、太陽電池を搭載したアナログ時計を、スマートウォッチに熱狂していた期間放置していたのですが、4年程度放置していても時刻は正確で、もちろん駆動し続けていたのには驚きました。日の自動修正はできないので、日にちを手動で修正する以外は、時刻の修正は不要でした。災害時には、このくらいロバストな時計が必要と思いました。

 

話は変わり、スマートウォッチで管理する事象についてですが、歩数や心拍数、睡眠時間・睡眠の質は確かに、スマートウォッチなどの機器を使わないと検出できないのですが、健康を維持するためには、機器によってえた数値に加えて、自分の健康に関する自覚を、身体と向き合い対話することで得る必要があるかと、最近考えました。1日8000歩以上の歩行を行い運動不足を改善し、心拍数100程度で運動を持続し、1日7時間以上の睡眠を行うなど、数値がフィードバックされると自分の行動がわかりやすいのですが、これらの行動をもとに、自分の心身が健康であるかを、自分と向き合いながら、内省する必要があると思いました。

 

私は今年に入ってから、飲酒と睡眠の関係を探り、飲酒量を少なくして睡眠の質を上げる検討を行っていました。起床時間、就寝時間、昼寝の記録及び睡眠の質はFitbitのデータを採取し、日常の履歴と飲酒の記録を手帳に記入していました。

この記録は3ヶ月続けて、お酒を減らしたら睡眠の質を上げられるかなと模索していたのですが、結論として、適量の飲酒を守れて、就寝時間を早くできれば、睡眠の質は確保できるとわかりました。一方で、お酒を飲み過ぎて、寝るのが遅くなったり、夜中に起きる頻度が高くなると、睡眠の質は急落することも確認できました。至極当たり前の結果なのかもしれませんが。結局私は、就寝時間を守ること、飲酒量の上限を守ること、日中のストレスを極力避け、意識的に歩くことを心がけることを、ゴールデンルールとしています。また、睡眠時間や睡眠の質は正確なトラッキングができなくなりますが、体調管理の日誌はつけていきたいと思います。なお、「日中のストレスを極力避ける」ことについては、別のブログで書きたいと思います。

 

さて、最後の話題となる「ディストピアの労働環境」について書きたいと思います。スマートフォンが人類を支配している世の中は、SNSの浸透により達成されましたが、スマートウォッチを人類全てに装着させることにより、人類の支配が強化されると考えました。スマートウォッチは、スマートフォンを持ち込めない環境にまで入り込むことができて、充電や風呂の時間以外、ほぼ24時間は人間に装着されます。「睡眠を管理する」という素晴らしい名目で、人間に24時間デバイスを装着させることが可能となったのです。近い将来、人間にデバイスを埋め込むことで、意識せずともデバイスが装着できるようになるかもしれません。これにより、人間の行動履歴、体温、心拍数、睡眠データ、もしかしたら血圧、血糖値やその他血液データ、さらには感情の起伏など、個人にまつわるデータを完璧に採取できるようになると思われます。

 

労働環境においては、個人の生体データを管理することで、出勤・退勤の自動採取、肉体労働時における休憩時間の示唆、熱中症対策、行動記録(キーエンス的なマイクロマネジメント)、メンタルヘルスや健康管理など、あらゆる形での労働管理が行いやすくなると思われます。 RFIDタグと組み合わせると、社内での飲食履歴、喫煙やトイレの回数など、さらに細かく履歴がわかるかもしれません。社内に張り巡らせた監視カメラをさらに活用して、個人のパフォーマンスや危険行動の有無、不正の防止などが可能になるかもしれません。

 

スマートウォッチ、さらにはVRゴーグル(メガネ)と組み合わせると、労働の指示をこれらデバイスから行うことができると思います。Amazonの配達員さんたちは、すでにスマートフォンからの指示に従い、配送を実施しているようですが、次のステップでは、スマートグラスからの指示が飛ばされるのでしょうか。その後のステップは、Amazonの倉庫で実践されているように、配達をロボットやドローンで実施することとなり、配達員さんの仕事は必要なくなってしまう未来が予想できます。

 

人間にしかできない労働については、徹底的に人間を効率的に動かす仕組みが、今後実用化されると予想されます。スマートウォッチは、人間の生体的な限界を把握するための、最適なセンサーになろうかと思います。しかし一方で、社員が壊れるまで働かされる環境はなくなろうと思われます。社員が健康を害したり、精神疾患を患う前に、社員は環境を変えることが容易となるであろうと思われます。また、人間が必要とされる仕事環境は、ロボットへ置き換えられることが加速化したら、人間は労働から解放されるのかもしれません。これは最近よく言われていることです。

 

さてこれら労働環境は、ディストピアと呼ばれるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は、やはり、何かが起こりそうな気がします。

私は陰謀論者でもなく、陰謀論好きではないのですが、世間で言われる陰謀論のことは、陰謀そのものではないかと思うことが多々あります。自民党が政権与党の座を引き摺り下ろされた後の大地震。忘れもしない1995年の阪神淡路大震災。私は独身寮に住んでいましたが、今でも寮のロビーに敷かれてあった床の赤い絨毯と、3台くらいあったNTTの公衆電話がフラッシュバックします。

 

2011年の東日本大震災。仕事中に突然の横揺れと、いつまでも治らない、長周期の揺れ。外に出て避難した後の寒い思い出。海外の報道カメラがなぜか、俯瞰で津波の様子を放送していました。

 

今年の2025年は、運命で定められたかのように、自民党の大敗がセットアップされているようです。とはいえ消去法で投票されたどこかの党が自民党を追いやり、政権交代を達成できるのは、今年の7月でしょうか。7月といえば富士山の山開きです。近年、積雪の影響で静岡県側は7月10日くらいの日程で、山梨県川より遅れて山開きすることが多かったです。今年も同様な山開きになろうかと考えていました。ここ数年来、突然、富士山の噴火が取り沙汰されてきました。富士山噴火のハザードマップは数年前に刷新され、火砕流や溶岩の到達範囲が少し広くなった気がします。それもそのはず、富士山の麓から駿河湾に向かう土地のほとんどは、溶岩による岩盤となっており、マンションを建てる際にボーリングすると、溶岩に突き当たるのです。

 

宝永火山の噴火は今から約300年前に起こりましたが、その後は鳴りを顰めています。私も富士登山の通称プリンスルートで宝永山を歩きましたが、火口の広さと、噴火によるクレーターの大きさには恐れ慄きました。恐るべきことに、富士山はまだ活火山なのです。私は自らの体力低下や、コロナ禍による諸々のリセット、富士山にまつわる嫌な噂があり、2010年から毎年欠かさず行なっていた富士登山を、2019年を最後に辞めました。今後はもう登らないと思います。

 

私は、地震学者の地震予報は外れると思っています。最近提唱された、南海トラフ地震で想定される死者数の試算は信じていません。この試算を聞いて最初に思い出したのは、コロナパンデミックによる死者数が40万人近くという、有識者による予想でした。結局この数値はそこそこあっており、原因が異なるのですがそれなりに日本人の人口が減少していました。超過死亡者数の増加を声高に論じられていたのは昨年2024年のYouTube界のトレンドだった気がします。

 

しかしながら、科学的に達成可能な気象操作について、私は、今年に行使される可能性が高いと、虫の予感程度なのですが感じます。たつき涼さんの有名になった漫画、あれはたくさんの描き直しの跡が見られるので、私はあまり信用していませんが、シンプソンズのアニメのように、誰かが意図して、漫画を通じて宣言をすることはあり得ると思います。

 

富士山が噴火すると、溶岩が流れる恐ろしさはあるのですが、もっと恐ろしいのは煤煙です。火山灰が東に流され、関東一帯を埋め尽くします。武蔵野台地は関東ローム層でできている、こんな歌詞が書かれた校歌を、私は小学生の時に歌った記憶があります。火山灰は導電性が高く、水を含みやすい微粒子です。富士登山をされた方はよくわかると思いますが、火山灰はありとあらゆるところから侵入し、靴の中、ザックの中、鼻や口の中に入り込みます。このことは、たとえば東京の真ん中に火山灰が降り注いだら、自動車の吸気口、あらゆる電子機器、インフラに入り込み、おそらく東京の機能は全部止まると思います。

 

富士山の噴火に伴い、静岡県と神奈川県では、伊豆地方の山々の噴火、箱根の活火山の噴火は同時に起こると思います。これは小松左京さんの「日本沈没」で描かれた通りになろうかと予想します。

 

火山の噴火と地震が連動するとなれば、もしかしたら南海トラフなる場所での震源で、大地震が起こるかもしれません。この辺の動向は、陰謀論的にいえば、地球をドリリングする「ちきゅう号」の動向には注目する必要があると思います。

 

さて、私たちは何に備えるべきでしょうか?

 

私は月並みですが、緊急避難用のグッズを枕元に準備しています。最近では「EDC:Every Day Carry」と呼ばれる、日常的に携行するグッズを厳選し、常備することとしました。

 

 

私はまだ重大災害に遭遇したことのない人ですが、いろいろなサバイバルの実例に触れたあとに自分なりに考えたセットを、高城剛さんの企画したポーチに収納しています。大雑把には、火を起こすグッズと、水を濾過するグッズ、出血を止めるグッズ、おまけで魚を取るグッズとしています。

 

そこで考えるのが、いざという時にきちんとものが持ち出せるのか。一時避難が終わったあと、幸いにも自宅に戻れる場合(うちのアパートはそこそこ丈夫なので、戻れる可能性が高いと考えています)、何をすぐに持ち出せるのか。私は平素の生活から、自分の使いたいものをすぐに取り出せない経験を多々しており、今はとにかく、整理整頓の前に断捨離を進めています。

 

必要と思うものは、バックアップ含め2つまで、それ以外は捨てるか売却する。物を入れる場所(納戸や押入れ)、物を入れる容器(ボックス類)にはものを入れないようにして、ボックス類を極力廃棄する。持ち出すものは30〜40リットル程度のバックパックに入れておく。旅行で使うキャビントロリーには、重い水や缶詰類を常に入れておく。旅行の時に空にしますが、同時にローリングストックを意識した入れ替えを行う。などなど。

 

ある程度断捨離が終わったら、持ち物リストを完成させようかと思います。

私が狂ったように、災害対応の断捨離を行なっているので、家族には不安をかけていると思いますが、今年は結構、虫の予感がするのです。