ムンバイのテロ事件の矛盾 | 大野純司のブログ

ムンバイのテロ事件の矛盾

 またインドのハイデラバードに行って来ました。今までと同じNGOの通訳です。ちょうど着いた日にムンバイでテロ事件がありました。前回はムンバイ経由でしたが、今回はデリー経由でしたので、巻き込まれることはありませんでした。しかし、インドを発つ前日、ハイデラバードでもテロ事件がありました。警官がバングラデシュ人のテロリストを捕まえたのですが、その仲間に撃たれて重症を負い、捕まったテロリストも、警官を撃った犯人も、逃げてしまったのです。後で、彼らが残した9人分のバングラデシュのパスポートと米ドルが見つかったそうです。ちょうど、現地の牧師たちに用事を頼んで、彼らがその場所に行ったのですが、事件が起きる数分前で、無事でした。

 毎日のようにテロの報道をテレビで見ながら、ちょっと複雑な気持ちでした。今年の夏、ハイデラバードがあるアンドラ・プラデシュ州の隣のオリッサ州で、ヒンズー教の祭司が暗殺され、それがクリスチャンの仕業だと言ううわさが流れて、百人以上の不可触賎民のクリスチャンが殺されました。カースト制は、ヒンズー教に基づいていますので、それから開放を求める不可触賎民の多くがキリスト教に改宗しているのが、気に食わないのです。何百もの教会と何千ものクリスチャンの家屋が焼かれ、何万人もの難民が今でも避難所やジャングルで暮らしています。主犯が3人捕まりましたが、すぐに釈放されました。不可触賎民を殺しても、有罪になることはほとんどないそうです。政府内のヒンズー教過激派の影響力が強いので、不可触賎民はいつも泣き寝入りです。イスラム教の過激派のテロは非難しても、自国のヒンズー教徒によるキリスト教徒の迫害は、見て見ぬ振りをしているのです。

 インドに3回しか行ったことのない私の印象など、当てになりませんが、カースト制の壁は、少しずつですが、崩れつつあるように感じます。今回、ハイデラバード郊外にある不可触賎民の小さな教会の信徒さんたちは、全員仕事が見つかって、スラム生活をしている人は一人もいませんでした。2年前行ったときは、元々窃盗や売春で生活していた人達がクリスチャンになってそういうことを止めて、余計に貧しくなってしまうと聞いていたのですが、本当は不可触賎民が就くことのできないような仕事でも、いろいろな人の紹介で運転手や警備などの仕事に就くことができたそうです。牧師さんのお姉さんは、上級カーストのコンピューター・グラフィックの仕事をしている人と結婚しています。彼もクリスチャンで、カースト制を無視して結婚したのです。お金持ちのおじさんが若いきれいな女性と結婚をしたと言うのではありません。弟さんは、地元のテレビ局のスポーツの責任者です。

 インドが経済大国になりつつあることは、少なくとも今の段階では不可触賎民の生活を圧迫しています。国民の99%が農業か物売りであると言われているインドにおいて、IT産業などの恩恵を受ける人は本の一握りです。スラム街に住んでいる人のほとんどは不可触賎民ですが、彼らにとっては関係のない話で、逆に上流階級がより豊かになることによって物価が上がり、生活が苦しくなります。地元の牧師も、家賃が倍近くになったとこぼしていました。

 これらの現実に対処するために、このNGOは三つの計画を立てています。一つは、バングラデシュで有名になったマイクロローンです。来年、代表がバングラデシュのブラーミンバンクに行って、研修する予定です。西洋のお金に頼るのではなく、ちゃんと返済して他の人にお金をまわせるようにしていけば、どんどん自立の輪が広がっていきます。もう一つは、英語学校です。よい職が得られるかどうかは、英語力がものを言いますが、政府の無料の学校では教えていません。貧しい人でも来られるような英会話教室を考えています。最後は、孤児院です。極貧の子供達は、誰かが面倒を見て上げなければ自分では何もできません。多くの孤児院が、非営利団体とは名ばかりで、商業ベースで運営されており、大きな問題になっています。最近、子供達に売春をさせていたところが見つかったこともあったそうです。子供達は、愛されていると感じることができる場所が必要です。

 この小さなNGOにできることはわずかです。まして、そのボランティアをしている私にできることは、本当に少ししかありません。英語に、象を食べるには一口ずつ食べなければいけないという表現があります。インドは象の多い国ですが、2億人とも言われる不可触賎民を助けるには、一人ずつやっていくしかほかないでしょう。テロ事件の報道を見ながら、無意味に殺されるのは御免だが、神が望まれる何かの目的のためなら死んでもいいなと思いました。