店の角の台にテレビが乗っかっている。
常連はそれを黙って見ながら、つまみの枝豆をつまらなそうに口に放っていた。
「…おかわり」
そう言って、カウンターの段の上に中身を飲み干したグラスを置く。
はあ
毎日全然面白くねぇな
そんな思いで溜め息を漏らす。
「マスター…タバコ」
手持ちがもうねぇや
もう仕事も何もしたくねぇなぁ
クソみてぇな年の取り方しちまってる
店主が烏龍ハイとハイライトをカウンター越しに手渡す。
ここの酒は濃ゆいんだよな
烏龍ハイを一口入れると、舌に辛味が伝わる。
誰も知らないけど、今日俺の誕生日なんだよなぁ
込み上げてくるものがあった。
つまんねぇ番組ばっかやってるよ
「マスター…ニュースに変えて」
店主はそれを笑って見ていたが、仕方なくチャンネルを変えた。
ニュース番組で、夕方の事故のニュースがかなり大きく報じられている。
事故直後、車から暴れ出てくる加害者の男の姿から動画が始まる。
野次馬が投稿したのかこりゃ
しかしこの男、今流行りの何とかドラッグとかやってる奴なんじゃねぇか
ヤマダがカヨコの母親に上乗りになるところが一瞬差し挟まれ、野次馬のインタビューが流れる。
噛み付いた?
世も末だねぇ
その後は、再び立ち上がったヤマダと、それに対峙する中華料理屋とナカタの姿が映った。
何だかやられちまいそうな奴らだな
「お前映ってるじゃねぇか」
声がするので、常連は左手の座敷を向いた。
スズキとナカタが談笑しているのが見える。
あれ?
本人だよおい!
常連は勝手に道端で有名人を見掛けたような気持ちになった。
ニュースの映像はその後の顛末を辿るナレーションに変わる。
へ~
あのイカれた野郎は、あの後で今度はてめぇが車に轢かれたってか
常連はそれを聞いて少しスッとした。
テレビニュースはそのまま被害者の搬送先の病院での大惨事の報道へと移る。
「ああ、これそこであったんだってよぉ」
店主が常連に投げた。
これって、すぐそこじゃねぇか
世の中どうしちまったんだよ
ギリギリ放送できるレベルで調整された敷地内での騒動が放映されている。
あれ?
常連はそう思い、画面とナカタとを見る。
やっぱりそうだよな
酔っ払って変に見えてるんじゃないよな
その映像にもナカタが映っていた。
ちょうどネダに追っ掛けられてる場面だった。
ネダの顔にはモザイクが入っていた。
俺の方も入れとけよ
ナカタはそれを見て思った。
「…お客さんさぁ」
常連は席を立つと、ナカタのいる座敷まで進んだ。
「これ映ってるの、あんただよねぇ」
常連は相当酔っていた。
笑いながらナカタに絡む。
大丈夫かよ、このオッサン
「いや、たまたま行くとこ行くとここんなもんに出会しちゃって、困ったもんですよ」
ナカタは笑いながら惚けた。
「いい面構えだねぇ~」
常連がナカタの目を見ながら首を捻りながら言う。
酔っ払いでこういう動作する奴いるよなぁ
ナカタは手で顔の前を扇ぎながら、そんな事ありませんよとジェスチャーで答えた。
「マスター、この人達におんなじの出したげて」
何だか気をよくした常連は、二人に一杯振る舞った。
店主がビールを運んでくる。
「邪魔して悪かったね」
常連はそう言って席へ戻った。
佇まいから五十ぐらいか
多分独り身の寂しい身の上なんだろうなぁ
ナカタはその後ろ姿に投げた。
テレビではナカタがパトカーの中で四方から揺さぶられている映像がやっていた。
修羅場が人を大きくする、か
常連はテレビからまたナカタの方を見て思った。
フッ
ケロッとしてやがる
俺ももう少し若かったらなぁ
そんな面にもなれてたのかも分からねぇけど
常連はナカタがやたら精悍に見えた。
それが羨ましかった。
常連はハイライトに火をつけて、烏龍ハイを飲み干した。
妙に絆されたような気分になった。
「マスター…おあいそ」
店主に声をかける。
「はい、毎度どうも」
常連はさもしい財布の中からしわしわの五千円を出すと、のそりと席を立った。
「おにいちゃん」
常連がナカタに呼び掛ける。
ナカタが赤ら顔で振り返った。
「頑張れよ」
そう言葉を送って店を出る。
何を頑張るかわからねぇけど、あんたもね
ナカタは見送りながらそう思った。
常連が店を出ると、ちょうどすぐ傍の踏み切りが警笛をたてて、信号が明滅していた。
急行の通過だった。
常連はうっかり勢い余ってその中に飛び込みそうになる。
あっぶねぇ
…たまに迷うんだよな
こんな時世じゃ、人身事故が多いのも分かるよ
常連はそう思いながら、反対の帰り道の方へ進み出す。
「ケーキでも買ってくか」
わざと声に出してみた。
バカ野郎、誰が食うってんだ
医者に止められてるし
常連は肝臓の患いと糖尿病を引き受けていた。
どうするにせよ、来年はねぇだろな
だから常連はハイライトを吸っていた。
草臥れた人生はあっという間に、もうハイライトだ
せめて死ぬまでこれで
色んな事が相変わらずだったけどな
常連は掠れた口笛を吹いた。
明るいのか暗いのかも分からない拍子と旋律が辺りを包むが、それは警笛に掻き消され、誰の耳にも届かない。
でも実は、ずっと隅っこで奏でられてきた。
もしかして明日は良いことがあるかも知れない。
本当はある訳がないと気付いてるけど、せめてほろ酔いにはそれが心の肴になる。
掻き消されたのは、そんな夏の夜の詩だった。
※上記一切は創作につきフィクションです。