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My name is Benny

しがない暇潰し

本来は検死で死因を特定するものの、どちらの遺体も爆散してしまったせいで、それがままならない。
で、それを見受けた検視官も、初めて立ち合う状況にスムーズな対応が出来ない。
幸いマスゴミが録ったカメラの映像が一部証拠になった。
皮肉な事に、カネマルもナカも、共に毛嫌うマスゴミのお陰で処分が軽くなりそうだ。
ただそれでも対応が過剰だった事はまず間違いなく咎められるので、全く処分がなされない事はない。

チッ、減俸かな。

暫く撃てなくなるのか。

カネマルとナカは思う事の度合いの軽さはおんなじだが、残念がるポイントがずれていた。
「俺のアドバイスきいたろ?」
乗せられたパトカーの後部で隣り合わせ、カネマルがナカに言った。
勝手にしたり顔になってる。
ナカはそれを一旦無視した。
「…あんたもなかなかやるもんだな」
今度は盟友扱いのような言い草だった。
こいつバカじゃねぇか。
前に同僚もいるってのに。
ナカは変わらず返事をしない。

チッ
つれねぇ野郎だ。

カネマルは今度は勝手に苛立ち始める。
「そういえば、ヤマダはどうなってんだ?」
急にカネマルが思い立って尋ねた。
「池袋署にいるよ」
運転席の奴が答える。
ちゃんと処理は出来てんのか。
自分が第一人者のようにカネマルは思った。
落ち着きのねぇ野郎め。
ナカはカネマルの挙動に苛立つのを抑える為に、車窓の外を眺める。
こんなクズとおんなじ扱いかよ。
うっざっ!
心の中で吐き捨てる。
「ヤマダの遺体はどう扱われてんだよ」
カネマルが運転手にしつこく詰め寄る。
「そこまでは分からんよ。まぁこれからそこ行くから、自分で確かめたらどうだ」
ちょっと隣の奴みたいに大人しく出来ねぇのか。
運転手が少し苛立つ。
カネマルとナカを乗せたパトカーは、一旦その池袋署へと向かっていた。
誰か貰ってるんじゃねぇか。
カネマルとナカの心境がそこだけ一致した。

死因の特定を踏まえる為に病院内で死亡した全ての亡骸は、各々別々の車で大塚にある東京都監察医務院まで搬送される。
今は池袋署にあるヤマダの遺体も、順を追ってそこに運ばれる流れだった。

トヨマキは事務所の扉にノックを受け、渋々それに応じる。
さっきから何度めだよ。
早く帰ってくれや「はい、なんすか」
「我々はこれで引き上げますんで」
警官達はカヨコの母親の亡骸と共に撤収する段取りだった。
警官が律儀に敬礼の格好をとる。
そういえばさっきおんなじ事してる奴を見たなぁ。
トヨマキはそのハシモトが既に死んでいる事がすっかり頭から消えていた。
とにかく眠たくてしょうがなかった。
警官がいなくなると、救命の看護師がカヨコの母親の遺体が安置されていた場所を掃除し始めた。
俺が手伝う義理はねぇな。
すぐにプイッと振り返り、事務所の扉を閉めた。
看護師はそれに気付いていた。
あいつが噂の奴か。
病院内でトヨマキの評判は悪かった。
週二回いる悪魔と呼ばれていた。
会社にもそれは報告されていたが、人手不足で他に出張れる人間がいない為にトヨマキがその配置から外される事はなかった。
トヨマキがベッドに横になろうとしたら、外線の呼び出し音が響いた。
「うっぜぇなぁ!」
地下に響くぐらいのボリュームでトヨマキが叫んだ。
掃除している看護師もビクッとなる。
「…もしもし、トヨマキです」
「お前大丈夫かよ?」
トヨマキの先輩からの電話だった。
ニュースでも見やがったか。
「いや、どう考えても大丈夫じゃないでしょ」
こんな所に閉じ込めやがって。
先輩への気遣いもなくなっていた。
「まぁ明日すぐに交代が入るから、それまで頑張れよ!どんな事があったか聞かせろよ!」
そう言って電話が切れた。
「…っざっ!」
ガチャンと受話器を戻す。
顔も見たくねぇよ。
そしてまたベッドへと向かう。
もうクタクタだった。
こんなんじゃ仕事にならねぇ。
トヨマキはそう思いながらベッドへと転がった。
その瞬間、今度は内線が鳴り響いた。
院内で誰かが亡くなった呼び出しに違いない。
「クソがっ!」
また喚く。
正直こんな奴はクビにするべきだが、何の因果か、トヨマキは業界に既に十年いた。

「どうする?帰るか?」
スズキがナカタに尋ねた。
タクシーが下板橋に着いた。
ここまで来るんなら池袋まで行ってくれりゃ助かるのによ。
ナカタはそう思っていた。
「軽く飲まねぇ?俺がおごるから」
スズキが言う。
おいおい、こんな時間だぜ。
ほんとに眠いのに。
少し苛っとしたが、ナカタは思い直して頷くと、栄えていない駅前の赤提灯を潜った。
店内は奥に向かって細長いカウンターが並んで、その奥に四人がけの座敷があった。
客は二人の他に一人常連らしき男がいるだけだった。
スズキはその座敷に進んだ。
ナカタもそちらの方が助かる。
カウンターから店主が二人の方を見ている。
「何にします?」
って事だった。
ナカタはこういう店が嫌いじゃなかった。
バカなヤングが寄り付かないだけで助かる。
「じゃあ生と、お前は?」
「同じので」
二人とも生ビールを頼んだ。
スズキは早速煙草に火をつける。
ナカタもそれに釣られた。
店主が泡が溢れそうなビールを運んでくる。
スズキがそれを悪い姿勢で受けとると、少し溢れた方をナカタに渡した。
ナカタは疲れで何も思わなかった。
「お疲れ」
グラスを軽く弾く。
正直この二日でめちゃくちゃ疲れたよ。
ナカタがビールを流し込むと、すぐにゲップが出た。
「しかし凄まじい一日だったな」
スズキは笑っていた。
こんな一杯だけですげぇ効く。
ナカタはそう思った。
「帰ってきて良かったろ?」
不意にスズキから尋ねられる。
樹海からという意味だ。
スズキは相変わらず笑んでいた。
ナカタはすぐに返事が出来ない。
「あそこから帰ってきた奴は、そう簡単には死なねぇのよ」
スズキはそう言ってグラスの中身を飲み干した。
ビールが効いたのか、ナカタは何故だか急にこの萎びた居酒屋が天国のように思えた。
「…そうだな」
ナカタも続いてビールを飲み干した。
「もう一杯いくか?」
スズキがそれを見て尋ねた。
「おう…ありがとうな」
こんなもん、恥ずかしくてうまく言えねぇよ。
店主がまたビールを運んできた。
拍子にまたグラスを重ねた。
ナカタが言ったその感謝は、昨日スズキに会ってからの施しの全てにだった。



※上記一切は創作につきフィクションです。