時刻が十二時にかかろうとしていた。
「流石にそろそろ御暇するか」
電車がなくなっちまう
ナカタもそれに同意した。
スズキが会計を済ませる。
「ごちそうさま」
「どうもね、また来てよ」
店主が放るが、二人とも店の雰囲気は嫌いじゃなかった。
まぁ暫くは来ることもないがね
二人が店を出ると、赤提灯の灯りが落ちた。
「明日どうすんだ?」
ナカタが尋ねる。
「まぁ、それはカヨコちゃんの状況次第だな」
スズキが答えた。
駅の改札を潜ると、上りの各停が構内に進入してきた。
電車内には殆んど人がいなかった。
「毎日こんな具合なら助かるけどな」
ナカタが言った。
「そしたら電車いらなくなっちまうよ」
スズキが笑いながら言った。
スズキはポケットから、例の紙におこした履歴を取り出した。
あの「首吊り」の、そうなる前の足跡を辿る。
明日はきっとこれを基に動く事になるな
そんな事を思っていたら、とっくに
それは今日になっていた。
ふとナカタを見やると、背もたれに項垂れるように寝息をたてていた。
こいつはゆっくりさせるか
スズキは思った。
カヨコは祖父母と一緒だった。
警察と病院から事情を説明され、母親の遺体のその後は一旦警察での段取りが挟まれる為に葬儀の手配も何も出来ない。
カヨコの祖父母は特に悲しそうでもなく、疲れとめんどくさそうな表情を浮かべていた。
血の繋がりってこんなもんなの
カヨコは尚も孤独だった。
「カヨコちゃん、今日はうちで寝なさい」
カヨコの祖父が言う。
今日はね
明日からその先はどうなるんだろう
祖父母の車で北区にある住まいを目指す。
こんな近くなのに全然会ったことのない事が、カヨコには気味が悪かった。
スズキの名刺を見つめた。
祖父母はそれを知らない。
携帯は持たされていた。
明日電話してみよう
他に頼る代がなかった。
カネマルとナカは池袋署で今後の処分について説明されていた。
しばらく監査官つきでの仕事が課せられる。
冗談じゃねぇよ
俺がやらなきゃどうなってたと思ってんだ
腰抜けどもが
カネマルはずっと舌打ちを混えていた。
さて
いい経験になったな
ナカはカネマルとは対照的だった。
「とりあえず今日は帰れ、まっすぐ帰れよ」
そう言って上官が下がった。
夜中の署内は声が響く。
「テレビ映っちまったな」
カネマルが懲りずにナカに声をかけた。
嬉しそうじゃねぇか
言葉には悔いを滲ませるが、それは偽りのものとすぐにバレる。
「…じゃ」
ナカはそれだけ言って席を立った。
更衣室へ向かう。
くれぇ野郎だ
カネマルは喫煙所に向かった。
同僚が一人いた。
さっきの惨事を知ってるんで、畏怖を覚えられる。
挙動から分かった。
「火貸してくれね?」
「…どうぞ」
ライターを持っているのに、そんな事をしてしまう。
誰からも評価されない苛立ちがずっと漂っている。
カネマルの場合、所謂不良が警察官になった。
相応の努力があったが、誰からもそれを評価されないできた。
十五年以上それに苛まれている。
あれが増えれば、みんな俺の必要性が分かるのに。
カネマルは紫煙を吐き出して思った。
近い空間にいるのも、外国製の癖のある臭いも嫌で、ライターを取り返さないまま同僚はいなくなった。
池袋の駅に着く。
東上線の改札前で別れる。
「おつかれさん、また連絡するよ」
スズキはナカタに告げてJRの改札を目指す。
疲れたな
結構酔った
ナカタは西口の出口へと進んだ。
地上へ出ると、夕方に訪れた公園まで歩く。
斜陽と夜との中では、景観が全く違って見える。
まぁそりゃそうか
七時間前にもここにいたって事が信じられねぇ
例の喫煙所でまたタバコを吸う。
これで最後と吸ったタバコから、もう何本目になるかね
本当はこれも夢か何かだったりしてな
あんな事があったから、なおのことそう思うよ
それで急にブツッと意識がたち消えても困るけどよ
しみじみと紫煙を巡らせる。
生き延びてる
俺もしぶといよな
あんな事がもう一回あったら、助かる自信はねぇわ
でもそんな俺が生き残ったのも、何か理由があるのかも知れない
と、ナカタは急にその独白に苛立ち始めた。
どんな理由だよ
こんなクソみたいな人間が生き残る理由ってよ
ただの運だろ
良いも悪いも、全部運だよ
生まれてから死ぬまで、運の采配だ
ついてる奴はずっとついてて、てめぇで死のうなんて思わねぇよ
ナカタはタバコを消し潰すと、すぐ二本目に火をつけた。
その運を少し転がしてやりゃ良いんだよ
その為のゾンビだろ
情念が妙な方向に加速し始める。
みんなおんなじ状況で、そこに立ち入りゃ誰にも何のアドバンテージもない空間となると、ゾンビが溢れかえった場所を思う他ない。
こう思えば良いんだ
ついにそんな時代が来たと
で、俺の憎むものより先に死なない
ルールは単純な方が良いだろ
「チャンスなんだ」ってのは、多分スズキもそういう意味で言ってたんじゃねぇかな
勝手に独り言ち納得する。
俺を殺そうとした者への復讐の時間だ
てめぇで勝手に死にに行ったくせに
一人で勝手に考えて、俺も囚われてるなぁ
憐れだ
ほんとに
一人憤り、呆れて、虚しくなる。
全部主観で引き受けるからだよな
困ったもんだ
二度目の人生なんだから、気楽にいこう
俺がどうこう思わなくても、いつもまわりが勝手に騒ぎだすじゃねぇか
そんな打ち上げ花火みたいなもんは、離れたとこで見てりゃ良いんだよ
下らねぇストレスを引き受けるな
ナカタは巡りめぐって、自分にそう言い聞かせた。
いつかは俺も死んじまう
ただ最期を笑って迎えられるか、結局それだけが命題だよな
そんな事をブツブツ思いながら、ナカタが喫煙所に来てから十分ぐらい経っていた。
バカな事考えてたら、眠気も飛んじまったな
一人になり、ナカタは徐々に一昨日の旅館の場面を思いだし始めた。
もうああなるのはゴメンだぜ
また眠れない夜にならねぇだろうな
どうやって生き繋ぐか真面目に考えねぇと
ナカタは喫煙所を出たが、直後にまたタバコに火をつけた。
厭世が常に傍にあったナカタは、生まれて初めて前向きな生き方を考えた。
※上記一切は創作につきフィクションです。