皆様お疲れ様です。
今日もふとした事を記します。
良ければどうぞ。
辛いとは
何なのか。
楽しいとは
何なのか。
生きていれば
どちらも味わう瞬間
幸せとは
生きている
生かされている
その中で
あらゆる事象が起こる
辛いに目を向けて
対面する
本当に辛いことには
幸福と悲しみの歪みが生まれる
有り難さ
亡くなった故人を慈しむ時を感じて
その人がいてくれて
私はありとあらゆる未知な時間を味わえた
亡くなってからもそう
犬や猫 家族だ。
今まで出会ってきた全ての瞬間の人も
全てが諸行無常。
説くのは簡単である。
故にその中の「有」に魂が瞬間にある。
今とゆう中に意識して見える光景
記憶になる。
糧は消える
愛の種
良かったな思える瞬間だけが
心の木を大樹に育てる
葉を成してゆく
その葉の数だけ
言の葉が増えて
日陰を作るでしょう。
熱い太陽から身を守るものを
涼しく助ける言の葉に
この言の葉は
受け売りでは実を成さない
穏やかな大樹になるには
風にも雨にも負けず
雷にも
そびえたたねばならない
言の葉は失敗や自責の念を考えさせて
休ませて
花を 目的や目標を表し
実を成して
ご褒美を与える
食べ終えた時に落ちた種は
また新しい知恵を育む
自然も人間の摂理も
変わらないのだ
厳しさもそう
どの木も
実を成すとは限らない
人間界は変わる
自然界の木々や虫たちは
人間が作りうる環境の変化 理不尽な事も
請け負わなければならない。
それが全てでは無い
だが
悩んでいる暇もないほど 芽は出る
大した事ではない。
皆移ろいゆく
それぞれの木が
小さな魂を愛でる世界を祈るよ。
ご拝読有難うございました。
貴方の命は
どんな形であろうとも
決して
無駄ではない。