お花見ふたたび 後編
乾門を出て、皇居東御苑へ向かいます。
高速道路がこんなすぐ側にあるんですよ~。
お堀って、深いんですねぇ。
こんなに高い石垣を作る技術があったんですねぇ。
感心することばかり。
プラスチックのしっかりした入園票をもらいました。
出るときに返すんだって。
まずは、天守台。
最初の天守閣は、二代将軍秀忠の代に完成しましたが、
その後改修され、三大将軍家光の代に、江戸幕府の権威を
象徴する国内で最も大きな天守閣が完成しました。
外観5層、内部6階で、地上からの高さは58メートル。
壮大な天守閣は、完成より19年後、火災にて全焼し、
以後は再建されませんでした。
こんな変わった竹を発見。
どうしてこんな模様になったんだろう???
石室というのがありました。(人が立っているところ)
抜け穴とか、金蔵とか諸説がありますが、大奥御納戸の脇という
場所柄から、非常の際、大奥用の調度などを納めたところと
考えられています。
内部の広さは、200平方メートルあり、伊豆石(伊豆半島産の
安山岩)で作られており、天井には長い石の板が使われています。
若葉もキレイ!
ちょっとした森の中にいるようで、気持ちいい(⌒∇⌒)
しゃくなげも美しく咲いていました。
うちのはまだかたいつぼみなんだけどな~
ここは、かの有名な、松の大廊下跡。
赤穂浪士討ち入りにつながったことで知られる、浅野内匠頭長矩の
吉良上野介義央への刃傷事件のあったところです。
廊下に沿った襖戸に松と千鳥が描かれていたのが名前の由来と
いわれています。
江戸城中で2番目に長い廊下で、畳敷きの立派なものでした。
この、ちっこいお城みたいな建物は、富士見櫓です。
「櫓」とは、倉庫や防御の役割をもった建物で、かつて江戸城には
19の櫓がありました。
今は、伏見櫓、桜田二重櫓と、この富士見櫓の3つが残っています。
その中で、富士見櫓は唯一の三重櫓です。
明暦の大火(1657年)で消失した天守閣の代用としても使われ、
将軍が領国の花火や品川の海を眺めたといわれています。
なんだかステキな木だったので、パチリ。
周囲は、立派なオフィスビルばかり。
さすが大手町。
これは、大番所。
警備の詰所です。
百人番所、同心番所とこの大番所の3つが残っています。
中之門の側に設けられ、他の番所よりも位の高い与力・同心に
よって警備されていました。
これが百人番所。
本丸と二の丸へ通じる要所である、大手三之門の前に設けられた
番所です。鉄砲百人組と呼ばれた、甲賀組、伊賀組、根来組、
二十五騎組の4組が昼夜交代で詰めていました。
各組には同心が100人ずつ配属されていました。
こんなものも。
皇居正門石橋旧電飾。
豪華ねぇ~
つぎは、二の丸庭園。
江戸時代、二の丸には小堀遠州が造り、三大将軍家光の命で
改修されたと伝えられる庭園がありましたが、長い年月の間に
たびたび火災で焼失し、明治以降は荒廃していました。
現在の回遊式の庭園は、昭和43年の皇居東御苑の公開開始に
あたり、九代将軍家重の時代に作成された庭園の絵図面を
参考に造られたものです。
これは、大手門渡櫓。
そして、これが、その上に飾られていた鯱です。
持って帰りたい![]()
大手門を出ると、外はイキナリの都会でビックリ。
しばらく歩くと、東京駅。
江戸城って、すごい場所に建ってたんですねぇ。























