みなさんこんばんは。山村です。
みんなに発信しているブログですが、今日は、僕の親友のために書かせてください。それでははりきっていきます!
今日、12年間もの間、苦楽を共にしてきた親友が、故郷に帰っていった。
学生時代からの親友で、これまで何回、深夜まで酒をくみかわしながら、人生について、歯科医療について熱く語りあったか、数えることも難しいくらいだ。
彼の帰る先は、島根県。
気軽に「今日、仕事終わったら飲もうぜ」なんて、言うことなどは、不可能な距離になってしまった。
僕の母校は、地元愛知県の人間だけではなく、全国、特に西日本からきている人が多いので、宮崎・岡山・徳島・京都などなど、幅広い。
みんな、歯科医療の発展のために、夢を抱いて、故郷に凱旋帰国していく。
僕は愛知県の出身なので、いつも送る側であり、今日もそうであった。
別れの際、きせずして、涙がこみあげてきた。
この感情はいったいなんなのであろうか。
いい年した大人なのだが・・・
なにか心に大きな穴があいてしまったような、そんな気分なのだ。
その旅だった友は、まさに親友といえる友だった。
昔、本でこんなことを読んだことがある。
『親友とは、「親しい友」ではないのだ。親友とは自分のことを「親のように叱ってくれる友」のことをいうのだ』
本当にそう思う。
その親友とは、楽しく酒も飲んだが、時には、朝まで舌戦を繰り広げることもあった。きびしい気づきを与えてくれたときもあった。
しかし、今はまだ、実感がないのが本音だ。
これからじわじわその重さに気付くのであろう。
人間にとって、一番幸福なことは、今一番、大切なことに、それが今、大切なんだと、この瞬間に気付けることが出来た時である。
なぜなら、たいていは、その大切なことに失ってから気付いてしまうからである。
そういった意味では、僕は幸運だった。
彼が実家に帰ることがきまってから、いったい何回、会い、夢を語り合ったのだろうか?
お互い、自分の持っているアイデアを枯れるまで出し合い、実践してきた。
でもまだ、足りなかったかもしれない。
それが、悔しくてならない。
僕もまだ、走り始めたばかりだ。
彼もきっと止まることなく走り続けるだろう。
いつの日か、お互い医療人として、人間として成長した姿で再会したいと思っている。
最後に・・・
友よ。今まで本当にありがとう。君の励ましの言葉に何度、僕は勇気づけられたか。僕は10年前のあの瞬間を忘れてはいません。大学野球部の最後の夏の大会の時の君の言葉を。
優勝するかもしれないという周囲の期待を胸に挑んだ九州大学戦。
主将として、エースとしてマウンドにあがっていた僕が、相手チーム打線につかまり、火だるまになっていたとき。
試合をぶち壊してしまった責任の重さに混乱して、マウンド上で誰の声もきこえなくなってしまったあの時に。
一瞬、センターで守っていた君の声だけ聞こえました。
「なんでセンターに打たせないんだ!!」
普通は、「落ち着け」だとか、「がんばれ」とかそういう声がかけられるのに、君はたとえ、打たれても自分のところに飛んできたらなんとかしてやる!そんな意味の言葉をかけてくれました。
悔しくて、体が震えていたときに、その声が特に大きく聴こえた。
マウンド上で孤独を感じていたときに「僕はひとりじゃないんだ。仲間に支えられているんだ」と強くかんじた瞬間でした。
試合は大差で負けてしまいましたが、なんともいえない充実感があったことだけは確かでした。
今度は、僕の番ですね。
『友よ。君なら絶対に大丈夫だ!!君の情熱は必ず、患者さんや、スタッフ、君のまわりにいる人全てに、伝わると確信しています。遠く離れても、君の活躍を信じています。いつの日かまた、一緒に酒を酌み交わそう!!」