2001年11月22日 | 佐藤淳一レフェリーブログ “きれいな水で泳ぐも人生。 汚れた水で泳ぐも人生。”

佐藤淳一レフェリーブログ “きれいな水で泳ぐも人生。 汚れた水で泳ぐも人生。”

2017年11月23日にプロレスレフェリーを引退しました。
現役時代は、沢山の方に支えられ、そして応援していただきありがとうございました。

2001年8月より同棲生活を始めた淳一レフェリー。

妻との『馴れ初め』を読んでいない方はこちらからどうぞ。


妻の両親にも結婚する旨を伝えて入籍をします。

日取りは、『良い夫婦(いいふうふ)』のゴロに合わせて11月22日を選びます。

自分はあまり拘りがありませんでしたが、
女性は『記念日』への拘りがありますよね。

その日は、平日でしたのでいつものようにIWAの事務所勤務。

18時に終業してから二人で新宿で食事をする予定でした。

入籍の手続きは、妻が昼間にさいたま市役所に伺い済ませます。
(2001年5月1日より浦和市から変更して、さいたま市が発足しています。)

事務所勤務をしていると妻から電話が入ります。

『きっと手続きが済んだよ。』

と報告の電話だと思いでてみると…

妻「あんたの戸籍謄本がないから受理できないって!!どうすんの?」

淳一「明日、区役所に行ってもらってくるよ。(軽い気持ち)」

妻「今日じゃなければ意味がないから!!」

入籍日に大喧嘩です。(妻から一方的にですが…)

区役所へ戸籍謄本を取りに行く段取りをしますが、戸籍謄本を取得するには本籍地のある役所に行かなければ取得出来ません。

淳一の本籍地は、実家のある横浜市戸塚区。

区役所が閉まるのは17時。

現在15時。

『戸籍謄本を取りに行くから帰ります』

なんて理由で会社を早退するなんて、浅野社長に言えるはずもなく、実家にいる母親に頼み込んで区役所に行ってもらいました。

すると母親からの電話で『戸籍謄本』を取得するには本人または委任状を持った代理人しか受け付けておらず、淳一は壁にぶつかります。

区役所に電話をしても委任状がなければ、どんな理由があっても戸籍謄本は渡せないの一点張り。

『今日どうしても入籍したい』

と切実に話を切り出し、色々な方法を提案するも良い返事はいただけませんでした。

結局、母親に無理を言って品川駅まで委任状を受け取りに来てもらいます。

淳一の出発する四谷三丁目からも母親の出発する東戸塚からも約30分くらいの駅。

品川駅で委任状を渡し、戸籍謄本を持って四谷三丁目まで届けてくれるように無茶なお願い。

流石に母親が激怒しましたが、夕方には戸籍謄本を届けてくれました。

淳一は、『ありがとう』と言って交通費程度の2000円を渡すのがやっと。

IWAの勤務が終わり、一度自宅に戻り書類と戸籍謄本を持ち、さいたま市役所夜間窓口へ出向き入籍手続き完了。

ケーキとケンタッキーフライドチキンを買って帰宅。

機嫌の悪い妻とテレビを見ながら家でチキンを頬張ります。

テレビでは、小室哲哉とglobeのKEIKOの結婚披露宴を生中継。

気まずい…(笑)

そんな結婚記念日にまつわる話でしたが、
今年は結婚記念日の翌日がレフェリー引退試合。

これも何かの縁でしょうか?