全日本女子プロレス 前川久美子選手 その2 | 佐藤淳一レフェリーブログ “きれいな水で泳ぐも人生。 汚れた水で泳ぐも人生。”

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2017年11月23日にプロレスレフェリーを引退しました。
現役時代は、沢山の方に支えられ、そして応援していただきありがとうございました。

前回の続きです。

2000年にレフェリーデビューをしてから、
前川選手には、デビューを伝えていないまま時が過ぎます。

2006年3月16日後楽園ホール大会で引退するにあたり、
どうしても引退試合に行きたい!!
または、デビューしたことを伝えたい!!
そういった気持ちでいっぱいでした。


伝えたところで、もう何年も前の事。

前川選手にとってはただの一人のファンにすぎないわけで、憶えているかもわからないです。


IWA・JAPANプロレスの浅野社長の教えで
『デビューしたらファンの心を捨てなさい!!』
と散々言われていましたので、チケットを購入して観戦に行くことはためらいました。


2006年1月某日。

見覚え無い番号から着信があります。

男性「佐藤レフェリーの携帯電話でよろしいでしょうか?」

淳一「はい。そうです。」

男性「私、山本雅俊と申しますが…。」

淳一「どうもお疲れ様です。」

電話の主は山本雅俊さん(元JWP代表ヤマモの愛称で親しまれています。)

山本さん「2月4日新宿フェイスにて行われるエキサイティングボックス主催の大会のレフェリーをお願いしたいのですが…。」

淳一「はい。スケジュールが空いていますので大丈夫です!!」

電話を切ってエキサイティングボックスの対戦カードを調べるとメインイベントに
前川選手の名前がありました。




この時はプロレスの神様に感謝しました。




自分だけかも知れませんが、プロレスを続けていくにつれて、また、プロレス中心の生活にのめり込んでいくにつれてリング外では辛い思いも沢山してきました。

しかし、極まれにプロレスの神様から素敵なプレゼントをいただき、その事が糧になり今日までプロレスレフェリーを続けてこられました。




当日、会場入りして大会に出場する選手、
関係者にご挨拶をします。

淳一「本日、レフェリーをやらせていただきます佐藤淳一です。よろしくお願いします。」

ファンの方は意外かと思われますが、大抵はこのように挨拶をして、リングに上がるまで選手と会話は特にしないのが現実です。
中には仲良くさせていただいている選手などには世間話をしますが、
内容は、『忙しい?』や『体調どう?』、
『今度、飲みに行こう!!』
そんな程度の会話です。


前川選手、引退試合前の大事な試合。
当日のカードはメインイベント。

前川久美子&浜田文子vs高橋奈苗&Hikaru

30分59秒の激闘の末、前川選手のカカト落としからの体固めでHikaru選手から勝利しました。


試合後、控室にいる前川選手に挨拶に伺います。

淳一「今日はどうもありがとうございました。」

前川選手「ありがとうございます。」

淳一「実は自分、前川選手のファンでよく全女の会場に手伝いや追っかけをしていたんです!!」

前川選手「??」

淳一「玉田選手の追っかけの照尚とよく行ってました!!
前川選手の追っかけファンのガリバーさんにも良くしていただきました!!」

前川選手「あー、思い出した!!
なつかしー!!
高校生だった子でしょ?」

淳一「はい!!2000年にIWAでレフェリーデビューしました。」

前川選手「そうなんだぁ~。これからも頑張って!!」

そう言い、固く握手をしていただきました。

時間にして僅か2~3分でしたが、
今も記憶に残る出来事として深く残っています。