※ 49歳で蓄えもないのに定年しちゃった私の話の続きです。

 

ご存じの通り、私はマラソンが趣味です。

 

何をもって趣味というか?わかりませんが、私にとってランニングは、情熱をもって取り組んでいることの一つで

 

生活の一部というか、人生の一部みたいな大切なものです。

 

前職、外資系証券に勤めていたとき、平日の昼間、皇居をランニングしている人たちを見かけました。

 

勤めていた会社が六本木ヒルズにあったのですが、大手町のお客さんを訪問するとき、タクシーで六本木ヵら大手町まで行くんですよ。

 

そうすると、途中で皇居内堀通りを通るので、皇居を走っている人たちをタクシーの窓越しで見かけるのでした。

 

「あの人たちは、昼間っから走っていて、どういう仕事をしているのかな?うらやましい」

 

と思ったものです。

 

いま、それをする立場になってわかるのですが、

 

いろんな職業の人たちでした。

 

多くは自営業者の方たち。

 

中には夜のお仕事の人も多いので(例えば、飲食で夜がメインの時間帯の人たちとか)、昼間に走っているみたいです。

 

あとは、定年組の人たち。

 

ランナーって、結構、やせ型が多いので、帽子かぶって走っていると、40代?50代?に見える60代の定年組も結構いるんですよ。

 

私は、定年して、昼間から皇居走る=趣味に生きることを理想としていたわけですが、、

 

実際は、蓄えもなく49歳定年だったので、

 

がんばって生活の糧を稼がなくてはならず、「趣味に生きる」ことはいまだにできていません。

 

ただ、一時期、生活の糧を稼ぐことができず(つまり、NPO法人5yearsの準備だけしていて、収入がなかったころですが)

 

昼間、思う存分走っていました。

 

しかし、、

 

つまらないんですよね。

 

ぜんぜん、幸せじゃなかったです。

 

なんとなく、社会との接点を失った人=自分が、自分の趣味だけしているみたいな感じがして。

 

あと、昼間っから走る時間がたっぷりあると、

 

ついつい走りすぎて、例のけが・故障ばかりして、走ることがつまらなくなりました。

 

ああ、あれは、働いていて時間がない中をねん出して走っていたから、

 

走りすぎにならず、ケガの頻度も少なく、

 

貴重な時間だったから楽しかったんだなあ、と思いました。

 

だから、経験してわかったのですが、(私の場合)「趣味だけに生きる」なんて幸せじゃないし、

 

定年と老後を、趣味だけに時間割くなんてしてはいけないなあと感じました。

 

※わたし、49歳定年とか言っていますが、実際には今もこれからも働いていくので、仕事をしない定年者とは違います。

 

もちろん、80歳過ぎて、さすがに体力も減って、仕事のお呼びもかからなくなったら「趣味に生きる」もあるのかもしれないと思っていますが、

 

60代という、まだ元気なうちに趣味だけに時間を使うことは、意外と面白くないもんだと思います。