❏❏❏ 回顧録:2007年8月9日 東京・慈恵医大病院

 

ステロイド療法34日目

 

がん2度目の手術(後腹膜リンパ節郭清手術)後、私はICU(集中治療室)に移された。

 

10本の管のうち、最初に外されたのが、左の手首にあった「動脈」への細い管だった。

 

子供の頃、動脈を切ったら、血液が止まらず出てしまい人は死に至ると、誰かから聞いた。

 

だから、手首を切っての自殺なんてあるのかな?と子供ながらに信じていた。

 

それがどうだ。

 

 

いま、ICUにいる私の手首には針が刺さっている。

 

「手首の動脈に穴をあけても、大丈夫なんですか?」

 

そばにいた看護師に聞いた。

 

 

彼女の説明では、針の穴は、髪の毛よりも細い穴だから大丈夫という事だった。

 

 

オペでは、動脈血の情報も診ながら手術をするのだという。

 

やがて、鼻から入っていた管がとられた。

 

これは息苦しくてなるべく早く取り除いてほしかったので、ありがたかった。

 

 

このころ私は、無性に喉が渇いた。

 

熱がある証拠だ。

 

私の右側にはシリンダに入った麻酔液が、自動麻酔注入器に押されて、チューブを通って私の身体の中に入っている。

 

右腕の点滴からは解熱鎮痛剤だって身体に入ってくる。

 

どれくらい熱があるのかはわからなかった。

 

 

「のどが渇いた」そう訴えると、

 

看護師が「氷」ひとかけらを、ぺらぺらした薬包紙のようなものにくるみ持ってきた。

 

口からはチューブも出ているし、恐らく胃とか消化器系は、正常には程遠い状態なんだろう。

 

氷をゆっくり口で溶かして水分を喉に浸すなら良いという事なのだろう

 

その「氷ひとかけら」が、とても美味しい。

 

 

世の中にこんな美味しいものがあるのか、、と思うほどおいしい。

 

「もう一つ欲しい」とお願いすると、

 

また薬包紙に包んで持ってきてくれる。

 

それを傍で見ている妻が、「パパ、氷が美味しいんだ、、」そう言った。

 

 

口の中で、カラコロと転がして、すぐに溶けてなくなる。

 

「もう一つください」

 

そういうと、看護師は困った顔をして、2つ迄と言われているんですと返した。

 

 

そんな時、なんと中央棟17階から讃岐先生がICUにやってきた。

 

「大久保さん、長時間の手術を、本当にがんばりましたね。すごいです」

 

 

そう褒めてくれた。

 

 

ICUという慣れない部屋にいる緊張感が緩んで、しかも褒められて、自然と涙がこぼれた。

 

嬉しかった。

患者は褒められると本当に嬉しい。

 

 

口の中にはチューブが入っているし、身体が大ダメージを受けているから、話す事も普通にできない。

 

彼が気を利かして「何か欲しいものがありますか?」と聞いてくれたので、

 

「こ・お・り・ください」そういった。

 

看護師は困った顔をしたが、讃岐先生が、

 

「患者さんが、口から水分を取れるのであれば、そのほうが良いです。いくつでも氷をあげてください」そういってくれた。

 

それから私はキュービック状の氷を、3つ4つ食べただろうか、、

 

喉の渇きが落ち着き、少し頭が働きだしたのを覚えている。

 

なにもかもが、ゆっくりしていた。