❏❏❏ 回顧録:2007年6月25日 東京・がんセンター
私は、安堵していた。
東京警察病院の医師から「経過観察でいい、手術を受けなくてもいいと思う」そう言われたからだ。
私が、この2カ月の間、望んでいた方針だった。
警察病院を後にした私と妻は、飯田橋で昼食をとった。
今日はお祝いだとして、すし屋に入り、私はちらし寿司を頼んだ。
妻も嬉しそうだ。
手術を受ける必要はないと、医師に言われたのだから。
これでがん治療が終わることになる。
「パパ、良かったね。私、もうここで、帰ってもいい?子供たちが学校から帰る前に戻っておきたいから」
そう言われて、私はもちろんと頷いた。
実は、この日、2つ目の病院でのセカンドオピニオンが3:30PMに予定されていた。
国立がんセンター中央病院だ。
妻が、がんセンターでのセカンドオピニオンまで一緒に行くと、子供たちより遅くなる。
だから、私は飯田橋で妻と分かれて、私一人で、がんセンターのある築地に向かった。
病院につくと、そこは、巨大な建物だった。
患者、全員ががん患者だ。
骨折とか、インフルエンザの患者はいない。
入ると、受付から、泌尿器科のある○○階の待合室に待機するように言われた。
私は、待合にいるのだが、予定の3時半を過ぎても一向に呼ばれない。
まだ、初老の男性患者たちが大勢いたのだ。
最後の一人が、診察室から出てきた後だった。
「大久保さん、診察室にお越しください」
アナウンスが聞こえ、私は入った。
50代後半と思われる男性の医師が座っていた。
中肉中背で、パンチパーマのようなくるくる髪型をしている。
確か、泌尿器科の部長をしている医師だといった。
外見人相もそうだが、しぐさが怖い。
下から覗くように私を見るし、イライラしている感じがする。
彼に促され、紹介状とCTの画像を渡した。
そして出てきた言葉は、
「手術を受けたくないの?」そっけない言葉だった。
私が「はい」と言うと、
「手術しかないよ。慈恵は、お腹を切るって書いてあるけど、俺だったら、転移している肺も切るし、首も切る。全部切るよ」
そう言われ、頭が真っ白になった。
何を言い出すんだ、、
木村先生たちは、CT画像検査で白い残像が残っている腹部のリンパ節を切除する手術を提案しているのに、目の前の彼は、肺や首まで切るという。
確かに、私は、肺、首にまでがんが転移していた。
その後の抗がん剤治療(BEP療法、3クール)で、肺と首の白い影は消えている。
まだ白い影が残っている腹部を手術で切るという慈恵医大の方針は理解できるが、なぜ、肺や首まで言うのか?
そう食ってかかると、
「画像検査なんて、あてになんないんだよ。もしかしたら、画像には映らない活動性のがんが存在するかもしれないだろ。だから、俺は、肺も首も切る」
つい、6時間前に、東京警察病院の優しい医師が「もう治療は受けなくていいと思うよ」と言ってくれたのに、今は、正反対のとんでもないオピニオンを言われている。
目の前にいる医師の言い分はこうだ。
「医者は、根治を目指す。徹底的にがんの可能性をつぶして、納得するまで治療を行うのが、根治だ。だから徹底的にやる」
さすがに、私もカチンと来て、
「私はNCAの論文もすでに読んでいます。私のように、精巣腫瘍でステージ3-bの患者で、3つの腫瘍マーカーが陰性化し、画像上、肺と首のがん残像が消え、腹部のこことこの位置にだけにがんの残像が残った患者が10人いたら、8人には活動性のがんは存在しません。残った2名のうち、1名は腹部のリンパ節を切除しても、その後抗がん剤治療を再開するし、もう一人は手術で切除しても、がんで死亡する。つまり、この手術は治療ではなく、確認みたいなものです。しかも、10人中、8人には必要のないオペですよ。経過観察でいいじゃないですか!」
※NCA:National Cancer Association (アメリカの機関で、がんに係るの研究・論文が豊富にある)
そう言うと、彼はニヤッと笑った顔になり、そんなの当然、俺だって知ってるよ、と言われた。
「あんた、色々と勉強したんだね。もちろん、他の論文や国内の論文も全部読んでるんでしょ」
私は、コクリとうなずく。
そして、彼は、改めて、私の顔を正面に睨み、こういった。
「大久保さんさあ、あんた、勉強し過ぎちゃったんだよ。色々と知り過ぎちゃったんだよ。だけどね、10人いたとして、大久保さんが、その8人の中にいるのか?2人の中にいるのか?どっちなのか?俺には解んないんだよ。だから、全員切るんだ。こんな手術、俺だってやりたくないよ。もし神様が、このひとは8人の中のひとですよーとか教えてくれるんなら、俺だって、その2人だけ、手術してるよ!だけど、誰にもわかんないんだよ」
最後は、目を真っ赤にして、怒鳴るように話していた。。
かれは、本気で私に話していた。
今日、初めて会った私なんかに、心から本気で話してくれた。
“医者も、自分の仕事に限界を感じながら、一生懸命頑張っているんだな、、”
そんな想いになって、彼の診察室を出た。
怖いお医者さんだったけど、患者のことを思って、全力で戦っている医者だと感じた。
しかし、全部切ると言われ、私の心の中は、嵐が吹き荒れているように動揺していた。