深夜ファミレスも2:30を回ると麻布十番に住む層が現れて来るのに気づいた。それまでの層よりも、少しゆっくり食事をしたり、女性でもPCを開いたりする層が増えて来るのだ。


喫煙席で窓際に1人で座っている、茶色のロングヘアーに長袖の白と黒の超ミニのボディコン・ドレスに黒のスウェードのロングブーツ姿、黒縁メガネのキャバ嬢風の女性が、しばらくアンドロイドをいじっていた。


ほうれん草とベーコンのソテーとミネストローネの2つをセットで頼むと500円。もっとも深夜は税金だけでなく深夜料金も加算されるのだが、それとドリンクバーを合わせても、877円で済む。私は、今夜は若鳥の唐揚げとサーモンのマリネで500円。それにドリンクバーをセットにしていたから同じ金額だと漠然と思っていた。ドリンクバーだけだと、税金・深夜料が加算されると429円。それに比べるとお得感があるのでこちらを注文することが多い。夜間に食べる量としてもおつまみ2皿は丁度いい。



その女性が、食べ終わると皿を端に寄せ、おもむろにPCを取り出した。ドリンクバーでコーヒーを淹れて来るとカチャカチャとキー操作を始めた。サマになっている。チラチラとこちらを見ている。私も原稿を書いている訳だから、気になるのかも知れない。


私は20種の野菜と果実のジュースを注ぎに席を立とうとすると、彼女はバッグから書類を出した。通りがかりにチラッと視線を送ると、企画書風に見える操作マニュアル。画面遷移図らしきモノが見えたが、何かはよくわからなかった。グラスに注ぎ終わって席に戻ろうとすると、彼女の後ろの窓ガラスにPCの画面が映っている。


「・・・株価チャート・・・。」


何となく独り言のように呟いた。


彼女は聞きつけて「やっぱりわかるんですね?。こっちの席に来ませんか?。」


私は「えっ?、それはいきなり失礼でしょう?。」と言った。


彼女は「いえ、私が望んでるんだから失礼な筈はありませんよ。少しお話もしたくて。どうぞ、お願いします。」と言った。


私は「それじゃ、少しだけ。」と、ジュースのグラスを置いて、タバコだけ取りに行った。そしてその席に座って


「何を話したいんですか? 私でお相手が出来る話ならいいけど・・・」と言って、タバコに火を点けようとすると、彼女はにこやかな顔で言った。


「私のおじいちゃんも『わかば』を吸ってたんです(^^)。どうぞ。」と火を点けてくれた。ガクッ。おじいちゃんかあ。火の点け方は慣れている。


「もし、何か急ぎの仕事をしてたんならごめんなさい。でも、私が仕事が終わってコンタクトレンズを外して、このお店で独りの時間を過ごし始めてから2年経つんですけど、今までお店のウェイトレスさん以外に喋ったことないなあ、と何となく思ってて、さっき、何かきっかけがあったら誰かと喋りたいと思っていたんです。そして、株価チャート・・・ってきっかけを作ってくれたから、声をかけさせてもらいました。サキって呼んでください。」


「どんな字を書くんですか?」私は訊いた。


「花が咲くの咲です。最近は名刺を渡すと『えみちゃん?』とか言われて、ちょっと悔しいんですけど・・・」と彼女は少しフクレたような表情を浮かべた。


「人気女優が出るとそういうコトもありますよね。私は八郎。『やろう』でも『おじいちゃん』でもいいですよ(^^)」と言うと、彼女は、


「いえいえ、先程は失礼しました。つい、親近感が湧いて失礼なことを・・・。八郎さんか。じゃあ、ハチローって呼んでいいですか?。いきなりは図々し過ぎますね?。」


「いや、構わないですよ。それはそれで面白い(^^)。」と私は答えた。


「じゃあ、ハチロー。今、私が持ってる株の評価をして欲しいんだけど・・・。」と彼女はいきなり切り出した。


「それはいきなり重大な任務だなあ。まずは銘柄を見せてくれますか、咲ちゃん。」と言うと、


「ダメー。私がハチローって呼んでるんだから、ハチローもサキって呼ばなくちゃダメ!。」と彼女。


「わかった、サキ。」とテレながら言うと、「あはは、何か恋人みたいでいいですね。」とサキが微笑む。


持っている銘柄を見せてもらった。典型的なデイ・トレード銘柄ばかりで、しかも高値掴みしている。何でこんなことになっているのかを訊いてみた。


彼女は、或る投資コンサルタントのお客さんがいるそうだ。その人に言われた銘柄を買っているのだと言う。


彼女に、どんな取引をしているのかを訊いてみた。何時頃に注文を出しているのか、取引に証券マンは介在しているのか、投資コンサルタントに何と言われた時に買っているのか、等々。


彼女は、教えて貰った銘柄を、夜中のこの時間にシステム注文で買い注文を出すだけだ、と言った。だから、証券マンは介在しない。ネット証券だから当たり前でしょう?、と言う顔をしている。投資コンサルからは、「日ばかり銘柄があるぞ」と言われた時だけ買っている。でも、「日ばかり銘柄」って何?と訊いて来る。


「それはこうなってしまっても仕方のない取り組み方だ。悪いコトは言わないから、これは全部売りなさい。」


戻りを待っている間に別の銘柄で稼ぐことが出来るくらい、下がっている。


「えー、だって今売ったら、投資金額が半分に減っちゃいますよ~。」と彼女が言う。


「その通り。でも、それは買えば儲かるってサキが勘違いしたからだよ。その投資コンサルが日ばかりって言った時点で、キミは買いと同時に売りも注文しておかなければイケない投資だったんだよ。『見切り千両』っていう株式格言があってね。沈んだ銘柄を持ち続けるより、失敗は失敗と認めて次の手を打つ投資法の方が成功確率が高いんだ。」


「えー、ハチローは株を知らないの?。買えてないのに売りを注文してもダメでしょ?。」


「買い注文と売り注文は一緒に出せるんだよ。その投資コンサルは何て言う情報をキミにくれてたの?。いくらで買って、いくらで売れって言わなかった?」と、私が言うと、彼女は


「えーと、いくらで買えって言ってた。それから、何パーセント上がったら売れって言ってた。でも、それは計算するのメンドイからしてませんでした。」


「なるほど。だから、こんなことになってるんだな。いいか、サキ・・・」


それから、株の売買の話をした。株価のチャートを見ながら話した。そのコンサルの言う日ばかり銘柄は、確かに朝のうち、彼の指定した金額で寄り付いている。その後、その日の内に一気に上がっている。でも、後場の終わり頃、急激に冷やし玉が投下されて、終値では買値より下がっているモノもある。つまり、ファイナンスを直近に控えた価格変動を嫌う銘柄で、少ない投資金額で成果を上げる方法を取っているコトを教えた。


そして、チャートのローソク足の読み方も教えた。


「へー、そうなんだあ。ハチロー凄い!。投資コンサルの人より解りやすく教えてくれるう。プロみたい。」


「あはは。でも、株ってどういうものかを知らないで儲けようとは、それも凄いなあ。その投資コンサルの彼はキミは相当儲かっていると思っているから、いろいろ言われ始めるんじゃないか?。」


「ハチローってば、もう私の名前忘れたの?。サキって言って。キミじゃ、誰と話しても大丈夫じゃない。私と話して欲しいの!。」


そして彼女の身の上話が始まった。


彼女は昼間、中堅メーカーで働いているそうだ。贅沢出来るお給料ではない。だから、月、水、金、土はキャバクラで働いている。月曜と水曜は翌日の仕事もあるから、アフターには付き合わない。金曜と土曜だけ、声がかかれば付き合う。面白い話題もあまり持っていない。指名でトップを競っているキャバ嬢達は、指名客と昼間は
ゴルフだの、休みの日も美味しい店に連れて行って貰っただのと、他のお客への自尊心をくすぐる話題がどっさりある。でも、自分にはそういう話題はない。そんな風だから、指名客もなかなか増えず、ヘルプで呼ばれるコトがほとんどだ。ヘルプに付いていると、派閥の中に巻き込まれる。そしてヘルプとして頭数に入れられてしまう。
それならキャバで稼いだ分を増やしてお金持ちになって、キャバを経営するようになりたいと思っているそうだ。


そういう野望を或る投資コンサルに話したら、一晩付き合え、と言われた。男女の関係が出来て、銘柄を教えてくれるが、増えるどころか今は半分に減っている。ところが、その投資コンサルはドヤ顔で儲かってるだろ、と自慢気に言う。腹が立って仕方がなかったが、唯一の大口指名客に嫌われるのはイヤだから、儲かっているフリをしていた、と言うのだ。でも、我慢も限界で、その客に文句を言って、実際の投資成果を話したら、その投資コンサルは鼻で笑って「バカな女だ。」と吐き捨てるように言って、顔を見せなくなった。もう店に来なくなって2週間経つと言う。


「ハチロー、私と付き合って!。私はハチローとなら思ったことを言えるような気がするし、ハチローの言葉もわかる。寂しかったけど、今夜の出会いも運命だと思う。だから、今から私の部屋に行こう。そして、好きなようにして!。ハチローのことなら、全部、受け入れられるから!。」


店の中がシーンとしている。彼女は少し興奮気味に話していたから、少し声が大きくなっていた。聞き耳を立てるには、比較的面白い話題だったろう。私はできるだけ回りに聞こえないように声を抑えて言った。


「寂しい時に一緒に居る人と付き合うと、寂しさが増えて行くんだ。寂しくない時とか、気持ちが豊かな時に出会った人とは仲良く暮らせる。そういうタイミングを待つんだ。それから、文句を言ってしまった投資コンサルには自分が買い注文と売り注文を指値で一緒に出していなかった、と謝るんだ。買いタイミング、売りタイミングを間違えていました、いい情報をもらっていたのに、宝の持ち腐れにしてしまって、申し訳ありませんでした、って謝りに行ってごらん。それは、ものすごく勇気がいることだと思うし、一回連絡したくらいでは会ってくれないかも知れない。でも、失礼なことをしたのはサキだ。その部分は、辛くてもガンバってケリを付けた方がいいと思うよ。バカな女だと言われたままじゃ、サキ自身にも失礼だよ。」


「私自身に失礼でもいい。ハチローに奥さんが居ても構わない。だから、今夜、一緒に居て欲しいの!。」


「これ以上、一緒に居ると、雲行きが怪しくなるから、私は自分の席に帰るよ。でも、いいかい、サキ。キミは充分イイ女にも、可愛い女にもなれる。気持ちが真面目過ぎるんだ。もう少し肩の力を抜いてごらん。はい、深呼吸して・・・。」


私は自分が深呼吸を始めた。サキも一緒に深呼吸を始めた。そして、4回深呼吸をした後、急に笑い出した。


「あははは。変な女でしたね、今夜の私。私がハチローでもついて行かない女だったと思えて来た。でも、チャンスだと思ったの。素直に言うことが聞ける人と出会えたと思ったの。そう思ったんだからハチローの言うこと、全部聞いてみようと思う。また、会えるよね?。私のケータイの番号とアドレス、赤外線で送りたいんだけど・・・」


「今夜はやめておこう。縁があれば、また会えるだろう。それに、今の顔は、さっきまでと違って、とても柔らかい表情になった(^^)。人気者になれる穏やかな表情になった。」


隣の席にはキャリアウーマンです!っていう顔をした、カクテルドレスで胸元も露わな女性が外国人男性と一緒に食事をしていた。かなりお酒も入っているようで、少し女性の目が座っている。きっと昼間はプライドが高い女性だと思う。でも、今は何となく流されたいと思っている女性のように見えた。


サキは顔立ちはいい。エビちゃんを柔らかくしたような可愛いタイプだ。でも最初見た時はそうは見えなかった。


きっと、心に鎧を着込むタイプなのだろう。感情が激して、少し落ち着いて、ケンが取れて、今の顔になった。


「そう言えば、お店が終わってコンタクトを外して来たってことは今日は出てた筈だよね。お酒が入ってるようには見えないけど、相当強いの?。」


「んーん。そんなことない。むしろ弱いと思う。だから、今日のように週末で、アフターのお誘いが無さそうな時はできるだけ飲まないように工夫してるの。だって、そういう時が株で儲かるように証券会社の情報を読んだり、一週間の値動きを見るような稼ぐための時間なんだもん。でも、チャートの見方もよく知らなかったんだから、何もしてなかったのと一緒だね。」


「そんなことないよ。努力に無駄なんてない。今、活きるか、後で活きるかの違いだけだよ。」


「あ~、ハチローのコト、やっぱり好きだ~。何でだか、本当に素直になれる~。どうしても付き合ってくれない?。」


「あはは。それは光栄だけど、サキが寂しい時に出会っちゃったからなあ。大丈夫。サキはすぐにモテるようになるから、焦らずに今の気持ちで人と接してごらん。」


私としては、かなり痩せ我慢をしたが、そう言って自分の席に戻り、すぐに荷物をまとめ、席を立った。始発までまだ30分くらいあったが、六本木ヒルズの喫茶店にでも行けばいいかな、と思ってジョナサンを後にした。


それは、麻布十番のファミレスに行き始めてから1ヶ月くらい経った頃の出来事だった。


もうすぐ2ヶ月になる。麻布十番もそろそろ終わりだ。その後、サキとは何度か会った。その後の一回目に顔を合わせた時、彼女は2人で来ていた。例のコンサルタントと一緒だった。彼女が謝りたいと連絡を入れたら、すぐに会ってくれたそうだ。そして、話をして、彼が私に興味を持ったそうだ。ぜひ、今度は2人で会いましょう、と、そのコンサルは言った。そして、彼女は今までとは違って、彼と言葉が通じるようになった、と言った。彼も、彼女はわからないコトを隠さないで訊くようになったから、背伸びしていた時より、とても可愛くなった、と言っていた。


2人はとても似合っていた。私は「サキちゃん、良かったね。」と言うと、


「ハチローだけは、サキって呼び捨てにするのを許すって彼にも言われてるから、サキって呼んでよ。」と言うので、


「サキちゃんは男の痩せ我慢をわかってないね。誰だって、自分と居る時には、自分だけって言う態度を示す女が1番可愛いに決まってるだろ?。今度は、もう少し男心を学んだ方がいいかも知れないなあ。」と言うと、そのコンサルタントに向かって、
「痩せ我慢してたの?」と訊いた。


そのコンサルは、「あはは。いやー、参りましたなあ。図星です。」と頭を下げた。


これから、サキちゃんは、きっとイイ女になって行くんだろう。


その後は、必ず私を見かけると、まず私の席で30分くらい話して、それから自分の席に行く。


本当に女は変わる。


今は指名客も増えたそうだ。指名しても必ずすぐに席に着いた1ヶ月前とは違って、待たされるコトが増えたコンサルのヤキモチが楽しいそうだ。そして、半分になった投資金額は、その後順調に増えて、今はプラスに転じたそうだ。


お金に余裕が出来ると気持ちも明るくなりますね、と言う。そして今はハチローちゃんと呼ぶ。


その後もケータイ教えて、と何度か言われたが、とうとう番号もアドレスも交換せずに現在に至る。もう会えないかも知れないけど、肩の力を抜いて、余裕を持って人生を楽しんで欲しい。


フレー、フレー、サキちゃん(^^)!。




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