今夜は土曜日。午前1時10分にドアを入ると喫煙席はほぼ埋まっている。私は待ち合わせをしていた。厳密に言うと待ち合わせではない。土曜日から日曜日にかけての終電が終わった時間には、元ボクシング・トレーナーの同級生がいつも居る。彼の仕事の関係で、このタイミングには始発までの時間をここで潰して居るんだそうだ。前回偶然ここで会って、そういう話になったので、彼に会いに来たのだ。


ところが彼の席の隣には16人連れの若者達が賑やかに食事をしていた。とても喋れる環境ではないので、取りあえず別々の席に座った。私は例の3つある丸テーブルの1つ。若者達のグループが帰ったのは1:40だった。他のテーブルの男性5人・女性2人のグループや、男女2人ずつのグループも一気にはけ、1:55には、静かないつものファミレスに戻っていた。


彼は私の席に来ると言った。「ここに来る娘達は足が綺麗な子が多いね。何だかみんな村上リカコみたいだ。自分の足の綺麗な見せ方を知ってるっていうか・・・」


私は彼に言った。「でも、女性としての綺麗さと違うところに居るよね。みんな、メスに見える。下着は誰にでもフリーパスみたいに見せてるし・・・。この間なんか、女性の4人組が椅子でアグラかいてて、4人とも黒い下着をバリバリ見せてたしね。」


彼はうなづきながら言った。「あ、それはそうかも知れない。この間、麻布十番で始発の電車を待ってて、目のやり場に困ったのは、男2人・女1人のグループの女の子のスカートがオーガンジー風で透けてるんだ。ピンクのフリルのパンツがしっかり見えてて、逆にあんまりソソられなかったなあ。若いうちは女子テニスのスコートの中が見えると興奮したけど、オッサンになって来て、見えても構わないようにアンダースコートを穿いてるのがわかって、第1段階の落ち着きが身について、今じゃスパッツに変わったから、第2段階っていうか普通に見られるのとおんなじような感覚だったなあ。」


私は訊いた。「普通に見られるのに、何で目のやり場に困ったの?。」


彼は答えた。「それはドキドキする訳じゃないけど、パンツをじっと見るのも変態みたいで、見ないようにするから、変に意識しちゃうみたいなギコチない視線になるって意味だよ。昔、女子テニスやってた好きな娘がいてその時の視線のやり場とは違うってことを説明したかったんだ。」


私は笑いながら答えた。「やけに描写が細かいと思った。だけど、本当にそうだよな。隠されるから見て見たくなるけど、誰にでも当たり前のように見せられちゃうと引くよな。」


彼は返事した。「そうだなあ。それはあるね。この間、カッコイイと思ったのは栗色のロングヘアーに、毛皮を来て、白いスカート。で、ストッキングと髪の色が同じで豹柄のパンプスにキャリアケース引いてるCAを少し崩したようなファッションの女性が大門駅を歩いてて、京急方面に歩いて行ったんだ。空港に向かう感じだったんだけど、ソソられたなあ。」


私は言った。「麻布十番は、銀座や浜松町より若い娘と外国人が多いように感じるよね。人通りが本質的に少ないから、目立つんだろうけど。」


彼は言った。「うん。それはそうだね。外人を男性にまで広げると六本木の方が多くなるかも知れないけどね。」


こんな話をするようになったのは、私はバカな企画を出版社の編集に乗せられて引き受けてしまったからだった。


地下鉄の終電から始発まで、その駅に1番近い24時間営業のファミレスでの生態を観察記録としてデータベース化して欲しい、という依頼だった。マーケッターとしてなのか、物書きとしてなのか、よくわからないオーダーだったが、夜中にずーっとウチに居られなくなる仕事だから、引き受け手が居なかったのだろう。私としては、経費が出版社持ちだから、そういうところのスナックとか、美味いモノを出してくれる居酒屋とかの方が、地域特性が出やすいと思う、と主張したのだが、予算の問題と、企画意図が、そこに居る人達のファッション性だとか言う辺りだから、お酒が飲めなくても集まれるファミレスで!、という部分は全く変わらなかった。


最初のオーダーは都営大江戸線。38駅を2ヶ月ずつで76ヶ月。6年と4ヶ月ものロングラン企画として話があったが、予備調査をさせてくれと私から頼んだ。


まずは光が丘、練馬春日町、豊島園。この3駅に2ヶ月は要らない。ということで削る。練馬は1ヶ月でいい。新江古田、落合南長崎、中井も削った。東中野はオタクが集まっているように見えるから、変化は少なそうなので1ヶ月。中野坂上も1ヶ月。西新宿五丁目も1ヶ月。都庁前も削った。夜中には何もない。新宿は2ヶ月。代々木1ヶ月。国立競技場は削った。青山一丁目は1ヶ月。でもファミレスまでが遠い。いろいろ行く気になると赤坂見附に行くようなモンだ。青山一丁目に1番近いデニーズは寒くて行きたくない。1発で風邪を引いた。たぶん、寝る客を作らないような対策なんだろうが、寒過ぎる。六本木2ヶ月。麻布十番2ヶ月。赤羽橋は削った。大門1ヶ月。ただしファミレスは遠いのでマックにした。汐留は1ヶ月。築地市場は1ヶ月。勝どき、月島は削り、門前仲町1ヶ月。清澄白河、森下、両国、蔵前を削り、新御徒町と上野御徒町を1ヶ月ずつ。本郷三丁目、春日を削り、飯田橋を1ヶ月。牛込神楽坂を1ヶ月。牛込柳町と若松河田を削り、東新宿を1ヶ月。新宿西口1ヶ月。


しめて22ヶ月。2年弱の企画となった。もっとも予備調査に2ヶ月かかったから総合計2年の企画である。元々の企画からすれば4年と4ヶ月を節約出来た訳だが、どんなデータベースにするのか?。実は終電から始発までで1番多い人種は、ファミレスではオタクとIT関係者と大学生と看護師とキャバ嬢だ。大江戸線に限って言うと警備員も多い。ホームドアの新設工事が行われているからだろうが、終電から始発までは駅から追い出されるからだろう。私はむしろ、そういう警備員が「体を伸ばして寝たいから」と寝袋を持って公園で野宿している人も居る、というような実態に興味が湧いた。この人達が体を伸ばして寝られる移動カプセルホテルみたいな企画ができないだろうか?等と考えたが、事業としては無理があることもわかった。こういう人達は、マックがあればマックに行く。100円で終電から始発まで過ごせるからだ。少し上級の人で漫画喫茶。3時間1000円パックで体を伸ばしてリクライニングシートで寝るとリッチな感覚!というかなり細かい業界情報も加えて提出してあげたが、編集部では、そういう部分に関しては全く話題にならなかったらしい・・・。


むしろこの、駅を絞った予備調査の結果は、編集部では喜ばれた。経費の削減にもなり、且つ、ファッションで絞りたいエリアもハッキリしたからだ。また、特集を組みたいと思っていた駅周辺が、今回ピックアップされた駅とほぼ同じだったらしく、たった2ヶ月で、自分達の感覚も、かなり的確にゾーンを見極めていたと証明されたと感じているようだ。


次回の沿線の企画もよろしくお願いします、と言うから、これっきりにしてくれと答えた。やっぱり夜はファミレスより、行き慣れたスナックとか、居酒屋がいい。2年もみんなとご無沙汰してるウチに、そういういい店が潰れちゃったら、どうしてくれるんだ!?。


この事前調査によるマーケット・データはハッキリしているので、加工のしようがない。そこで、いろいろ話しているうちに2ヶ月ずつ調査するところは「覗き話」というテーマが決まった。こちらが挙げた資料の中で、こぼれ話のように書いた話が面白いとウケたようだ。編集会議で「思わず読んでしまう感じがいい」と言うコトになったらしい。


そこに集う人々のファッション感覚。それを書くのはオヤジだから、ギャップがあった方が面白い。


例えば村上リカコ。我々の時代、ざっくりしたセーターを着て、スカートを忘れて来たようなファッションだと思っていたが、今は麻布十番等では、セーター、ないしはシャツにレギンス、という感じ。何十年も前に見たファッションがアイテムを変えてそういう隠れたヒット・ファッションを支えて来た存在なのかも知れない、と言うと親父感覚が編集者に受けて、麻布十番のファッション記事と私のエッセイで大きな記事が1つ出来る、という具合だ。


編集の人間からすると、村上リカコはアルファベットのRIKACOらしい。ファッション・リーダーで、スカートを忘れて来ちゃったようなファッションとは全く思わないそうだから、逆にウケるんだそうだ。言われて見ればファッション・リーダーの宿命として、その時代に違和感のある登場をしているんだなあ、と感じるそうだ。


我々の年代の感覚を持ち続けるために、同級生の存在が必須だった。そして、同級生と偶然会った、という訳だ。


私が同級生に言う。「その村上リカコがNHKの朝の番組で更年期特集のパネラーで出てるんだから、時代も変わるんだよな。」


彼が言う。「おまえ、いつ寝てるんだよ?。全く、体は大事にしろよな。」


私が訊く。「寝ると言えば、この辺の女の子と村上リカコなら、どっちがいい?。」


彼が飲み物を吹き出しそうになりながら言う。「おまえねー、何てコト訊くの?。そりゃ、村上リカコに決まってるだろ?。何て言うんだろ?。たぶん、若い子達とは深みにハマらない気がする。1回でいい、みたいな・・・。何てコト言わせるんだ!。」


私が言う。「あっはっは。わかる気がするよ。」


そんな、他愛もないバカ話をしている親父達もいる。


                        作:代田八郎




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