終電が終わり、麻布十番の7番出口を出る。駅を背にして左側にf・Bar(ファッション・バー)がある。fashionTVのオフィシャル・レストラン・バーの入口には、タキシード姿の大きな黒人がドアの内側から外を向いて仁王立ちに立っていた。ガッチリした体躯。ボブ・サップをいい男にしたらこんな感じになるだろう。
ハマーのものすごいリムジンが、外の道路に止まっている。
この店には、いつも外人モデルのようなスタイルのいい女性達や日本女性でもスタイリッシュな感じの客が集まっている。でも、精一杯背伸びして来た感じの女性が、外で酔いつぶれている姿を目にする時だけはもう少し、余裕を持てたら、もっとイイ女になれるのにね、と思ってしまうのは、私がおじさんになったコトを意味しているのかも知れない・・・。
今日も例のファミレスで喫煙席を希望した。3つある丸テーブルの1つに座った。
少し経つと、目の前の丸テーブルに、これ以上は短く出来ないジーンズ系のショートパンツに真っ直ぐな足、茶色の髪が腰近くまで伸びた、夜なのにピンク系のサングラスをかけている細くて背の高いハスキーボイスの女性が1人で座った。
座るとすぐ、メニューを注文してから、何やら相談するようなヒソヒソ声の電話を掛けて、30分くらいゆっくりと食事をしたり、ボーッとしたりしていた。
すると、ガッチリした体型の短髪、アゴひげ、バミューダ丈のパンツにTシャツ姿の男性が現れた。彼は、サラダとオニオングラタンスープを注文した。
店内にはジョナサン・オリジナルのDJ番組「ミュージックステーション」が流れていた。秋の男性ボーカル特集。久保田利伸「ミッシング」、徳永英明「コスモス」、平井堅「ラブラブラブ」がBGMとして流れていた。
彼女が切り出した。「今日、サイフなくした・・・。」
彼は慌てて、「全財産、なくしたのか?」
彼女は返事した。「それに近い。明日の昼に銀行に行けばゼロじゃないけど、キャッシュカードもクレジットカードも、それに大切だからサイフに入れてたいろいろなモノも全部なくした。あんたにもらった指輪もサイフの中だった。大切だと思って持ち歩かないで、他の人からのと同じようにウチに置いといたら無くさなかったのに・・・。だから、やる気もなくした。」
彼は笑った。「あははは。これを機会に財布なくしてもやる気はなくさない方法を身に付けろってコトだな。あんまり男がたくさん居ると、アクセサリーをとっかえひっかえしなきゃならなくて、そういう羽目になるんだよ。」
サラダをほおばりながら、彼は小さい声で言った。店の女性がオニオングラタンスープを持って来た。
彼女は「アンタって最低!。私がキャバ嬢だって知ってて付き合って、そういう無理なコト突き付けるんだ?。アンタの気持ちはわかった!。何にも無くなったんなら、俺の所に来いって言ったら、アンタの所にお嫁に行ってもいいと思ったから終電で来て、アンタと過ごそうと思ってたのに冷めた。ごゆっくりまだ冷めてないスープを召し上がれ!。じゃあ、ロング・グッバイ。」
と、カバンを持って、そのまま席を離れて行く気配だ。
男性はオニオングラタンスープを一口飲んでから、「全部飲む時間くらいくれよ。ここのお金もタクシー代もないんだろ?。電車代は定期で来たんだろうし・・・」
女性は席を立ちながら、ゆっくりと感情の起伏がまるでないかのように、淡々と言った。「こんなイイ女相手にファミレス代、出させようと思ってた時点で最後の気持ちもキレた。私が乗り付けたらタクシー代を喜んで出す男はいくらでも居るからご心配なく。」
男性は感情の起伏もあらわにこう言った。「タクシー代の変わりに結婚を切り出すような安っぽい女に今まで夢中だったなんて、俺もスッキリ冷めたからご自由に!」
男性はあたたかいスープを口に運んだ。
「さよなら。」 女性は、感情のこもらない言葉を置いて、ゆっくりヒールの音を響かせながら歩いて行った。
「・・・だからオニオングラタンスープだけは最後まで飲ませろって言ってから、1度もオニオングラタンスープだけは最後まで飲ませてくれないなあ。これで3回目だ。スープにヤキモチ妬いてどうすんだよ・・・」
男性は、彼女の後を追って席を立つと走って出て行った。
彼女はビーフシチューハンバーグとオニオングラタンスープを頼んでいたようだ。どちらも皿の上に残っている。
彼のサラダとオニオングラタンスープの残り方のバランスが、彼女のお皿の残り具合ととても似ている。
彼女の方が、少し上手(うわて)のような気がした・・・(^^)。
作:代田八郎