11、単側曲面(たんそくきょくめん)
   Single Side-Surface


 メビウスの輪。クラインの瓶。人間の中に臓器として存在
して、生命を司るシンボル。脳、心臓、子宮。その位相数学
的な特徴は「単側曲面」という言葉で表される。クラインの
瓶は、メビウスの輪が2つくっ付いたものとされる。男女共
に脳の形で1つずつ2つあり、女性の子宮の形で1つ、とカ
ップルには3つのクラインの瓶がある。そして、心臓は1つ
ずつ2つあり、メビウスの輪が2つある。全ての単側曲面を
メビウスの輪に換算すると合計8つあることになる。8は横
に倒すとインフィニティー、つまり無限大を意味するシンボ
ルであり、言葉だ。


 現在の人間は、大脳で記憶する。しかしジャミラは「血」
も記憶装置だったという。なぜ、そんなコトを考えたんだろ
う?。


「神と人間の違いってなんだと思う?。」
 ジャミラはみんなに訊いた。みんな、明確な答えは持って
いないようだったが、沙羅が少し考えながら言った。


「さっきのエンキドゥくんの発言から類推すると、人間には
DNAがあるけど、神様にはDNAがないってこと?。そう
すると、人間の方が優れてるってコトにならない?。」


 ジャミラはニヤッと笑い、我が意を得たり!という顔をし
て言った。
「そう。そこまでは俺も最初に思ったコトと同じだ。でも、
調べているうちに、違う結論に行き着いたんだ。」


 みんな、何を言い出すのかとジャミラの顔を見ている。
「俺達は何かたくさん持っている者の方が優れていると考え
てしまう。でも、悠久の時間を持つ神にとって、記憶がなく
なるほど耄碌(もうろく)することは想定外なんだよ。つま
り考えたことや子供が誰の子か、調べなくても解っているん
だ。人間は限られた時間の中で生きている。人間は、神より
劣っているからDNAが必要だった。遺伝という形で、自分
の形質を次の代に送る。でも神は自分の子か否かにしか興味
はない。自分の子は自分で解っている。だから、証拠は必要
ないんだ。」


 みんな、呆然と聞いていた。


「神の血は呼び合う。何もしなくても血同士がお互いに相手
は何者であるかを悟る。人間の血は違う。もちろん英雄の血
は人間の血が半分入っている。だから代々子供へのDNAは
受け継がれても、神の血は遺伝することがない。たぶんその
ために、神は人間という器が必要だったのだろう。」


 神のために人間は生まれた?。そういう事だったのか?。


「あくまで、これは俺の考えだ。真実は造物主のみが知って
いるのだろう。」
 ジャミラは言った。柴田が
「おまえ、大学は何学部だったんだっけ?。」


 ジャミラは
「中退だけど医学部。」


 美子が
「それじゃ解剖とかが得意だったんで調理長さんになったと
か?。」


 みんなは口々に
「調理長?。」
と 不思議なものでも見るように美子を見た。


「はい。エンキドゥさんは、居酒屋の福島支店の調理長さん
ですよ。」
 美子の返事に
「おいおい、いきなり全部バラさないでくれる?。」
と ジャミラは言った。


「どうしてあんなに頭が良かったのに、板前さんやろうと思
ったんだよ?。」
根本が訊く。ジャミラはテレながら、
「ヒデーなあ。板前って想像力が必要でイメージを料理に出
来るか、経験と勘がモノを言う頭も技も使う商売なんだぜ。
伊寿樽にフラレた後、何となく入った居酒屋で海草のサラダ
を食べてる時、誰かのために旨い物が作れたら嬉しいな、と
思って料理の作り方を訊いたんだ、カウンターの前に居る板
前に。」


 ジャミラはカウンターの向こうに居るマスターに「今度は
マンデリンをお願いします」と言った。マスターは「はい。
喜んで。」と答えた。
「そしたら、『誰に何を食べさせたいのかで、作る料理は変
わります。同じ素材でもね。』と笑顔で答えて、『これが今
のアナタに食べて欲しいもの、そしてこれが明日のアナタの
ために食べて欲しいもの。』と2つの皿を出された。1つ目
の皿にはカツオの生利(なまり)の生姜ヅケを海苔巻きにし
たものが乗ってた。力が湧いて来るようなガッツリとした食
感で旨かった。2つ目の皿には山芋を刺身風に切って、海苔
で巻いて、わさびをつけて、青じそドレッシングをかけただ
けの簡単な料理。でも、これが旨いんだ。」
 ジャミラが言う。美子はパッと笑顔を作って、
「あ、それ、食べました!。お昼のランチの小鉢で。美味し
いですよね!。」
と 言った。ジャミラは
「カツオはそういうところ、気が利いてるよな。俺はランチ
には出さずに、夜のお客さんのお通しにしてる。」
と言って「カツオって調理長仲間だ。」とみんなに言った。


「その2皿を食べて、板前に『美味い!』と言うと、『お客
さんの顔を見た時にどんなものを食べさせたいか、イメージ
出来るようにウチで修行しませんか?。アナタなら、私が育
てますよ。』と言ってくれたのが、さっきの審査委員長で会
社の専務だったんだ。違う大学に入り直すのも面倒だと思っ
たし、丁度、やりたいことを言ってくれたのが大きかったか
な(^^)。」


 気は優しくて力持ち。頭も良かったジャミラが、板前をや
っているのは縁のなせる業だろう。人の心に訴えるのにはタ
イミングが大切だ。そのタイミングを上手く掴んだのが専務
さんだということなのだろう。


「おまえらは何をやってるんだ?。柴田や根本は?。」
 ジャミラが訊くと、柴田は
「俺はイベントのプロデューサーをやってる。」
と言い、根本は
「親父の会社を継いでる。」
と言った。


「ドク太は?。大学の先生だってカツオに聞いたけど。」
「ああ。今年からだけど言語文化史の准教授やってる。」
 俺が答えると、
「えっ?。じゃあ、博士課程を取ったのか?。ドク太じゃな
くてドクターになったのかよ!。おめでとう(^^)。」


「いや、誰でもなれるよ。そんなに、大したもんじゃないっ
て。」
と 俺が言うと、ジャミラは
「初志貫徹ってのは大したもんだろう。さすがだね。大学の
先生って聞いて、コマを持ってるだけの講師だと思った俺が
失礼だった。しかし、いきなり准教授って凄くないか?。」
 波瑠が俺達の話に入って来た。
「私、ジャーナリストをやってるからよく知ってるわ。ドク
太クンは5冊出版していて、どれも良く売れてるの。ウェブ
上で開設してる出版社のホームページでの人生相談も人気コ
ーナーになってる。簡単に言えば売れっ子作家みたいなもの
よ。大学側からすれば、新しい科目を増やしたんだもの。ド
ク太くんに力を入れてるわ。修士課程、博士課程の間に大学
の名前を売ってくれた貢献に対して、准教授を贈ったんでし
ょうね。」
 俺が
「えっ?。波瑠は詳しいね。全然会ってなくてもよく知って
るんだなあ。」
と言うと、柴田が
「敏腕プロデューサーとジャーナリストが居るから、マスコ
ミで何か仕掛ける時は俺達に声をかけてくれ。」
と言った。 


「沙羅はデザイナー。空間プロデューサーとも言われてる。
イベント会場でもよく顔を合わせるくらいだから、とても忙
しい筈だぜ。」
 これも柴田が言った。仕事柄、時々競争相手になることも
あるらしい。沙羅は根本の会社のデザインを一手にやってる
そうだから、食いっぱぐれはない。その上フリーのデザイン
や、空間プロデュースをしている訳だから忙しいんだろう。
でも忙しそうには見えない。なんかいつもゆとりを感じる。


「奈美は、児童文学のイラストレーターをしてた。ドク太く
んへの執着を育てるには最高の職業ね。その絵の能力を活か
して、私のデザインのラフ案を手伝ってもらいながら、デザ
インの勉強をしてもらうことにしたわ。もちろん奈美の希望
を聞いた上で提案したんだけどね。」
 沙羅はやっぱり心にゆとりがある、と思った。そういう環
境を与えている根本もカッコいいなあ、と思った。そう思っ
た途端、
「う~ん、どうかなあ?。私は1人でもそういう生き方をし
てたと思うよ。」


 根本も沙羅を見ながら、
「俺が今の沙羅にしてあげてることなんてあんまりないよ。
俺が沙羅にしてもらってることはいっぱいあるけどね。沙羅
の立場で考えたら、ウチの仕事をしてない方が儲かってると
思うぜ。」
と言う。
「天馬のおかげでとてもいい仕事をさせてもらってると思う
わ。仕事を取りに営業する時間はゼロだから。でも、私もそ
れ以上のモノを与えてる。いい意味でギブ&テイクが成立し
てると思うの。」


 この夫婦は何か凄い大人だなあ、と思う。沙羅が美子に、
「美子ちゃんて本業は何してる人?。」
「はい。私は、その時思ったモノを作ってネット上にアップ
すると、何となく売れちゃうっていうアマチュア・アーティ
ストです。」
 みんな、「ほーっ!」と声を上げた。ジャミラが、
「例えばどんなものを作るの?。」
と訊くと、美子は、
「頭にメロディーが浮かべば曲を作って、ダウンロード・サ
イトに登録したり、イラストを描きたくなったらPCデータ
を作って、イラストを売ってるサイトに登録すると買ってく
れる人がいます。詩を書いてイラストを付けると葉書にして
欲しい、とか頼まれて、そうするとそれを受けたサイトから
お金が振り込まれます。それが壁紙になったり、カレンダー
になったりして、またお金が振り込まれます。プロはサイト
を運営している方々で、私は素材を提供すればいいんです。
だから、アマチュア・アーティストって言ってます。」


「創作の世界の巫女さんだなあ。」とジャミラが言った。
「いくらくらいもらえるもんなの?。」と波瑠が訊いたら、
美子は「1日に1万円くらいです。」と答えた。
「えーっ?!」て言ったのは波瑠だった。
「私の普段の月の原稿料より多いわ。単行本が出る月だけは
増えるけど、半年に1冊くらいだもん。」
「それで、何百万も入るんだろ?。」
と ジャミラが言うと、波瑠は、
「ん~ん。70万とか80万とかよ。でも、長いこと売れる
本だと印税だから、次の月もその次の月も入る時がある。マ
ックス2年ていう契約だけど、1年以内にほぼ入らなくなる
わね。その点、ドク太くんはいいのよ。新しい本が出る度に
過去のシリーズを再出版してもらってるから、ずーっと印税
が入るみたいな仕組みでやってる。」
と言う。俺は、
「何だよ。俺より俺の契約のコト、詳しいんじゃねーの?。
そんなコトも調べたりするの?。」
 そう言った。波瑠は、
「違うの。私が新しい出版社と契約する時、そこの担当者と
打ち合わせして、そういう話が出るのよ。こっちは自然とど
んな内容なのか聞けちゃう訳。」


 俺は、1社とだけしかやっていないから、比較という概念
がなかった。でも俺はいきなり大当たりだったんだなあ。良
かった(^^)。


 1つの方向から見る。1つの方向からしか見えない。似て
るようで違うことなんだろうなあ。


 外側だと思っていると、内側に入ってしまう。内側だと思
ってると外側に居る。メビウスの輪の上を鉛筆でなぞってい
ると、内側の世界と外側の世界が両方とも同じ側にあること
に気付く。不思議だった。でも、そんなシンボルを体の中に
持っている人間とは、どんな存在なんだろう?。


 頭も、子宮も。


 仕事もその人を表すシンボルの1つなんだろうか?。それ
とも、これは名前の方に入るのだろうか?。


 みんな、クリエイティヴな仕事をしてる。俺は伸び伸びと
仕事をしたくて、自分の分野を作り出せる仕事を選んだと思
う。でも、美子が学費は出してあげるから研究続けたら?っ
て言ってくれて、その気持ちが嬉しくて研究職を選ぼうと決
めた。出させる訳には行かないと思ったが、そのためにメシ
アのバイトも続けられるように、アマチュア・アーティスト
を選んだ美子を見て来た。俺の夢を自分の夢として喜んでく
れる存在。俺には本当に大きかった。だから、研究職はクリ
エイティヴだと思える。


 俺は、美子に何をしてあげられるだろうか?。美子を愛し
続けることしか、今は出来ない。でも、俺も美子から愛され
ている。どちらの愛が大きいのだろうか?。美子を愛するこ
とが出来る幸せの中にあって、比較は要らないのかも知れな
い。相対的なものではなく、絶対的なものだと思えて来るか
らだ。


 愛って何だろう?。


 成長を応援する心。それだけじゃない。


 もっと大きなものだと思う。それを言葉にして行くのが、
俺の人生かも知れない。


 そう思っていると、みんなが俺を見て、
「ふーん、ごちそうさま!。」
と 言った。


 こいつら、ちょっとウザイ!。




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