10、時空(じくう)
TimeSpace
メシアに着くと、お客は学生風の男子が1人ずつ2席、女
性1人が1席、カップルが2組座っていた。男子1人の席の
痩せた男の子が「あ、山門先生。」と、急に立ち上がった。
大黒君だ。
「在天ちゃんから、ここに来いと言われました。」
と 言い訳がましい口調だ。俺は「そうか。了解。」と言っ
て、マスターに、アイス・コーヒーを頼んだ。美子はカウン
ターに入り、エプロンをつけている。
カランカラン。美子がアイス・コーヒーを持って来て、5分
と経たない内に柴田がドアを開けた。
「お待たせ!。」
「お待たせって、柴田、早過ぎないか?。」
俺が訊くと、柴田は
「電話の時、もう少しでこの駅に着くところだったんだ。電
車の乗り換えで待ってる時だったから普通に出られたんだ。
もうすぐ、波瑠も来るよ。根本も沙羅もね。」
「えーっ?!。沙羅も来るのかよ!。」
俺は、少し慌てた。
「根本が沙羅に話をさせるって言ってた。アイツ、頼りなさ
そうに見えてスゴく沙羅のコトを愛してるから、イザッて時
には強いよな。沙羅もアイツを失うのは怖いんだろうからな
^m^。」
そういう話じゃないと思うけど・・・。
「とはいえ、俺も詳しくは会って話すよ、って言われてるだ
けだから、どういうことなのかは、今は言えないんだけ
ど・・・。」
そう言った後、柴田は、「でも、家に帰れるようになって
良かったなあ。」と独り言のように呟いた。
「うん。いろいろありがとな。本当に助かったよ。それに、
波瑠のこと、おめでとう(^^)。」
俺が言うと、柴田はニコニコ顔になった。
「やっと、って感じかなあ。俺は昔から決めてたけど、アイ
ツから言って来るとはなあ。以心伝心って思ったよ。でも、
俺の気持ちは先に伝わってたかもなあ。」
柴田は、美子の方を見て、
「あ、そうそう。俺は波瑠から聞いたんだけど、まだほとん
ど知られてない筈の例の2人の話。美子ちゃんはどうして、
会ったこともない霧亀と伊寿樽の話を知ってたの?。」
美子は俺の顔を覗き込みながら、柴田をチラチラ見て、
「まだ、内緒です(^^)。もうすぐ、ビックリすると思います
けど。」
と 言った。
「誰だろう・・・?。」
柴田は首を傾げながら、ドアの方を見て、
「よっ!」
と 手を上げた。カランカラン。
「お久しぶり!。今回はいろいろご迷惑をお掛けして、申し
訳なかったわね、ドク太クン。」
沙羅。相変わらず綺麗な顔立ち。髪に金色のメッシュが綺
麗に入ってる。また若返ったようだ。透き通るような肌。後
ろから根本が手を立てて顔の前で合わせてごめんというよう
に片目をつぶって、入って来た。
「ドク太、沙羅が直接関わっていた訳じゃないみたいなんだ。
しかも、例の4人も心当たりがあるからって呼び付けて事情
を聞いたら、指示を出してたのは何と・・・。」
根本が声をひそめるように言うと、沙羅が
「奈美だった。伊佐波 奈美。でも、イザナミはサラスヴァ
ティーのように、何人も現世には居ない。で、1人で考えて
私と以前話したことのある例の4人組にドク太を脅かすよう
に依頼したって訳。天馬(根本のコト)が誤解するようなコ
トを言ったのは私のせいだし、サラスヴァティーの娘達が動
いたんだから天馬は『もしや・・・』と思っても仕方ない。
だから、直接私が話しに来たの。私なら、そんな脅かし方し
ないし、ね。」
最後の言葉にはゾッとしたが、たぶんその通りだろう。
「でも、何で奈美が俺を脅かす必要があるんだろう?。」
俺は、小声で呟くように言った。
「わかんないの?。鈍いわねー。」
沙羅が呆れたように言った。
「彼女はドク太クンのこと、ずーっと好きだったからに決ま
ってるじゃない。」
「そんなコト言われても、俺、そんなコト、言ったコトない
し。」
たぶん、俺は少し膨れっ面してたと思う。
「好きだっていう気持ちは、言われたとか言われてないとか
関係なくて、好きな人が自分以外の人と付き合ってるって判
っただけで、相手を恨んじゃうんだよ。」
沙羅は、言った。
「天馬が言ったことじゃなくて、大昔にブラフマーが言った
ことが、私の腹を立てる原因になったんだよ。天馬からすれ
ば関係ないことでしょう?。でも、天馬は、ドク太クンに謝
った。その気持ちが嬉しかったから、天馬が持った疑惑は晴
らそうと思ったの。私も天馬に『アンタの大切な友達をしっ
かりガードしてないととんでもないコトになるわよ!』って
言ったから、疑われても仕方ない。私が言った友達って、波
瑠のことだったのよ。だって、私にわからないように2人で
こっそり会ったりしてたからね。後で聞いて大笑い。波瑠か
ら、柴田クンのことをいろいろ相談されてたんだって(^^)。
てっきり浮気かな?と思ってた私は、イライラしてるところ
に『後ろの顔がホントの気持ちだったりして』って言われた
もんだから、カチンと来たのよ。」
沙羅のこういう笑顔は、場を明るくする。いいなあ、この必
殺の笑顔。
「動いた子達は聞いた途端にピンと来た。あの子達はあまり
認められてないから目立つことをしようとする。奈美だって
脅かすだけで良かった。それで自分に気付いてくれればよか
った。でも結果としては、ドク太クンが更に恋人を好きにな
っただけって結末みたいね。奈美からすれば、デス・ノート
を映画か何かで見て、使える!と思ったんでしょうね。でも
そんなものない。神が神通力で創るならともかく、英雄が精
神力ではそんなもの作れない。だから話を聞いてドク太クン
が奈美に気付いたら、奈美のところに来ると思った奈美の負
け。昨日、奈美に会いに行って来たわ。」
「えっ?、そんなコトまでしてくれたの?。」
俺はかなり感激した。そんなコトまでしてくれたんだ!。
「そうよ。天馬が、奈美に会って話して来なきゃ恨みが残っ
ちゃうから、恨みを消せるのは女同士だよなあ、って言うん
だもん。」
本当に根本も沙羅もいいヤツだ。俺は逆の立場だったら、
そういう行動が出来るだろうか?。
「奈美は、美子さんのことには気付いてた。だから恨んだ。
ドク太クンのことは今も好きかも知れない。でも、横恋慕し
て脅かすようなことはもうしないと思う。話をしてるうちに
顔から険が消えたから。話して言霊にして、言挙げして、諦
めてくれたみたい。日本にはいい儀式があるよね。
奈美は高1の時から、ドク太クンが国産みの相手と思い込ん
で暮らして来た。この思いは強烈だった。瀬臼も預言みたい
に言わないでしっかり言えばいいものを、高1から思いを育
ててれば奈美も自然と思い込むよね。しかも思春期の時から
ずーっとこの人と国産みをするんだと信じてた相手だもん。
思春期に心と体を結び付ける思いは1番強いものかも知れな
い。そりゃあ恨むよねー。」
沙羅はそう言うと、俺のアイス・コーヒーを飲んだ。
「あれ?。それ、俺の・・・。」
「これだけの動きをして来たんだから、アイス・コーヒーく
らいケチケチしないの!」
沙羅は言った。が、俺も言った。
「違うよ。根本がそういう沙羅の行動をヒヤヒヤしながら見
てると思って。
沙羅みたいなイイ女がそういうことすると勘違いするヤツだ
って居るだろう?。そういう時、根本は文句を言わないと思
うから、俺が気付かせてやろうと思って。これだけのことを
してもらってアイス・コーヒーをケチケチすると思うか?。
俺、ちょっと感動して聞いてたんだ。俺が逆の立場なら、そ
こまで出来るかな?って。それなのに根本のことになると平
気でサディスティックに扱うだろう?。信じてる証拠かも知
れないけど、俺達にそれだけのことをしてくれるナイーブさ
を持ってるのに、根本にもそのナイーブさを示したら、もっ
といい夫婦になれるのに・・・と思ってね。」
「ありがとう。ドク太。でも、そんな心配要らないよ。勘違
いしそうなヤツには沙羅はそういうこと、しないから。」
根本は笑顔で言った。沙羅も笑顔だったが、
「美子の前で何するんだよ、って言えば素直なのに・・・。」
と言って、「こっちはブレンド2つ。」と美子に言った。
「はい。ありがとうございます。沙羅さんて、カッコいいで
すね。」
美子は、微笑んで沙羅の顔を見た。
「俺は、アイス・ミルクのブルーとピンクとを1つずつ。」
柴田は言った。カランカラン。注文が終わったところで波
瑠が来た。
「ごめんね、沙羅。何か勘違いさせてたんだって?。久しぶ
り!。相変わらず綺麗ねー。女のアタシから見ても惚れ惚れ
しちゃう!。」
なんか語順がバラバラの波瑠。馬蹄 波瑠。苗字は一緒だが
沙羅とは親戚関係ではない、と高校の頃聞いたことがある。
しかしこうしてみると、男は普通なのに、女達はすごくいい
女達だなあ。高校生の時より、女として完成して来てるから
だろうか?。本当に年齢を感じさせない、というか、う~ん
・・・、いいオンナなんだ。痩せているのにガリガリではな
い。適度な柔らかさをたたえた体。物腰。声のトーン。「あ
あ、女神様!」って言いたくなるよなあ。
「ドク太クンは本当に久しぶりねー。今回は大変だったわね
ー。アリヒロから聞いたんだけど。」
くすっ。とうとう笑ってしまった。俺はつい、
「変わらねーなあ。その語順、全然直ってねーのな。」
「えーっ?。だいぶ直ったんだよ。アリヒロもそう言って
る。」
波瑠が答える。俺は、ちょっと考えてから、
「2人はどっちからコクったの?。」
と 突然訊いた。波瑠は一瞬固まって、突然大声で笑い出し
た。
「イヤだー、もう、ドク太クンたら!。」
全員、波瑠からコクったのが判った。
「もう少し待ったら、柴田くんがコクったのにねー。」
沙羅が両手を合わせ、拝むように言った。ご愁傷様、と聞こ
えてくるような身振りだった。
「私は、早い者勝ちだと思ったんだ。私の方から思いを伝え
たんだから、後は私の愛情に答え続けてね、って堂々と言え
るじゃない?。」
波瑠は、当たり前のように言った。それを受けて沙羅が、
「惚れた弱みを見せないで居られるといいね。女は愛され続
けてる方が本当に楽よ。自分から言い出しちゃったら、男は
図に乗るんだから。」
と 言った。波瑠は、
「あら、そういうもの?。それならそれで、私が愛し続けれ
ばいいのね?。愛することは自分で出来るけど、愛されるこ
とは相手の気持ち次第だから難しいかも知れないモンね。」
波瑠の母親のパールヴァティーは、自分の心に忠実な女神と
言われている。でも「うっかり者」だ。シヴァとパールヴァ
ティーの間に生まれた子がガネーシャ(聖天、歓喜天)だ。
様々な言い伝えはあるが、パールヴァティーがガネーシャの
頭をうっかり燃やしてしまい、嘆き悲しんでいた。可哀相に
思ったブラフマーが手近なもので修復しようと申し出て、象
の頭を付けたとも言われている。母性愛の象徴と言われてい
るが、女としてシヴァの愛を自分に向けるためにあらゆるこ
とをする、オンナとしての側面も強く持つ神だったようだ。
柴田は、さっきから何も言わずに波瑠に見惚れてる。喋る
仕草、内容ともに、これ以上はないくらい幸せそうな顔で聞
いてる。
「この顔をずーっと見てられるなら、私が惚れて愛しちゃっ
たからアリヒロが付き合ってくれてるってことでOKなんだ
なあ(^^)。」
と 柴田の顔を見ながら波瑠が言った。柴田は、
「俺は高校1年の時から大好きだったから、好き過ぎてコク
るタイミングを逃してただけだよ。だからコクられた時、間
髪を入れずに『俺もずーっと愛してた』って言ったんだ。」
マスターが目を細めて、ニコニコしてる。美子がアイス・
ミルクを2つ持って来た。柴田の前にブルー、波瑠の前にピ
ンクを置いた。
「あ、アナタがドク太クンの恋人の美子さんね。アリヒロか
ら、何度か聞いたわ。ドク太にはもったいない可愛い彼女だ
って。」
波瑠が言うと、
「そんなコトないですよ。ヒロシのお友達は美人ばかりで私
はいつもヒヤヒヤしてます。」
美子が言うと
「じゃあ心配ないわね。1番可愛いのは美子ちゃんだから。」
と 沙羅は微笑みながら言った。「さん」から「ちゃん」に
変わった。親近感を表すのは女の方が上手だ。
トレイにブレンドを2つ乗せて来て、ソーサーにカップと
スプーンを乗せ、柴田と沙羅の前に1つずつ置いて、
「ん~、大人のオンナの魅力に憧れます。」
美子の台詞は本音だろう。でも、今持ってる魅力が1番だ
と俺は思う。大人の魅力は大人になって行く時に身に付いて
行くものだと思う。
カランカラン。ドアが開いてメシアが揺れそうなデカイ声。
「おー、今日は同窓会か?」
一瞬、間を置いて、男達は
「ジャミラ!。」
女達は,
「エンキドゥくん!。」
波瑠は、
「本当に同窓会みたい!。久しぶり!。」
と 言った。
「ジャミラがドク太と美子ちゃんに霧亀と伊寿樽が付き合っ
てるって言ったんだな?。」
柴田が言った。
「おう。そうだよ。真実だからな。」
ジャミラが答えた。
波瑠は心配そうにジャミラに言った。
「大丈夫?。」
「ああ、大丈夫だよ。心配してくれてたのか?。ありがと
う。」
2人の話が見えない。根本もそう思ったらしく、
「今の会話は、何を言ってたの?。」
ジャミラは頭を掻きながら、
「波瑠は唯呈(亜幌出 唯呈:アフロディーテの子孫、あほ
ろで ゆいて)とか、名簿でも隣だった美瑠紅(鳩堀 美瑠
紅:ホトホルの子孫、はとほる みるく)と今でも付き合い
があるから、伊寿樽の件は、直接本人からか唯呈から聞いて
知ってるんだろう。」
と 言った。波瑠は
「最初は唯呈から聞いて、その後、直接ミリッタから聞いた
わ。」
と 言った。
柴田が、
「波瑠からアイツらが付き合ってることは聞いたけど、その
他にも何かあるのかい?。」
と 波瑠に訊くと、そこに割って入るような感じで、ジャミ
ラは、
「コーヒー、頼んでいいか?。」
と 柴田と俺に言った。マスターを見ると
「お客さん、ブルーマウンテンはいかがですか?。」
と 声を掛けた。ジャミラはニコッと微笑んで、
「おお、いいですね。お願いします。」
と 言った。ジャミラはしばらく微笑んだまま、遠くを見て
いた。
「大学時代、伊寿樽に付き合ってくれって告白しに行ったの
は、この俺だったんだ。」
少しの静寂の後、「え~っ?!。」という声が一斉に起こっ
た。
俺もその1人だが、みんな耳を疑ったことだろう。波瑠だ
けは知ってたんだろうけど・・・。柴田は、まだ聞いていな
いようで、俺達と一緒に驚いていた。
「神話クラスの課外授業で、ギルガメシュ叙事詩のことを知
って、俺は悩んだ。いずれ、エンキドゥ、つまり俺は、イシ
ュタルの恨みを受けて死ぬ運命にある、と思ったからだ。瞬
はその物語を知っていた。だから、高校に入ってから伊寿樽
と出会い、恐怖したそうだ。その結果、アイツは伊寿樽とは
口を利かなかった。高校3年間一切口を利かなかったんだ。
逆に俺は、現世ではシャムハトによって人間にしてもらわな
くても最初から人間として生まれてたから、体は強かったけ
ど普通に伊寿樽を見ることが出来た。そのおかげで、俺は伊
寿樽とはよく話した。もっとも放課後とか、帰ってからとか
瞬の目の届かない所でだ。そのうちに段々、俺はイシュタル
のことを好きになって行った。ただ、気持ちを伝えたり、告
白したりはしないまま、卒業した・・・。」
美子がブルマンを持って来てジャミラの前に置いた。いい
香りがする。
「ありがとう。いい香りだね。」
ジャミラは、美子とマスターに言った後、一呼吸置いて、話
し出した。
「大学に入って、瞬と俺は、また同じアメリカンフットボー
ル部に入った。1年からレギュラーで、俺達が出れば負ける
ことはなかった。或る日、キャンパスで伊寿樽に会った。伊
寿樽 美里手(いすたる みりて)。俺は舞い上がった。俺
のことを追いかけて同じ大学を選んだんだと思ったからね。
で、部の強化合宿明けの休みの日にデートの約束をした。合
宿は、瞬と同じ部屋だった。夜、寝てる時に瞬はかすかな寝
言を言った。『ミリッタ・・・』と聞こえた。イシュタルは
アッカド名だ。ミリッタはアッシリア名。瞬の気持ちが解っ
てしまった。強く意識するから3年間、喋らない、ってコト
が出来たんだ、ということに。瞬は伊寿樽がイヤで喋らなか
ったんじゃない・・・。伊寿樽は神話の時代のイシュタルじ
ゃない。伊寿樽にフラレて悲しい思いをした男なんて見たこ
とないだろ?。伊寿樽は、本当に優しいイイ女なんだ。みん
な魅かれる。でも、1番魅かれていたのは、瞬だとは思って
もいなかった。その時から、デートの日までは長かった。ど
うしていいかわからないほど本当に長かった。愛の告白の日
と思ってたのに、瞬の気持ちを知ってしまった。そして、当
日を迎えた。」
ジャミラはコーヒーを一口飲んで「うまい・・・」と言っ
た。
「俺は伊寿樽に、『おまえ、性愛の神になるのか?』と訊い
たら、キョトンとした顔をして『そうよ。性愛の神だもの、
私。なるかならないかなんて、選択の余地はないのよ』って
答えた。俺は、『もう120人も愛人は居るのか?』と訊い
たら、『居る訳ないじゃない。まだ現世では処女だもの。』
って言われた。『瞬が、おまえのこと、いつも思ってるみた
いだ』、と言った。合宿中、寝てる時に『ミリッタ・・・』
とかすかな声で言ってるのを聞いてしまった、とも言った。
伊寿樽は、涙ぐんだ。そして、『霧亀くんは高校3年間、1
度も口を利いてくれなかった。お友達になって欲しかった。
それが心残りで霧亀くんが受験する大学を調べて私も受験し
たの』。キャンパスで顔を見かけても無視される。でも、思
いは募る。どうしていいかわからなかった、と言う。エンキ
ドゥくんは、高校の時から仲良くしてくれる。大学でも話し
かけてくれる。でも、霧亀くんの親友なのに今まで1度も霧
亀くんの話をしてくれたことはない。それなのに、諦めかけ
てた今、初めて霧亀くんの話をしてくれた。私、霧亀くんに
気持ちを伝えに行く。
そういう伊寿樽に俺は言った。それじゃ、ギルガメシュ叙事
詩と同じになってしまう。おまえ達が幸せになり、俺も殺さ
れなくて済むようにしなければ、瞬にも伊寿樽にも本当の幸
せは訪れない。瞬は、俺のことを思って、伊寿樽とは深い関
係を持たないようにしていた。伊寿樽はギルガメシュ叙事詩
のイシュタルではない。瞬がイシュタルと付き合った悲惨な
男達の話を連想したとしても寝言を漏らすほど美里手のこと
は好きなんだ。そこで、2人で芝居をすることを持ち掛け
た。」
ジャミラは、コーヒーを啜り、また続けた。
「俺がおまえに、瞬に聞こえる所で告白する。おまえは悩ん
でる顔をする。俺はおまえに訊く。『俺じゃダメなのか?。
おまえの心に居るのは誰なんだ?』。おまえは答える。『霧
亀くん。3年間1度も口を利いてくれなかったけど、大学で
は話してくれるかと思って追いかけて来たの』。俺が言う。
『それなら瞬に告白すればいいじゃないか』。おまえが言う。
『それじゃダメなの。エンキドゥくんが死ぬ運命を導き出し
てしまう可能性が高くなるわ。2人は親友だもの。ギルガメ
シュ叙事詩の二の舞はイヤなの』。俺が言う。『それじゃ、
瞬が伊寿樽に告白すれば歴史は変わるかも知れない。おまえ
から恨まれる状況にはならなくなるからな』。最初、伊寿樽
はうんとは言わなかった。それでは俺を傷つけてしまう。私
のために思ってくれてる人を踏み台には出来ない。それに、
私、本当に諦められるかも知れない。エンキドゥくんと付き
合うっていう選択肢だって、まだ残されてるって考えてもい
いんでしょう?。その気持ちだけで俺は充分だった。アイツ
が告白したら、その後で伊寿樽と俺から、このお芝居の話を
して、瞬が告白してくれて良かった、ってネタをバラせば、
愛情も友情も深まる、と俺は思ってた。」
ジャミラは、ほーっと、大きな溜息をついた。
「その日の夕方、俺は瞬を呼び出した。これから伊寿樽に気
持ちを告白するつもりだ。アイツはずーっと真面目に生きて
来たと思うがイシュタルの娘だ。きっと、男を欲しくなる頃
だと思う。俺が伊寿樽と結ばれる所を見ていて欲しい。」
「何でそんなに伊寿樽をおとしめるような言い方をしたんだ
よ?。おまえらしくもない。」
柴田が、ジャミラの目を睨むように言った。ジャミラは、
笑いながら、
「瞬から告白させなきゃいけないんだぞ。俺は、瞬が美里手
のことを大好きなのは解ってるんだ。瞬に、伊寿樽のことを
エンキドゥには渡せない、と思わせなきゃ意味がないじゃな
いか。」
柴田は、「おまえってヤツは・・・。」と呻くように言っ
た。
「瞬は『エンキドゥ!。美里手のことをそんなふうにしか思
えないなら、告白なんてやめろ!』と本気で怒ってた。俺は
場所と時間を告げて、告白している間は絶対に出て来るな、
もし伊寿樽に見つかったら友達の縁を切るからな!と言った。
瞬が来ない筈はない、そう思った。」
ジャミラは、波瑠の顔を見ながら声を落として話し始めた。
「そして、瞬が木陰に隠れているのを確認して、俺は告白の
芝居を始めた。『伊寿樽、いや、美里手。俺はおまえが好き
だ。高校の頃から愛している。付き合ってくれないか?』。
正直に言うと、芝居じゃなく本気だった。
美里手は何も言わなかった。
『誰か好きな男が居るのか?。俺じゃダメなのか?。おまえ
の心に居るのは誰なんだ?』。
美里手が口を開いた。
『霧亀くん。3年間1度も口を利いてくれなかったけど、大
学では話してくれるかと思って、追いかけて来たの』。
俺が言う。
『それなら、瞬に告白すればいいじゃないか』。
美里手が言う。
『それじゃダメなの。エンキドゥくんが死ぬ運命を導き出し
てしまう可能性が高くなるわ。2人は親友だもの。ギルガメ
シュ叙事詩の二の舞はイヤなの』。
この辺で、瞬は出て来ると思ってたんだ。ところが、なか
なか出て来ない。
3分、いや、1分くらい経った頃かな?。美里手が思わぬこ
とを言った。
『エンキドゥくん、もうやめよう。霧亀くんは、本当に私の
ことが嫌いなんだよ。歴史は変わらなかったの。もうイヤ。
こんな蛇の生殺しみたいなこと、やめようよ。私、おかしく
なっちゃう!。』
美里手は、そこで立ち尽くして泣いていた。そして、フラ
フラと俺の方に歩いて来て、俺の胸で泣き始めた。背伸びし
て、目をつぶっている。泣きながら、俺とキスしたくなって
るんだと思った。何かにすがった方が楽な瞬間だったのかも
知れない。その時、俺も伊寿樽のことが猛烈に欲しくなって
顔を近づけようとした瞬間、『バコッ!』。何が起きたのか
解らなかった。気が付くと、俺は地面に倒れていた。痛いと
か殴られたとか気が付くのに、数秒かかった。
瞬が美里手の肩を両手で掴んでいた。
『すまん。初めて話をするのに、こんなことを言って申し訳
ないが・・・。俺は美里手のことが好きだ。一緒になってく
れ!』。
俺は、作戦成功!と思って嬉しかった。『付き合ってくれ
!』じゃなくて『一緒になってくれ!』か。負けたなあ、と
思った。だけど、美里手は
『遅過ぎるよぉ~!。私、霧亀くんのことだけを思ってた。
でも、今は、エンキドゥくんのことも、もう好きになってる
んだよお。』
と 大きな声でわーんわん泣き出した。
瞬は、俺に言った。
『どうして、こんな小細工するんだあ!。イシュタルの割れ
た心を癒して、くっ付けて、俺を一途に愛せる女にしたかっ
たのに、余計なことをしてくれたなあ!』。
伊寿樽は言った。
『私の割れそうな心を何とかくっ付けてくれたのは、エンキ
ドゥくんだよ。霧亀くんは、くっ付いて来てた私の心を、完
全に2つに割った。それでも、霧亀くんを恨めない。霧亀く
んを恨んだり、憎めたり出来たら、もっと楽なのに』。
俺は呆然としていたが、正気に戻ってその場を去ろうとし
た。
『エンキドゥくん・・・。ありがとう。本当にありがとう。
でも、最大のわがままを1つ、最後に言っていいかなあ。』
伊寿樽は、泣き止んで、決心したように言った。
『私の前から一生消えて。そうじゃないと、母と同じように
なっちゃう気がする。女神の血を引く英雄の筈なのに、鬼の
ようなコトを言ってるのは解ってるつもり。でも、霧亀くん
に愛されて、2つに割れた心をくっ付けるには、それしかな
いと思う。会えば、また心が割れてしまうかも知れない。私
が去るか、アナタが去るかしかないと思うの』。
俺は2つ返事で答えた。
『解った。俺が去るよ。瞬、これからはおまえのこと、瞬て
呼ぶのも止める。どうしても、おまえのことを考えちゃうか
らな。霧亀って呼ぶ、って決めた方が早く忘れられる気がす
るんだ。』
瞬は何も言わなかった。そして、俺に涙を見せた。歩き去
る俺の背中に、瞬の慟哭が聞こえた。
『うおおおぉぉぉーー~~っっ!!』。
それが、アイツのラブ・ストーリーの始まりだ。それ以降
は、会ってないからわからない。」
重い空気が垂れ込めていた。
「『クリスマス・プレゼント』のような話ですね。モノじゃ
なく人だとこんなに重いんだ・・・。」
美子がぽつりと言った。そして続けて、
「お互いに1番大切なものを知ってるって、辛いことかも知
れないな。」
と 言った。
波瑠が、その後、ニヤニヤし出した。不謹慎なヤツだと思
ったが、ジャミラが、そわそわし始めて、
「波瑠、その顔は・・・、知ってるのか?。」
と またも意味不明なことを口走った。波瑠は波瑠で、
「あははは。みんなそんなに深刻にならなくても大丈夫よ。
実はね。」
「てめー、みんなの前で言ったら承知しねーぞっ!。」
烈火のごとく、怒るジャミラ。
「エンキドゥくんは、その後もいっぱい恋愛はしてるのであ
りまーす。」
波瑠は、柴田の影に隠れながら、笑い出した。
とりあえず、根本がジャミラと波瑠の間に割って入る。
「でも、エンキドゥくんは、よっぽど美里手のことが好きだ
ったみたいで、恋愛の女神達と次々に関係して行くんだよ。
しかも凄いの。1度始めると、6日7晩とか、えんえんと女
神を抱き続けるんだよねえ?。女神でも、しばらくはしたく
ないって思うくらいにねー。唯呈も美瑠紅も、それに付き合
ったんだから。私にも、『アンタも慰めてあげたら?』って
話があったんだけど、私は愛の女神でも、神聖娼婦でもない
から、エンキドゥくんに壊されないようにご辞退申し上げた
わ。」
「てめー、波瑠!。」
ジャミラは真っ赤を通り越して、少し青っぽく見えた。
「大丈夫。唯呈も美瑠紅も、そんなコト言われちゃイヤ~っ
てほど、恋愛遍歴は少なくないから。」
波瑠は、ケタケタ笑ってる。美子が、波瑠を見ながら、
「浮気って許せないものだと思ってたけど、心が割れてる時
にだけは有りなんですね。神は長い神生の中で、そういう思
いを幾度となくしてるのかも知れないなあ。」
それを聞いて、波瑠が
「私達みたいな英雄の世界では、本当は許されないわよ。1
人を愛し続けるだけで一生っていう時間では足りないもの。
何万年も生きられる人のモノよ、浮気って。ね?、アリヒロ
・・・。」
その様子を見て、ジャミラは
「あれ?。おまえ達、今、付き合ってるの?。そうか!。ど
うだ、気持ちいいだろう?。」
波瑠が、
「アンタね、2人しか知らないから燃えるってことあるでし
ょう?。恋愛の女神をターゲットにしたら、そのために有る
存在達なんだからみんなに話すに決まってるでしょう!。」
ビックリした顔のジャミラ。
「ホント?。知らなかった!。2度と恋愛の女神達には手を
出さねーよ。あ~あ、恥ずかしかった!。」
いつの間にか、空気は戻っていた。
「神話ってのは、神々の物語なんかじゃねーよ。失われた記
憶を思い出させる記憶装置だよ。」
ジャミラが言った。
「いろんなことが断片的に記憶の中にあるような気がする。
血は、記憶も一緒に流し続ける物質だったんじゃないだろう
か。神はDNAを持たないから、神の能力が遺伝することは
有り得ないって言われてる。でも、血の中に記憶が流れてい
たら、経験は繋いで行くことが出来る。」
ジャミラって、難しいことを考えてたんだなあ・・・。
「時空を超えて、覚えておくべきことだけを集めたもの、そ
れが神話だ。今、人類は第5世代を迎えているらしい。初代
は優れていた。2代目は質が落ちた。3代目は巨人族だっ
た。4代目は神々と言われる長寿命の存在と人間がシンクロ
した時代。5代目は、さらに質が落ちた現在の人類。その世
代が絶滅する時、残さなきゃならないものだけをまとめる力
が働く。失われた記憶を思い出せるように作ったもの、それ
が神話と呼ばれる。」
「だとしたら、神話の大切な部分はどこなんですか?。何が
残すべきモノなんですか?。」
美子が訊いた。
「いい質問だ。俺にもまだ答えは出ていない。が、たぶん、
『名前』と『シンボル』としての数字や順番や記号。」
ジャミラが答えた。
「『名前』と『シンボル』か。神の名前、人の名前、地
名・・・、名前だけでもたくさんあるなあ。シンボルと言え
ば、円に内接した三角形や、十字架等、やっぱりいろいろあ
る・・・。」
柴田は、例を挙げながら、考えているようだった。時も場
所も超えて、伝えたいこと。
ノウハウや方法や事柄ではなく、名前とシンボルを伝えよ
うとした古代の人々。俺が伝えたいものに優先順位を付ける
と、どうなるんだろう。きっと、最優先項目は、「美子への
愛」だ。それ以上に伝えたいもの等ない。言語文化史より、
料理の作り方より、楽しいと思う遊びより、伝えたいものは
「愛」だ。
聖書の中には、愛が詰まっているのだろうか?。神話の中に
は、愛が詰まっているのだろうか?。