9、共時性(きょうじせい)
Synchronicity
1週間が経つのは早かった。まだ柴田は自宅には帰るな、
と言ってくれてるおかげで、1週間ずーっと美子の部屋に
泊まってる。郵便だけは気になるが、電話は自宅で出られ
なくても、急ぎの用件の電話は携帯に掛かってくるし、何
も問題は無かった。根本があと1~2日で帰れると思うっ
て言ってるらしい。
「沙羅もドク太を殺す気でいた訳ではないみたいだって伝
えてくれ」って柴田に言って来たそうだ。
美子は、柴田と早く会いたいそうだ。顔を合わせたら、
霧亀瞬と伊寿樽美里手は今どうなってるのか聞きたいそう
だ。瀬臼先生が気にしていたのは、「ジャミラ」こと(肩
のイカッた)遠木藤正夫が同じクラスに揃ったからだ、と
いう部分に興味をそそられているらしい。
ギルガメシュ叙事詩は読んでみた。俺がネットで探して、
その文献を読んでいると、それよりこっちの方がわかりや
すいよ、って別のサイトを教えてくれた。本当に読みやす
いサイトで、俺と美子はくっつくようにして、同じ画面を読
んだ。その中に出て来るイシュタルに魅かれているのが
よく解る。イシュタルの説明には、こう有った。
「アヌ、またはシンの娘。愛の女神、また金星の神。時代
が下り、アッシリア時代になると戦闘神の一面も持つよう
になり、祭儀ではライオンが捧げられた。以後ライオンは
彼女のシンボルとなる。フェニキアのアスタルテ、エジプ
トのハトホル(あるいはセクメト)、ギリシアのアプロデ
ィーテー、ローマのウェヌスに相当。」
「ギリシアのアフロディーテも、ローマのヴィーナス(イ
ギリス読み)も、エジプトのハトホルも、このイシュタル
っていう女神様が元になってるんでしょう?。でも、他の
女神様は『美と愛の女神』っていう感じだよね?。イシュ
タルだけはどっちかって言うと『性愛』の女神だよね?。
みんな金星の神っていう所も共通してるけど、イシュタル
は『愛欲』。他の女神は『美と愛の女神』っていうイメー
ジ。メソポタミアだけ、どうして『性愛』とか『愛欲』の
女神様なんだろう?。」
美子が不思議そうに言う。俺は思ってることを言った。
「アフロディーテもヴィーナスも奔放な性格で浮気好きだ
よ。似てると思うけどなあ。ローマ神話では、『愛欲の神
クピド』つまり、イギリス名でキューピッドを連れてる。
役割を分散させることでイメージを持ち上げたんじゃな
い?。」
「でも、イシュタルはもっぱら性愛の女神ってイメージだ
よね?。性交は新しい命を産む行為だから『豊穣の女神』
でもあるし、古代バビロニアでは性交は一種の神聖な儀式
だったって言うじゃない?。女達は生涯に1度、イシュタ
ルの神殿で見知らぬ男に抱かれる義務を負っていたとも言
われてるって書いてある。のちのキリスト教徒がバビロニア
を背徳の都って言ったのはその風習が理由でしょう?。」
美子はキリスト教徒の考え方が当たり前みたいに言う。
俺は、
「たぶん『豊穣の女神』としては、妊娠・出産を増やした
かったんだよ。とっても仲のいいカップルほど、なかなか
妊娠しないって知ってた?。いつもえっちしてザーメンを
出すけど妊娠しないように膣外射精とかをしてると、精液
は膣が覚えて『異物』って判定するようになるんだって。
だから、子供を作りたいと思っても、いつもえっちしてる
相手の精子は異物だから着床しなくなる。そこで、他の男
の異物が入って来ると妊娠しやすくなる。子供はできやす
いけど、育てる人がいなくなるのは困る。だから一生に一
度、イシュタルの神殿で神聖な儀式として執り行う必要が
あったんじゃない?。」
と言うと、美子は、
「え~、ホント?。じゃあ、私の体ってヒロシの精子を異
物って判定してるのかな?。」
俺は笑って、
「まだそうなってないと思うよ。なんなら今から試してみ
る?。」
美子は「う~ん・・・。」と唸ってから、
「今日は、美味しいものが食べられるのに、うぷっ、とか
なるとイヤだからヤメとく!。」
「あはは(^O^)。今日、つわりにはならないから大丈夫。
ほら・・・。」
と 抱き締めて、美子の背中に回した手をクッションにし
て横になった所で、
「ストップ!。今夜メシアから帰って来てからにしよう!。
そのまま眠ってもいい時間に、ね(^^)。」
と キスだけされた。俺の腕から起き上がり、
「さっきの続きが気になるんだもん。もう少し教えて!。」
と 言われると、今は諦めるしかなくなる。美子はイシュタ
ルの生まれ変わりじゃないのか?と思う。だって「ダメ!」
って言われたら、強引にでもしちゃおうと思うけど、そのま
ま眠ってもいい時間がいいってシチュエーションをハッキリ
させて(私もしたいけど)今はストップ!って言われると、
男は自尊心も満たされるから、とにかくしたい!じゃなくな
る。このパターンを使えば120人くらいの恋人は作れそう
な気がしてしまう。
「イシュタルは、ギルガメシュを気に入った。ギルガメシュ
は、イシュタルと付き合った男達の捨てられたり飽きられた
りする悲惨な末路を知ってたから、断った。イシュタルは激
怒して復讐を誓い、その結果、エンキドゥが犠牲となって病
死しちゃうって話だよね?。親友を失ったギルガメシュは嘆
き悲しみ、人の命が永遠ではないことに気付く。以後『死』
を極度に恐れるようになる。そして、永遠の命をどうしても
欲しくなって、生命の秘密を知り得た唯一の人間、ウトナビ
シュティムに会うために過酷な旅を続ける。ウトナビシュテ
ィムは、ギルガメシュの熱意にほだされ、自分が不死となっ
た経緯を彼に伝える。それが、のちの聖書の『ノアの方舟』
伝説の原型と言われてる。そこでヒロシに質問でーす。」
美子は手を上げた。俺は
「はい、水門くん。」
と、美子を指す。
「このウトナビシュティムさんは、なぜノアさんではなく、
ウトナビシュティムさんなのでしょうか?。」
と訊くから、適当に思いついたことを答えた。
「それはね、イシュタルはなぜ、ギリシアではアフロディー
テ、ローマではウェヌスと呼ばれたのか、説明できるか
い?。」
「なるほど!。了解。じゃあ、メソポタミアの人達は、自分
はウトナビシュティムの子孫だって信じてるってコトだよ
ね?。」
美子が言うので、俺は
「聖書に書いてあることは事実だ!、と思う人と同じくらい
の割合で、バビロニアにも、ウトナビシュティムが自分の祖
先である、と思ってた人はいるかも知れないね。」
と 答えた。すると、
「もう、ヒロシったら!。さすが先生だね。納得できる答え
方だよ。」
と 言ったので、少し冷やかすように言い返した。
「そんなことが知りたかったの?。もっと、本当に知りたい
ことが別に有ったんじゃないの?。」
「う~ん。そうなんだけど、うまく言葉にならないんだ。例
えば・・・、イシュタルの怒りはギルガメシュに対してなの
に、どうしてエンキドゥの死で落着するのか?。この時代に
は身代わり意識が強いような気がするんだよね。例えばピラ
ミッドの中に一緒に埋葬されてる生贄(いけにえ)の数。王
様に殉死することを誇りのように思えた時代があったってコ
トだよね?。でも、恨みって、その特定の相手に向くものの
ような気がする。ギルガメシュの人生を、あっ、2/3は神
の方の神生か、台無しにすれば復讐ってOKになるのかなあ、
と思って。」
美子は、考えながらゆっくりと言った。そして、
「イシュタルの冥界下りのお話はストリップみたいでしょう
?。娼婦の守護神だし、イシュタルって、当時の男性の願望
が生み出したセクシュアルな圧倒的パワーを持ったアイドル
なのかなあ・・・と思って。しかもドSの。男の人はドMが
多かったのかもね。なんかイシュタルのコトを知るうちに、
レディー・ガガみたいって思えて来てね。男達を振り回すみ
たいな感じで。
それにしてもエンキドゥは可哀相だよね。1週間もの間、娼
婦のシャムハトと交わり続け、人間になったって言われてる
神の造った存在なのに、ギルガメシュの代わりにイシュタル
のプレゼントを取りに行って、呪いを受けちゃったんでしょ
う?。」
美子はエンキドゥが可哀相だと思っている。エンキドゥは
どう思ったのだろうか?。最初、神聖娼婦のシャムハトを恨
んだ。しかし神に諭され、自分の運命を穏やかに受け入れ、
死んで行く。オリエント哲学の基本を定着させたとも言われ
ている。友の身代わりとなって死すのは本望、を地で行って
るような人物だ。
「そういえば神話クラスには亜幌出唯呈(あほろでゆいて)
っていう子と、鳩堀美瑠紅(はとほるみるく)っていう子が
居て、伊寿樽美里手(いすたるみりて)とは仲良しだったん
だけど、みんな元は同じ祖先だったんだね。」
「へえー、そうなんだ?。ヴィーナスって言う名前の人は居
なかったの?」
と 美子。
「ああ、神話クラスにはね。3年の先輩の中に、美偉那須奈
々(びいなすなな)って美人が居たなあ。」
「ふーん。ちょっと面白くないなあ。どうして私の前でそう
いうこと平気で言うかなあ。」
少しほっぺたを膨らませる美子。可愛いオンナ(^^)。
「あ、もうこんな時間!。早く居酒屋さんに行かなきゃ!。」
美子はさっと支度をして、俺の靴を揃えてくれた。一緒に
部屋を出て、居酒屋に入る。ランチでお客さんがたくさん居
るが、いつもはランチでは開けないAダイニングに衝立は
立っているが白衣を着た調理師達が何人か居る。カツオ
ちゃんを見つけて、美子と俺が
「今日はお世話になります(^^)。」
と 声を掛けると、
「やあ、ありがとうございます。ご無理言って申し訳ありま
せん。」
と 頭を下げて、こっちに歩いて来た。
向こうに居た大柄な図体の男が、こっちを振り向きながら、
「おお、ドク太じゃないか!。」
「おい、何でジャミラが居るんだ?。もしかして、福島店の
調理長って、おまえのこと?。」
俺がびっくりして言うと、美子も、カツオちゃんもキョト
ンとして突っ立ってる。
「今夜は俺、こっちに泊まりだから、後でゆっくり付き合え
よ。おまえのウチに泊めてもらおうかな。」
「あ、それは今はちょっと・・・。沙羅の呪いがハッキリし
てからじゃないとなあ。」
「沙羅?。アイツ、何かドク太に悪さしたのか?。・・・こ
ちらのお嬢さんはドク太の恋人?。」
「あ、みこっていいます。みなとみこです。」
突然話を振られて慌てて答える美子。俺は言った。
「あ、美子。コイツ、おまえが可哀相だと思ってる遠木藤だ
よ。まあ、直接コイツが可哀相な訳じゃないけどね。名前は
正しい夫って書いて『しょうふ』って読むんだ。まさにギル
ガメシュ叙事詩の世界だろ?。」
「おいおい、いきなりそういう紹介はないだろ?。本当のこ
とだから何とも言えないけどな。あははは。」
ジャミラは大きな声で笑った。美子の方を向いて、
「みこさんて、神社とかに居る巫女さんのみこ?。」
「いいえ、その・・・美しい子って書いて美子です。水門
(すいもん)て書いてみなとです。」
美子はテレながら答えた。
「積もる話もあると思いますが、美子さんは16時くらいま
でしか時間がないと伺ってますので、そろそろ始めさせても
らってもよろしいでしょうか?。」
カツオちゃんが、申し訳なさそうに割り込んだ。後ろで偉
そうに腕を組んでるのが本部の連中だろうか?。
「ああ、どうぞ。すみません、凄い偶然でビックリしちゃっ
て^_^;。」
俺はカツオちゃんに向かってそう言った。
「私も驚きました。10年ぶりくらいだったもんで、失礼し
ました。」
ジャミラも皆さんに向かってそう言って、試食会が始まっ
た。
「あ~、これ美味しい。これ、『カツオちゃんの土佐作り』
ですよね?。これは人気メニューになりますよ。」
みんな、同じ意見みたいだ。これは美味い。
「これも食べてみてくれ。」
ジャミラが出してくれた小皿に乗っているのは、牡蠣を少
し炙ってレモンと紅葉オロシで食べる美味しい料理だったが
名前を見ると『エン結び!美(味)し(い)な牡蠣』と書い
てある。ジャミラに
「何て読むの?」
と訊いてみたら、
「えんむすび、おしながき。」
ぶふーっと、吹いてしまった。かなり無理がある。美子が
「作った人の名前と料理の素材が名前に入ってるのがルール
なんですか?。」
と訊いた。本部の人が
「頑張ればメニューに自分の名前が出せる、という従業員の
モチベーションのアップも考えているので。」
と 答えた。美子は訊いた。
「遠木藤さん。本当は、どういう名前にしたかったんです
か?。」
「美味しいな牡蠣(おいしいながき)。」
美子はパチンと手を叩いて、
「そっちの方が全然良くないですか?。」
と 本部の人達の方を見た。そして、続けて
「どうしても作った人の名前を入れたければ、メニューとし
てじゃなくて、コピーライトみたいに、その名前の上か下に
サブタイトル風に添えるようにするとか。」
そう言うと、本部の人達は、
「う~ん、それではモチベーションが・・・。」
「本当にそうでしょうか?。自分の作ったメニューが人気ラ
ンキングでベスト3に入ってる!とか、そういう方がモチベ
ーションは上がると思いますよ。」
美子はキッパリと言った。本部の人は「そうなのか?」と
隣に居る調理長の1人に訊いた。
「ええ、結果がしっかり出た方が名前が出る出ないではなく
、モチベーションが上がります。海野の場合は、たまたまベ
スト・ネーミングだったから、凄くピッタリでみんなに羨ま
しがられたけど、僕の場合は田中だから『棚からぼた餅』し
か思い付きませんでした。」
みんな、ドオーッと笑った。美子は
「たぶん、制約を作ってしまうんじゃなくて、お客さんが呼
びやすいネーミングを優先して、その後で改めて名前をサブ
タイトル風に考えてもいいし、お客さんが言い辛ければ、そ
のままのネーミングで行く方がいいですよ。でも、『棚から
ぼた餅』は美味しかったんで、ベスト・ネーミングの1つか
も知れないですよ(^^)。」
と 言った。また、みんな笑った。俺も意見を求められた。
今日の20品の中から、良かったものを聞かせて欲しいと言
われたんで、
「僕は、1番が『カツオちゃんの土佐作り』、2番が『美味
しいな牡蠣』、3番が『鮭持って来い!』、4番が『ホッケ
もん食おうぜ』、5番が『餃子威勢』だと思います。今回は
ベスト10までが全店メニューになる?。それじゃあ、6番
が『よっしゃもう1つ』、7番が『棚からぼた餅』」、8番
が『馬い刺身』、9番が『白子の浜辺』、10番が『ツボっ
たサザエさん』だと思います。美子の方がメニュー決定には
見る目があると思いますが、1番から5番までは、メニュー
に載ったら間違いなく自分で頼むので選びました。」
①『カツオちゃんの土佐作り』はカツオの刺身の鱗側を少し
炙って浅葱がぎっしり乗った上に三杯酢と大根おろしが掛か
ってるメニューで、文句なく美味い。
②『美味しいな牡蠣』は、さっき説明したので省略。
③『鮭持って来い!』は鮭のハラスに竹串が3本末広がりに
(放射状に)刺さってて、皿の渕に竹串が乗っかってるんだ
けど、その皿の中が大根おろしと少し甘辛いタレで、海のよ
うに波打った感じがとても食欲をそそる。白髪葱が波の強さ
を演出してて見た目にも注文したくなる一品だ。
④『ホッケもん食おうぜ』はポケモントローゼのパロディー
だと思う(^^)。ホッケが2本の串に刺さって、大根の台座に
立っている。台座の回りには大根おろしがやはり波のように
うねってる。付け合せのキュウリと鰹節と醤油とを和えたの
が波頭風で、やはり盛り付けにセンスを感じる。
⑤『餃子威勢』は注文すると「行財政」と同じ発音になる。
でも、ふっくら肉厚で大き目の蒸し餃子5個の皮をパリッと
焼いて、角が2本あるみたいに餃子1つずつを立てて皿に
盛ってあるのが面白い。確かに餃子達の威勢がいいのだ。
⑥『よっしゃもう1つ』は焼いたシシャモが4尾並んでると
ころに、1つだけ子持ちシシャモが上にでーんと横切るよう
に乗っかってる。1尾だけ女王様のように見える様子が面白
い。合計5尾だが、4つシシャモ+子持シシャモ1尾ってい
う数がネーミングの動機のようだ。
⑦『棚からぼた餅』は、そのまんま。2段になった棚状の大
根の器に白玉のような丸い餅が上に7個、下に7個入ってい
る。それを倒して大根おろしをかけ醤油をたらせばからみ餅
風に食べられるし、甘いのが好きな人は、一緒に付いて来る
小皿の餡子の中に餅だけ取って食べれば、甘いデザートにも
なる。
⑧『馬い刺身』は、馬刺し。ニンニクと生姜のタレにつけて
食べる。お好みで胡麻油をつけても香ばしくて美味い。皿に
7切れ乗っているが、その1つ1つが馬の首から上の形に包
丁が入っている。紙切りのように、馬そのものの形と、切り
取った後の形と、14枚楽しめる。
⑨『白子の浜辺』は、白子が大根の千切り(刺身のツマのよ
うに細い)の上に乗ってる。皿の窪みにポン酢が入っていて、
そこが波打ち際のように見える。食べると白子は絶品だ。い
つの間にか大根の千切りも全部ポン酢で食べてしまう。これ
は日本酒を飲みながら食べるとペロリとなくなってしまうだ
ろう。
⑩『ツボッたサザエさん』は、サザエのつぼ焼。ただし、塩
を台座にして、そこに立ててあるサザエの貝殻の外側から、
酒をたらして火をつけて持って来る。火が消えると食べられ
るのだが、いきなり貝殻の蓋を自分で取ろうとすると火傷し
そうになる。お店の人に取ってもらって食べないとツボる。
美子は『ツボッたサザエさん』は企画第1弾メニューから
は、外すべきだと言った。たぶんヤケドする人が多いから、
ということらしい。代わりに選んだのは、『もう何皿だ?』
というメニュー。野菜サラダの上に牛肉をすき焼き風に味付
けしたのが乗っかって、ちょっと小さめの皿に盛り付けてあ
る。1皿だと少し物足りないから2つ3つと注文が増える、
というメニューだ。
あとは俺と同じものを選んだ。
「ありがとうございました。初期の企画メニュー10点がお
かげさまで決まりました。このあと、レシピ化して、来月か
ら新メニューを展開します。これからもよろしくお願いしま
す。選ばれた者も、今回は惜しくも選に漏れた者も、常にお
客様に喜んでもらえるメニューを考案すべく、日々精進する
ように。」
本部の中の1番にこやかな人がそう言って、調理長達と握手
して行った。そして、俺達の所へも来て、
「海野君から、選考していただく審査員をお願いしたいお客
様が居る、と聞いた時、まさか山門先生だとは思いませんで
した。先生の「男と女の『言挙げ』の違い」も『男と女の人
生相談』もずーっと拝読しておりました。」
俺が修士課程での勉強を終わる頃からやってる連載の仕事
だ。サイト上ではまずまずの人気だと聞いていたが、丸2年
も続けているとこういう偶然も出て来るんだなあ。ちょっと
ビックリした。
俺達には、優待券が渡された。何と10万円分!。しばら
くは、この店にはお金の心配をしないで来られる(^^)。
美子は「そろそろメシアに行く時間だよ。」と小さな声で
俺に言った。そして、本部の人に向かって、
「お役には立てたでしょうか?。」
と 訊いた。
「はい。それはもう。本当にありがとうございました。」
と 言われた。
「これからも、いろいろな段階でお力添えをいただきたいと
思っています。今後とも、我がメビウス・グループをお引き
立てください。よろしくお願い致します。」
丁寧な挨拶をされて、俺達は店を出ようとすると、カツオ
ちゃんとジャミラが一緒に外に出て来た。いつの間にか「準
備中」の札が掛かっている。カツオちゃんは、俺達に礼を言
うと、いつでも来てください、優待券が終わっても新しいの
を渡しますから、とウインクして行った。それも凄いなあ、
と思った。だって、ずっとタダじゃ店は儲からないじゃん?。
きっと、「いいメニューを出せば他のお客さんから稼げます
から」とか言うんだろうけど、お金を払って食べた方がいい
意見が出て来ると思う。
ジャミラは、片付けが終わったら今日は上がれるそうだ。
メシアの場所を伝えて、俺はそこに居るから、と言うと、店
を上がったら追いかけるよ、と言った。
そして、
「意外なこと、知ってた?。今、霧亀と伊寿樽は付き合って
るんだぜ。」
「えっ?、ホント?。神話の世界と違うことも起きるんだね
・・・。」
俺は、漠然とした不安が胸をよぎるのを感じた。
「アイツらは、きっといい夫婦になるよ。」
ジャミラは、嬉しそうに言った。美子も、嬉しそうに笑って
いたが、ジャミラの表情に少しだけ浮かんだ陰りを俺は見逃
さなかった。この違和感の正体は何なんだろう?。店に戻る
ジャミラの背中を見送りながら、俺は美子に訊いた。
「今ジャミラは、霧亀って言わなかった?。」
美子は「うん、言ってた。」と答えた。
それだ!、違和感の正体。ジャミラが霧亀瞬のことを苗字で
呼んだのなんて、聞いたことがない。しかも、アイツらは本
当にいつも一緒だった。部活だってアメリカンフットボール
部で一緒だし、クラスも3年間一緒。大学も同じ所に行った
筈だ。いつもジャミラは「瞬!」って呼んでた。霧亀は、ジ
ャミラのことをいつも「エンキド!」って呼んでた。伊寿樽
はいつも霧亀にアツい視線を送っていたが、霧亀は眼中に
無し、って態度をいつも取ってた。でも、確かに断ったことは
無かった筈だし、付き合っても不思議じゃない。しかし、神
話のイメージからして、アイツらが付き合うのだけはないと
思ってたけど・・・。
「霧亀さんは、きっと神話クラスの課外授業で、ギルガメシ
ュ叙事詩のストーリーを知ったんだよ。エンキドゥさんが生
きていられるように、そういう選択をしたのかも知れない
よ。」
美子は、ゆっくりと言葉を噛み締めるように言った。
「そして、エンキドゥさんもそれに気付いてる。だから、自
然と距離を作っちゃうんじゃないかなあ・・・。」
美子の考えてることは当らずといえども遠からず、だと思
う。ジャミラは霧亀に思った通りに生きて欲しいんだよな、
きっと。自分の存在に縛られてる霧亀より、好きなことを言
ってくれる「瞬!」を望んでるんだろう。
メシアへ向かって2人で歩き出したら、福耳の「星のかけ
らを探しに行こう」が鳴り始めた。俺の携帯が鳴ってる。
「はい、山門です。」
「おお、ドク太。今夜からお前、自分の家で寝ていいぞ。沙
羅の件、何もないって確認出来たそうだ。というより沙羅と
は直接関係ないって裏が取れたってさ。原因にはなってる
みたいだけど、あの4人を呼び出して叱ってくれたらしい。
詳しくはこれからメシアに行って話したいんだけど、時間
あるか?。」
柴田の元気な声が携帯から響いて来る。俺は、
「ああ、俺も今、美子とメシアに向かってるトコ。」
と 言った。柴田は、
「おっ、それじゃ美子ちゃんに代わってよ。」
とすぐに言った。
「どうせ今夜からは1人でゆっくり寝られるよ、とか言うん
だろう?」
俺が切り返すと、
「いや、伝えたいことがあるんだ。」
俺は、美子に携帯を渡すと、
「はい、代わりました。・・・はい、さっき聞きました。え
ーって、声が大き過ぎますよお。・・・はい、後で、もっと
驚くかも知れませんよ。・・・秘密です。じゃあ、ヒロシに
戻します。」
と 笑いながら受話器を返して来た。耳を当てると
「何で霧亀瞬と伊寿樽美里手が付き合ってるって知ってるん
だよ?。俺に会いたいって思ってくれてたから、折角調べた
のに・・・。」
「おまえ、人の恋人にテレパシーでアクセスしてんじゃねー
よ!。」
「違う違う!。それは誤解だ。俺がアクセスしたのはドク太
だよ。」
どこまで本当かは判らないが、まあ、そういうことにして
おこう。
「逆にドク太は俺にアクセスしなさ過ぎだぞ!。俺、波瑠と
付き合い始めたのに、全く興味も示さなかっただろ?。」
と 少しムッとした感じの声。
「えっ?。いつの間に?。それはおめでとう(^^)。良かった
じゃん、思いが叶って。」
と 俺が言うと、待ってましたとばかりに
「波瑠からコクって来たんだぜ!。」
って嬉しそうに言う柴田。
「え~っ、何で?。どういう成り行きだったの?。」
俺が訊くと、
「それは、後でのお楽しみ。それより誰が来るんだよ?。」
と 柴田が訊くので、俺も言った。
「じゃあ、それも後ほど。知らないで会った方が面白いじゃ
ん。でも、すぐ分かるぜ。」
「ふーん。了解。」
と 柴田は携帯を切った。
「何かシンクロニシティーの嵐みたいな日だね(^^)。」
美子がニコニコ笑いながら言う。俺は内心思った。テレパシ
ーを使えるヤツは、シンクロニシティーって言わないのかも
知れない。神々の思いはアクセスすれば分かってしまう。
だから神々はそれがウザクて人間を愛するのかも知れない。