4、神話(しんわ)
Myths
教授棟の部屋は少々狭い。4人で話すなら学食にでも行こう
か、と言うと、話の内容が内容だからここの方がいいと3人とも
言う。 ドアを閉めて折りたたみ椅子を3つ出して4人で腰掛け
て話し始めた。
「まず、何から訊きたい?」
柴田が言った。
「何から訊いたらいいんだろう?。沙羅そっくりの4人組が突然
現れて俺の命の期限を今日の帰りまでって言ったとか、俺が
ヤマトタケルの子孫だとか、神話が本当にあった話だとか、
根本ん家の夫婦喧嘩が何で俺に関係するのかとか、何が何
やらサッパリわからない事だらけだ・・・。」
俺は一気に言った。
「それにあの女の子達と、声を耳で聞いて言葉として認識して
交わす言語じゃなく、頭に直接響いて来るテレパシーみたい
なコンタクト方法でアクセスされたと思ったら、大黒くんの出現
で俺まで大黒くんとその方法で喋れるようになっちゃったり、
突然何が変わってそういうことが起きたのか理解できないん
だよ。」
「そりゃそうだろうな。わかるよ、その気持ち・・・。だけど俺
達は高校の時、みんな気付いてた筈なんだ。瀬臼先生の
クラスだった生徒はみんなね。1年の時のあのクラスは
別名『神話クラス』って言われてたんだぜ。」
「なんだよそれ!。初耳だぜ!。」
ん~・・・。何かが光ったように記憶がフラッシュバック
してくる。瀬臼先生の奥さんはヤキモチ妬きの平(ひら)
先生だったよな。というか、入学してすぐ2人の結婚式で、
優しい平先生が、夏休み前に嫉妬に狂って学校をやめ
たんだった。そりゃ新婚間もないのに女生徒と子供作っ
たら別れるだろう、ふつう。でも、確か今でも2人は夫婦
の筈だよな。子供のできた子は・・・、目根あゆみちゃん
だったかな?。
「校長の黒須先生覚えてる?。」
根本が言う。
「ああ、黒須校長ね。図体のデカい先生だったよなあ。」
「彼がクロノスの末裔でさあ。瀬臼はゼウス。つまり昔は
親子だった血統な訳。」
「ちょっと待てよ。それはギリシア神話の話だろう?。
そんな暴走族の漢字の当て字みたいな名前を名乗る
訳?。それに彼らはギリシア人には見えなかったよ。」
「それこそちょっと待って考えてみなよ。ギリシア神話で
伝わってるだけで、ギリシア人じゃなきゃ当事者にならな
いってモンでもないだろう?。それに神様なんて、ギリシ
ア・ローマ神話だけじゃなく、インド神話、北欧神話、ケル
ト神話、エジプト神話もあればメソポタミアにだってある。
もっと現代になってから作られたクトゥルフ神話なんかも
2000年後には神話になっているかも知れない。例えば
ウチの嫁さんの沙羅の系統はサラスヴァティーってインド
では言うんだけど日本じゃ弁財天って言う方がメジャー
だろう?。大昔から分かれて来てるんだから、もうかなり
血も混じって日本人ぽくても不思議じゃないよね。伝わる
国によって、性格まで変わっちゃうんだ。インドでは、豊満
で美しく『浄化する水』の女神って言われてるのに、日本
では恋人を別れさせるわがままな嫉妬深い神様ってこと
になってる。」
根本の話を聞きながら、柴田に向かって、
「あ、4人組が言ってたけど、おまえ、シヴァの子孫な
訳?。」
と 訊いてみる。
「うん。そうだよ。大自(だいじ)は大黒(おおぐろ)って苗
字なんだけど、大黒天の血筋だからね。日本の大黒天
はインドのシヴァ神だから、俺達、親戚に当たるんだ。」
ふーん。なんでそんなこと当たり前に信じてるんだろう?。
俺、気になって
「根本の祖先は?」
「あ、俺?。ブラフマー。俺も大元はインド出身。親父が
死んだら『梵天』て名前を世襲する家系なんだ。だから、
沙羅と出会って結婚したんじゃん。」
「なんでブラフマーはサラスヴァティーと結婚するの?」
「えっ?。ドク太って神話はあんまり勉強しなかったんだ
ね?。最初は俺の先祖からみたら娘であり嫁さんでも
あった存在。古(いにしえ)の爺ちゃんは宇宙の全てを
自分で作ったから、娘ってコトになる。サラスヴァティー
の顔を見た途端、あまりの美しさに、どの角度からも顔
が見えるようにって4面の顔を生じさせたらしい。チベッ
ト密教の偶像にその名残りはあるよね?。それがもとで
今回ドク太の所に4人の沙羅似の子が現れたって訳。」
「今まで聴いた話を総合すると、俺も神話の世界の勉強
をしないと今後何かあった時に困りそうな気がするんだ
けど、当たってる?。」
「当たり前じゃん!。今頃、何を言ってるの?。そのため
に来たんだし。」
柴田が言う。
「神話には系統があると思われてるんだけど、元をたど
れば神話に出て来る神々は本当はどこの国のも同じだと
考えられるんだ。メソポタミア神話が1番古いみたいだけ
ど、ギリシア神話や聖書の中では良く知られた話の原型
があるみたいだぜ。」
根本が言う。
で、俺は疑問に思ってたことを1つ、訊いてみた。
「もし、自分で運命を変えようと思うなら、過去のことは知
らなくてもいいの?。っていうか、過去に神様がやってきた
ことをおまえ達もやってる訳だろう?。根本は沙羅を見た
時に、ブラフマーみたいな気持ちになったのかなあ、と思
ってさ。」
根本はきっぱりとこんなことを言った。
「時代の空気に合った状態で現れるんだよ、きっと。黒須
先生だってクロノスなら巨人の筈だけどどう見ても人間だ
ったろう?。まあ、確かに体は大きい方だとは思うけどね。
俺達の母校が帰国子女OKのグローバル高校だったのも
運命だったんだよ。沙羅のこと一目見て『こんなに綺麗な
女が居るんだ・・・』ってポーっとなったし。運命を変えたい
って思うより運命に感謝したよ。」
「ごちそうさま(^^)。でも、なんで喧嘩したんだよ。」
根本はバツが悪そうに頭を掻きながら答えた。
「俺の勉強不足。サラスヴァティーに4つも顔をくっつけた
古のお爺ちゃんのことを忘れてひどいことを言っちゃった
んだ。チベット密教の交合仏(男神と女神が交わっている
仏像)って面と向かってるキスしてる顔は優しい顔だけど
180度後ろの顔は相手を呪い殺しそうな険しい顔をして
るよね、って。あの顔が本性だったりしてね、って。」
あ、何となく言いたくなった気持ちはわかる。
それに対して沙羅は
「いつでも喜怒哀楽の気持ちを持っていないと何かが欠
落するよって言われたからだもん!。それぞれの顔をい
つも表情に湛えておきなさいってブラフマーに言われた
からそういう顔にしてるのに、何えらそうに言ってんのよ
!っていうのが喧嘩の理由・・・。俺の勉強不足だよ
な?。」
根本って偉いなあ。いいヤツだと思う。
「でも、それが何で俺を殺すことにつながるの?。」
俺、訊いてみる。
「そこが神様とつきあう時に大切な部分でさ。頭に血が
昇ってる時、人間の命は自由にできるものって考えや
すいんだよ。聖書に出て来る『過越(すぎこし)の祭』な
んか、その最たるものだろう?。あんなの立場を変えた
ら、とんでもない儀式だぜ。」
やれやれ、とんでもない状況に突入したのは避けられ
ないらしい・・・。
柴田が、驚くことを言った。
「人間界でも神話の真実に気付いた者が現れ始めた。
ドク太は高校時代、野球部だったから放課後はいつも
グランドに居たけど、ウチのクラスだけ週に1回教室で
集まってたの、知ってるだろう?。」
「ああ、先生から声をかけられたけど断っちゃった。聖書
を解読するとか何とか言ってたからね。」
俺は答えた。柴田が
「おまえ以外、全員参加してたんだ。」
「ほんと?!。みんなそんなに聖書研究なんかしたかった
の?。」
「違うよ。あのクラスは神話クラスだったから。野球部に
いた亜鈴や、山田もクラブを休んで出てただろ?。」
柴田の言葉に、ちょっと考えてみる・・・。そういえば、
1年の時は亜鈴も信錠法師も週一で休んでたなあ。俺に
は歯医者だって言ってた気がするけど・・・。柴田は、
「参加する気のない者には他言無用って瀬臼に言われて
たんだ。」
「それにしても、瀬臼の呼び掛けに1年間応えて出てたの
が不思議だぜ。目根さんと関係を持って夏休み前に妊娠
が発覚したヤツだぜ?。しかも、自分は別れないまま、根
目さんには出産させただろ?。」
根本が答える。
「あー、あれはあゆみちゃんが望んだんだよ。2人の子供
はヘラクレスだもん。」
「はあ?」
「アルクメネの血筋だからね。目根あゆみちゃんって。
名前から想像つくだろ?。」
「マジかよ?・・・。じゃあもしかして瀬臼の奥さんになった
平(ひら)先生はヘラ?。」
「おっ!。わかって来たじゃん!。」
という訳で、あの週一授業で何をやっていたのか、今さら
だけど聞くことになった。
「あのクラスが『神話クラス』って言われた理由は、みんな、
そのご先祖様と同じ性別だったんだよ。しかも、今の時代
なのに、末裔じゃない『英雄』候補が何人か居た。」
柴田の話について行けなかった・・・。
「どういうこと?。」
「父親か母親が本物の神様だった。つまり神話の世界が
現代に現れたってこと。」
「えっ?。誰のこと?。」
柴田は、ちょっと間をおいて、話し始めた。
「断片的に話して行っても混乱するかも知れないから、
あの授業の趣旨と、なぜ『聖書』を研究するという名目で
授業をしたのかってコトから話すよ。」
「うん、そのほうが助かる。」
俺はそう答えた。それからは、しばらく柴田の不思議な
話を、静かに聞いていた。どれくらい、時間が経ったのかも
気付かないくらい・・・。
まず、我々がなぜ集まったのか、というとね、日本は世界
神話を集約した場所だからだって、あの課外授業は始まった。
人類の歴史は記録が残る文明が始まって5500年ほどって
言われてるけど「人類」の歴史は400万年以上前って言われ
てる。その頃は「猿人」、200万年くらい前には「原人」に進化
して火を使うようになった。10~3万年前には「新人」(現生
人類)が現れ、旧石器時代を経て、氷河時代を抜け、恐竜等
の大型動物が減り、その後、新石器時代にはいる。紀元前
3500年くらいからメソポタミアで楔形文字が発明され、その
時代からは記録が残っている。そこからの時代は、今の研究
でだいぶ追いついて来たけど、実はその前のことが明らかに
されていない。
グラハム・ハンコックという経済誌の特派員が「神々の指紋」
という本を書いた。瀬臼先生は「気付く人間が現れ始めた」と
思ったそうだ。紀元前1万3000年~紀元前4000年の間の
記録が欠落しているのは記録を残さなかったからだ、というの
が瀬臼の主張だった。巨人がいた、と言っても人々は信じな
い。怪獣はファンタジーの中でだけ現れて、現実にはいない。
それが、人間の信じたい幻想だった。恐竜はいたのに巨人が
いないと信じたがる心理はわからないこともないが、みんなは
真実に目を向けて欲しい、君達は神の末裔、或いは「英雄」
なのだから、と言ってた。
この「英雄」の定義を俺達は知らなかった。まさか「半神半人」、
つまり、片方の親が神様で片方の親が人間、という存在を「英
雄」と呼ぶ、とは思っていなくて、カッコいいことをやったヤツ、
とか、超人的な何かを出来るヤツをヒーローというって思ってた
から、最初、瀬臼は頭がおかしいのか?ってみんな言ってた。
ところが、「血は水よりも濃い」って言うじゃん?。家巣芽志也
って覚えてる?。ふざけた名前だって言ってたじゃん?。あい
つが平子に言ったんだよ。
「キミはペルーに現れた僕だね?。人間界では12使徒の聖
バルトロメオや、聖トマスとも言われているようだけど、イエス
も11使徒も(合わせて12使徒になる訳だが)みな父は一緒
だった。日本で現人神といわれる神の仲間だ。」
みんな、こいつもイッちゃってると思ったよ。じゃあ、ユダ
は?と思うだろ?。彼は人間だったんだそうだ。だから、父
の思いは伝わらなかった、って言ってた。ただ、なんていう
か、家巣の言うことは荒唐無稽なようで、聞いてる俺達に妙
に訴えかけるものがあったのも事実なんだ。
平子に向かって「人間界では僕の先輩だ」って言うんだよ。
それで、ビラコチャっていうのが彼の人間界での名前だった
って言うんだよ。そしたら、平子は「平子 茶」って名前だった
ろう?。みんなからは「加藤」ってあだ名を付けられてたじゃ
ん。そいつが泣き出してさ。「やっと、僕のことをわかってくれ
る人間と出会えた」ってさ。そしたら、家巣が「いや、『英雄』
だ」って言ってさ。なんとなく、こいつらの親は神様なのかも
知れないって思うようになった。
そのうち何となく、自分はどんな神様の血統なんだろうって
感じてるっていうか自分は何者か知りたくなって来るじゃん?。
そして、平凡だと思ってた俺(柴田)はシヴァ神の末裔だって
言われるし、根本はブラフマーだって言われて、各自が神話
の勉強を始めた。そして、「失われた記憶」を取り戻すんだっ
て話になって来た。でも、瀬臼が気にしていたのはそんなこと
じゃなかった。霧亀瞬って覚えてる?。「ジャミラ」ってあだ名
だった肩のいかった遠木藤と仲の良かったちょっとゴツイ
2枚目。あいつと伊寿樽が同じクラスになったのを心配してた
みたいなんだ。
「ギルガメッシュ叙事詩」って知ってる?。ドク太は知らない
かも知れないなあ。その中で、ギルガメッシュに求愛したイシ
ュタルは彼にフラれて、ギルガメッシュを殺そうとする。しか
し、死ぬのはエンキドゥだ。ウチのクラスには遠木藤もいた
から、瀬臼はそれを心配していたらしい。
だから最初の頃、霧亀と伊寿樽を仲良くさせようとする授業
かと思うほど、恋愛系の話が多かった。そして伊巣樽は、
阿幌出とメチャ仲良しで「お母さんは一緒だもんねー。」とか
言ってた。どうやら名前は違うけどもとは同じ神様らしいんだ。
そんなことを知るうちに、根本と沙羅は仲良くなっていって
結局、付き合い始めた。沙羅と同じ苗字だけど関係ない
馬蹄波瑠が俺に近付いて来て「私と仲良くしないと鎌田くん
が死んじゃうよ」とか脅かされたりして、大変だったんだよ。
神話上は俺が瞑想してる時にかまってもらえないパールバ
ティーがカーマに頼んで恋の矢を射る。でも俺は怒ってカー
マを火炎の視線で睨んでその体を焼き尽くす、ってことにな
ってる。
・・・。まだまだ続く。でも、俺はお腹が空いて来た。何か
食べながら聞きたい、ってコトで、喫茶店に場所を変えて、
話を続けることにした。