2、言霊(ことだま)
    Words


 いつのことだったんだろう・・・?。
 どこで聞いたんだったろう・・・?。


 今でもこのフレーズは、俺の頭の中でループすることがある。


『だって、聞こえたんだもん・・・。あなたの言霊が・・・。』


思い出しただけで、切なくなって来る女声。何かそれに伴った
思い出があるに違いないのだが、それ以上思い出そうとすると
頭が割れるように痛くなってしまう。


 言霊。言の葉(コトのハ)に宿っている不思議な霊力や霊威。
日本では古来、その力が働いて言葉通りの事柄がもたらされる

と信じられた。


 井沢元彦氏の『逆説の日本史』の中で語られてるように、

日本人は『言霊信仰』ともいえる感覚を持って近代以前まで

暮らして来たのではないか、と俺も思ってる。学校で「文化史」

として習う「万葉集」や「古今和歌集」等の「勅撰和歌集」こそ

が、政治の本質だったのではないか、という卓越した見解に

俺もハマって、大学で講義を受け持つ研究者になった。

 専攻は「言語文化史」。コミュニケーション学部の一般教養

の授業とゼミを担当している。


 「言霊信仰」は、古代人達の全世界共通の概念だったのでは
ないか?、と俺は思ってる。言葉に出すと実体化してしまうと
いう思いから、西洋でも『神』の名を音で呼べないように母音を
省略して記述したり、東洋でも近代以降の現人神(あらひと

がみ)として扱われていた日本の天皇のように「今上(きん

じょう)天皇」として固有名詞では呼ばない習慣があったり、

高貴な家の人達は呼び名と本名は別だったりしたことが、

その真実を物語っていると考えられる。


 日本の場合、怨霊が出て来て高貴な人々がその祟りに苦し

められると「方違え(かたたがえ)」により都を移す、つまり遷都
(せんと)するのが慣わしの様に繰り返された。その時、政治に
とって一番大切なことは、その大怨霊の怒りを鎮め、平和な

環境を取り戻すことであったため、言の葉を奏上するのに言霊

の力の強い歌人達が言挙げ(ことあげ)することによって、霊の

怒りを鎮めたとされる。つまり勅撰和歌集は、文化史ではなく、

政治史として捉えるのが正しいのである、という意見を卒業論

文にしたもんだから、面白い発想である、ということで大学から

研究室に残れと言われて、今は研究職についてる。


 教授棟の俺の部屋の鍵を閉めて、授業に向かおうとすると


「山門 博士準教授・・・?」


と、新入生らしき女子が俺を上目遣いで見上げながら声を

掛けて来た。


 俺のフルネームは「山門 博士(やまと ひろし)」。
 名が「博士」で「はかせ」とも読むから「ドクター」。
でも、そんなに天才的な子供でもなく「(ドクターって言うほど)
伸びてない」ってコトで「ドクタ」。そのうちあだ名っぽく
「ドク太」と書かれるようになって、学生時代はずーっと
「ドク太」で通ってた。


 声の方を見ると、キャミソールにオーガンジー風のカーディ

ガンを羽織ってフレア・スカートを穿いたポニーテールの子が

居た。


「!」


 学生時代の沙羅と同じ顔をしている女子がそこに立って

いた。
「どうして沙羅が若返って出て来たんだ?。根本沙羅の妹

か?。」

「ふふふ。さあ、どうかしらね。そんなことより、あなたが気

にしなきゃいけないことがあるのに気付いていないようね。」


 口元に笑みが浮かぶ。ゾクッと寒気がするほど艶のある

口元。 大学1年生の微笑みじゃない。


「あなたのフルネーム、いただいたわ。」


 想定の範囲外の台詞。まるで古代の呪術師のような台詞に

聞こえる。


「いまどき、祈り釘でもないだろう。」


 余裕を見せて、少しゆっくり、返事を返すと


「ふふふ、掛かったわね。その慢心、タケルと同じ運命に遭う

ことになる・・・。期限は今日の帰りまで。せいぜい頑張ってね。
ふふふ、ははは。」


 そういうとフレア・スカートがパッと一瞬翻るように踵を返し
て、俺の前から去って行こうとする。


「ちょっと待て。何のことだ?。慢心て何だ?。タケルって誰
だ?。今日の帰りまでって何の期限だ?。」
「自分で考えて。一つだけ教えてあげる。期限て、あなたの

命の期限よ。」


「?」


 間が抜けた顔をしてしまった、と思う。春だから、彼女は頭が
おかしくなってるんだろうか?。受験で勉強した後、燃え尽き症
候群で5月病にかかる子は多い。簡単にノイローゼになって

しまう子が増えてる。でも・・・、物凄く気になる。彼女は沙羅に
似過ぎていた。そして、充分意味を持った言葉を俺に投げつけ

て来た。「あなたのフルネーム、いただいたわ」。普通の子は

そんな言い方はしないだろうし、名前を呼んだだけで「いただい

た」とも言わないだろう。俺はとっさに「祈り釘」を思い浮かべた。


「言語文化史」を専攻しているせいもあるだろう。「フルネーム」
を「いただいた」という言葉の裏に隠されている思いは、その人
の持つ本名を藁人形(わらにんぎょう)の胸に五寸釘で打ち

つけ、相手を呪い殺そうとする「祈り釘」という呪術を思い起

こさせた。でも、それは丑三つ時(現在の夜中の2時前後)に、

誰にも知られずにやり遂げなければならないものだ。今日の

帰りまで、というには時間が合わない。何か別の方法がある

のだろうか。


 感覚として、古代の呪術師に興味を持っている子なのかも

知れない。俺が言語文化史を教えているから、インパクトの

ある登場をしたかったのかも知れない。しかし、それにしては、

インパクトが有り過ぎる最後の一言だった。「期限て、あなた

の命の期限よ」。少なくとも、俺には冗談には聞こえなかった。

瞬時に頭の中は、それに集約した語群を検索したが、それ

以上は前に進まなかった。胸にわだかまりを抱えつつ、

独り言をつぶやいた。


「何でもいいから、スッキリさせてくれ・・・。」


 何が起こっているのか、その時の俺は意味が解らない

まま、次の授業の大きな階段教室に向かって歩き出して

いた・・・。




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