こんばんは。
今日は、私の49回目の誕生日です。
今日の日を無事に迎えられたことに感謝したいと思います。
心臓に人工弁を入れてから22年、入れ替えの目安が25年と言われてる中、
度々、軽いものですが脳梗塞や心筋梗塞も発症してますが、その都度乗り越えてきました。
今は、心電図の波形の乱れは現れてますが、22年経てばこれくらいは出て普通と主治医の先生から言われてますので、急変するようなことはないでしょう。
負けないと言う気持ちを持って前に進んで行きたいと思っております。
大切な存在も今はいますので、お互いに支え合って守っていかないといけないですから。
母親も心配するほどではないということでしたが、暫くは奈良の妹宅にて静養することになりました。
私は、仕事の関係で24時間以上家を空けることになるので、その方が安心出来るでしょうから。
ボウリングも、少しずつではありますが、彼女に教えながらで投げには行ってます。
昨夜倒れたのが、ボウリング中だったこともあって、まだ恐々投げているところもあり、アペも160~170くらいなところでいったり来たりしてます。
でも、先日よつやく今年初の200アップとなる217が出ました。
色々書いて内容がバラバラですが、
皆さん、これからもよろしくお願いいたします。
阪九フェリーのサイドデッキから見た、明石海峡大橋
Android携帯からの投稿
1985年に登場以来、活躍してきた新幹線100系も、ついにお別れを迎えました。
新幹線の数ある形式の中で、私が1番多く乗車した車両でもあります。
登場当時は、新幹線初となる個室がありました。
当時は、みどりの窓口のマルスにも登録されておらず、
電話確認後手書きの個室券が発見されてまっした。
1フロアの車端にあって、当時はルームサービスもありました。
3月6日
100系に乗車のため広島まで戻って、到着待ちを。
少し時間があったので、広島焼きを食べる為に途中下車をしましたが、
広島焼きのことは、のちほど書きたいと思います。
来月も広島まで行きますので。
0系丸いボンネットのイメージを残しつつ
スピード感溢れる流線型のフォルムに懐かしさを感じました。
100系は菱形パンタグラフでしたね。
全車2-2配列の座席に変更されています。
100系の特徴と言えば、
この座席2列分の幅の広いガラス窓。
視界良好!
しかし、速さ追及の為に、300系以降は1列分のガラス窓に変更されました。
博多駅では、最新鋭の九州ー西日本直通のN700系と
肩を並べました。
もう見ることの出来ない顔合わせです。
このあと、博多車両基地のある博多南まで
乗客扱いをして、走行します。
博多ー博多南間は新幹線ではなく、特急として運転されます。
わずか10分程ですが、100円の特急料金で乗車出来ます。
翌日、博多車両基地で見かけた、100系です。
長い間、お疲れさまでした。
つづく














