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これまで、
仕事や勉強、努力は、必ず報われるとされてきた。
しかし、それは過去の話になるだろう。
勉強しても、ギャンブル性がつきまとい、雇用されて結果を出せる人は一握りになる。
よく考えれば、これは人間の人生にとり、当たり前の話である。努力しても、恋愛は成就しないのが人間で、子育て子生みも、努力しても、どの子も皆東大に行くわけでもなければ、美人に生まれつく訳でもない。
絵を習っても、ピアノを弾いても、才能とさらに運が必要で、全員ピアニストになれるわけもない。
ギャンブル性がたかいのが、人間のすることのはずだ。
仕事勉強だけが、ギャンブル性を逃れてこれまで来たのが、そもそもおかしな話である。これからは、自分のしたいことを、やってみて、AIの指導を受けて、実力を伸ばしていく。そういう時代が来るはずだ。しかし、ピアノにせよ、絵にせよ、労働にせよ、AIの方が遙かに速く上手くなってしまうので、自己満足や、もっと言えば、自己刺激にしかならないはずだ。
猿が、オナニーしてるかのように、人間がバイオリンを弾く。その横で、AIが、遙かに上手くいとも簡単に、バイオリンの音色を聞かせる。
それは、純粋に、バイオリンが好きでないとできないことになるし、人間が下手の横好きでバイオリンを弾くならば。
そのうえ、強烈な出会い経験も必要なはずだ。バイオリンに出会って、どうしても、一日中練習がしたいのです!てな具合だ。
しかし、その出会いの物語、シチュエーションも、AIが上手に仕組んでくれるはずだから、まあ、安心と言える。
しかし、その時に幅広い基礎教養があれば、あるで越したことはない、と言える。すなわち、領域を選択するときに、バイオリンを選ぶときに、トランペットや書道、文学、数学、絵画、理学、工学などのリベラルアーツ基礎教養があれば
ある程度、バイオリンの限界、弱点、欠点も他の領域と如実に比較して、バイオリンを選ぶことができる。
それは、なぜ望ましいのかと言えば、バイオリン十年して、やはり
絵画の方がよかった、とはならずに済むからだ。
しかし、時間が無限に近くあることになるから、例えば200年生きるとすれば、なんぼでもやり直しが利くし、そもそも、バイオリンで生計を立てたり、収入をもらったり、よしんば、めちゃくちゃ上手くなろう!とする必要は、そもそもないのかもしれない。純粋に、バイオリンを触ることが好きかどうか、だけになってしまうはずだ。それを、自己満足や自己刺激でしかない、と言うようになるのかもしれない。
つまり、かつて昔は、ピラミッドを作ることは、誰にでもできることではなくなった。しかし、今は、ピラミッドは、誰でも作れる、あるいは、ピラミッドを作れる資金力のある人は、王以外にも、大多数になって、増えて、誰もピラミッドを作らなくなった。
それと同じように、誰もがバイオリンを弾けるようになったり、どんなAIでもバイオリンが鳴らせるようになると、もう誰もバイオリンを弾くことに見向きもしなくなるのかもしれない。
今度は別の他のことを、みんな懸命にするなど。
そこで、では、何をAI時代には、人間は、雇用もなく、するのだろうか、という質問になるが。それは、なかなか想像難しい。