そもそも、「中毒になる、依存症になる」とはどういうことなのでしょう?
辞書を引いてみるとこのようにあります。
「あるものを習慣的に使用すること、又は衝動的に使うこと」
この定義にはかなりの疑問を感じざるに得ません。
だって、そもそも、「使用する」とはどういうことでしょう?
いかにも自らでコントロールしているという語感を与えます。
これでは麻薬中毒者が「使用者」と呼ぶのと全く同じですし、「使用」することを「習慣」、それこそ、我々アル中が我々のことを「酒好き」というのと何にも変わりません。
では、改めまして「中毒になる、依存症になる」とはどういうことなのでしょうか?
このブログでは「一線を越えてしまう」という表現をしたこともありましたが、「自らの意志ではその行為をコントロールできなくなる」と定義するといかがでしょうか?
または、「あることをしたくないと思っているにもかかわらず、繰り返しやってしまうこと、又は量を減らせない事」と定義するといかがでしょうか?
しっくりくると思います。
俺自身、まさしくそうでした。飲みながら、「あぁ何とか飲むのを辞める手立てはないか?
アル中じゃないんだけれども、辞めたい。」と心の中で渇望していました。
この心境こそまさに、アル中の軽い段階で思うことですよ。
辞めたいのにやめられない、意思に反して飲みはしますが、飲むと心身ともに落ち着く、まさに初期の段階です。
そして、ここからが最も問題だと思わるのですが、その行為が自らの日常生活に欠かせないもの(家族、仕事、信頼関係などなど)に悪影響を及ぼすのです。
たとえば、あなたがテニスが大好きだとします。どんなにテニスが大好きだとしても、家族や仕事とは切り離せて、テニスができるわけです。
俺にしてもそうですよ。かなりの愛犬家であり、俺の生活には愛犬のじゅんちゃんは欠かせません。
だけど、じゅんと行動を共にしているからと言って、それが仕事などに悪影響を及ぼすことはありません。
ところが、アルコールであれ、ギャンブルであれ、麻薬であれ、依存症になるとこうはいかなくなるのです。
依存症とはそういうものなのです。この点が明らかに違うのです。
だからこそ、そこ抜け出せたときに何とも言えない喜びを感じ、活力を得ることが出来るのです。