独裁者大統領は死んだ。大統領府にたかるハゲタカ、徘徊する牛のたちを見て、不審に思い、官邸に押し入った国民達の見たものは、無惨な男の死体であった。生娘のようになめらかな手とヘルニアの巨大な睾丸を持ち、腹心の将軍を野菜詰めにしてオーブンで焼き、二千人の子供を船に載せてダイナマイトで爆殺したという独裁者──。年齢は107歳とも232歳ともいわれ、複数人物の語りにより悪事・凶行が次々に明らかになってゆく。孤独と猜疑心に陥り朽ちてゆく肖像を描く権力の実相を描き尽くした名作であり怪作。

 

 

 学生のとき、流行してたのでガルシア=マルケスを1冊読んだ覚えがありますが、タイトルもストーリーも覚えていなくて、ただ物干しに洗濯物を干していた女性が失踪するところがあったような気がする・・・。なんかロマンチックだなと思いました。その小説にそんな場面があったのかどうか定かではありません。当時の私には、わからない小説だったのだと思います。ガルシア=マルケスは、「ろうそく」の話を教えてくれたフランス人留学生のおすすめでした。なんか「一冊読んだことあるけど、よくわからなかった。」と言うと、「翻訳がよくないんだよ。」と優しい言葉、やっぱフランス人は社交的だよねと感心しました。

 

 今回、去年の春に新潮社が文庫本化したうちの片方を手に取りました。

 

 ページを開いて読み始めたとき、「なんかすごい」小説だと思いました。すでに死んだ大統領が官邸の床に横たわっているところからはじまるのですけど・・・、牛がいたり、食べかけの食べ物、糞便、いろいろ散らばっている。絶対的な権力が朽ちた後って、こんなのだろうか・・・。

 

 作者はコロンビアの出身ですが、中南米には独裁者が多く輩出する。これをゆっくりゆっくり読んでいた時、ヴェネズエラのマドゥロ大統領がアメリカに連行された。なんで亡命しないのか?アメリカ側は、ロシアやトルコなど亡命を受け入れる国があると勧めていたとか・・・。それを拒否して逃げない独裁者って、もしかするとこの小説の大統領に近いかも・・・。

 

 独裁者が善人でも悪人でも、権力の実相は、どんなことをしても、死ぬまで権力を手放さない、古代の一神教の絶対神がそのまま人になったように、荒々しく残酷なものなのかも。ヨーロッパが長い年月をかけて民主化し洗練した権力が、中南米ではその洗練の擬装をはがされたように、むき出しの権力を手にする独裁者として現れるのかもしれない。

 

 マジック・リアリズムと呼ばれる手法は、魅惑的でした。この小説の中にも、大統領の初恋の女性が失踪する場面がありました。手を尽くしても探しても、神隠しにあったように見つからない。

 

 「百年の孤独」の解説を書いた筒井康隆が、「族長の秋」を読むよう強く薦めています。筒井が書きたかったのは、こういう小説だったのかもね。でもね、筒井の作風は「幻想的」とは程遠いと思うよ。