舞台俳優であり演出家の家福 (かふく)は、愛する妻の音(おと)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻がオーディションに現われる…。

 

 始まって20分くらいで、「あ、村上春樹の世界だ・・・。」と思いました。

 私は、高校から大学にかけて、村上作品を買って読んでいました。そのとき、この作者のテーマは、人の心の闇を書くことなんだろうと思いました。他人事な感想ですね。10歳ほど年上の作者の文章は、それまでに読んだ戦前生まれの作家のものに比べて、非常に親しみやすく読みやすく速く読めて、一時はとても好きな作家だと思っていました。

 

 この映画を見て感心したのは、自分の心の闇ってどうなのと目を向けさせるような感じを受けた。これって、小説とは違う映画の力なんだと思います。

 

 ここから、ネタバレしてますのでご注意

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家福が成田空港に向かった後、飛行機が欠航になったという知らせを受けて、家に戻ってくる。ドアを開けると、妻の音のあえぎ声が聞こえる。のぞくと見知らぬ男とのリビングのソファで真っ最中。家福は、そっと玄関から出て、成田のエアポートホテルに部屋をとる。夜になって、音からPCにTV電話がかかってくる。家福は、情事を知らないふりして、日本にいないふりをする。なんか変な夫婦。

 

 家福の芝居の楽屋に音が高槻を連れてきていて、高槻は挨拶していた。この3人、わかっててなぜか秘密を共有している。

 

 音が家福に語る物語の中に、女子高生がヤマガという幼馴染の留守家に忍び込んで、2階の彼のベッドでオナニーにふけっていたところ、玄関のドアが開いて誰かが階段を上がってくるというのがある。その続きを聞く前に、音はクモ膜下出血で死んでしまう。

「今晩帰ったら少し話せる?」という言葉を残して・・・。

 

 広島のオーディションに現われた高槻は、音から聞いたと言って、家福にその話の続きを語る。階段を上ってきたのは、空き巣だった。半裸の女子高生を見た空き巣は、彼女を襲う。彼女はペンを空き巣に突き立て殺し、逃げて帰る。翌日、自首しようと決心していた彼女の前に、ヤマガは何事もなかったかのように登校してくる。TVやメディアのニュースにも事件は出ない。彼女は、ヤマガの家の前を通り様子を伺うが、防犯カメラが設置されたことが違うだけだった。玄関前の植木鉢の下にあった鍵もなくなり、彼女は家に入れなくなっていた。彼女は、防犯カメラの前に立ち、「私が殺しました。」と叫ぶのだった。

 

 ヤマガが家福で、女子高生は音だとすると、空き巣は高槻。音は、人を殺すようなことをしたと考えていた。家福は、何事もなかったかのように逃げ回っている。音は、「殺人」に値するようなことを夫に打ち明けようとしていた。それがかなわず、高槻が高槻を追い回していたパパラッチを殴り、音の代わりに「殺人」を犯す。そして、高槻がやるはずだったワーニャ伯父さんの役が家福にまわってくる。

 

 家福は、ついに逃げられなくなったのだ。

 

 この後、ミサキは、北海道の自分の実家まで車を走らせ、家福に音があなたを愛していたことと、彼女が他の男たちと寝たことは矛盾せず受け入れられると思うという。ミサキは、強い人ですね。

 

 家福は、広島に戻りワーニャ伯父さんの役を演じる。

 

 「ゴドーを待ちながら」と「ワーニャ伯父さん」の中で、俳優たちの母語がバラバラで違う言語でセリフを話すという演出方法。でも、同じ言語を話してるからと言って、話が通じるときもあれば、この人とは話が通じないと感じることって、あるよねと思うので、これって、そういうことかなと思いました。

 

 タイトルの「ドライブ・マイ・カー」。言わずと知れたビートルズの曲。

 

ポールって、今年80歳なるのかな・・・?

 

上にあげた、Carpool Karaokeで冒頭に“Drive my Car”、唄ってますので、ぜひ聞いてみて下さい。