フロリダ。両親に先立たれ、姉と暮らしていた絵の才能ある少年フィンは、10歳の時、脱獄囚(ロバート・デ・ニーロ)の命を救った。そして、近隣の大富豪の老婦人ノラ・ディンズムア(アン・バンクロフト)は、姪エステラの遊び相手に彼を選んだ。成長したフィン(イーサン・ホーク)は、美しく成長したエステラ(グウィネス・パルトロウ)に恋をするが、彼女はヨーロッパの学校へと去った。失意から絵も辞めて、姉の恋人で養い親のジョー(クリス・クーパー)と漁師の生活に入ったフィンを、ある日、弁護士のラグノ(ジョシュ・モステル)と名乗る男が来訪。匿名の支援者の依頼で、彼がニューヨークで画家として成功できるようはからうという。フィンは、ニューヨークに旅立つ。
字幕が、変。英語を聞くと、Ms.Dinsmoorとなってるんですが、ディンズムア夫人と字幕に出る。ノラ・ディンズムアは、原作でも四半世紀前結婚式の当日に婚約者が現れず、独身のままなので、”夫人”は、おかしい。
こういうことって、実際にもたまにありますね。うちの実家の近くの同級生のおじさんが結婚式に相手が来なくて女性不信になって独身のままだ、という話を子供のころに聞いた。小説にもよく出てくる設定のような・・・。
ディケンズの原作だと、この金持ちの老婦人は、結婚式当日の色あせたウェディングドレスをずっと着ている。彼女の壊れた心をその描写で現してる。映画は、屋敷の庭で披露宴をやろうとしたそのテーブルの飾りつけや食器類が残骸となって残っている様に変えられている。これも、また凄みのある映像です。
原作との違いはすごくいっぱいあるんですけど、19世紀の小説だと性描写が一切ないので、人の性格を書くのに、善悪の描写という形になる。
人の違いは、階級のちがい(GentlemanとCommon boy)が大きい。
原作ではエステラが凄く意地悪な少女として描写されるんですけど、この映画ではちょっと強がりな美少女で、フィンを誘惑しようとするが、フィンが彼女に手を出さないのは、階級の違いを意識してしまうせいなのだろう。
そして、ロバート・デ・ニーロの脱獄囚。過不足ない演技。存在感。ディケンズの小説にたまに登場する自己犠牲の役。彼は、フィンに対する恩返しより、何か善いことがしたいのだと思う。彼を通じて、フィンが優しい心の持ち主だということを描いてる。
原作よりフィンとエステラの恋愛に焦点をあて、優れた現代化が行われている傑作映画です。
