学校は勉強するところではない

 池田信夫:大学は教育に向いてない

 小学校の教諭をしてらっしゃる中沢さんのブログのタイトル「学校は勉強するところではない」のあとに「「日本教」を教えるところである」と続けています。

 戦前は、皇民教育だったので「お国のために立派に戦って死ぬ兵隊になれ」ということで、徴兵制の前提となるような教育が行われたけど、戦争も徴兵もない戦後になって、質の高い工場労働者を養成するような「空気」を読め教育になった。

 ところが、国内の工場はみんなもっと賃金の安い外国に取られてしまい、高度な知識や技術とアイデアが勝負の社会になったら、今までの空気読んで「協調性」重視の教育じゃダメだねということになってきた。

 今日本の仕組みを変えていかなければ立ちいかななくなる岐路にさしかかっていると誰もが感じているのですね。

 それに助けとなるのは外国の学者の書いた本を翻訳と解説するだけの大学の学者たちではなく、本当に日本の社会のあり方を分析した山本七平というわけですね。
 それでやたら「空気」とか「日本教」とか出てくるようになってるわけです。

 山本七平は、大学の先生ではなく、山本書店主なわけです。これを見ても文系の大学なんて池田氏のいうとおり本質的に役には立たないですね。

 中沢さんは、「日本教」を「空気を読んで行動すること」と捉えていらっしゃるようです。まあ学校と言う閉じた社会の中ではそうなりますね。いじめもそのせいで出てくるんだと思います。

 野党とかSEALsとかの左翼たちも結局、権力に反対するだけなんですけど、同調圧力のかからない開いた社会だとそうなるんですね。

 これ「空気」の逆読みしてるだけですね。