アンジェリーナ・ジョリーの撮った『アンブロークン』が反日映画だと日本の保守メディアに批判されて、日本での上映取りやめになったのですが、見れない映画なのでアメリカで見た町山さんの解説をようつべから拾ってきました。
町山智弘の話って、聞きやすいし面白いんですけど、この話を鵜呑みにするのは危険です。以前に彼の紹介した本を読んだらずいぶん町山さんの話と食い違ってたんです。また映画の鑑賞眼も???町山さん「立派な映画だ」と言ってますけど、撮影監督と脚本家が有名な人なんですって。それなら素人でもそこそこ撮れますよね。
映画賞には全くノミネートされてません。アンジェリーナの演出力は関係ない映画らしいですね。
非常に辛辣な「長々と虐待シーンを見せられる」という映画評も。
町山さんの解説に出てくる渡邊軍曹の虐待エピソードなんですけど、「軍の命令でやったのではない。」とのちに渡邊軍曹本人が証言している。そして昼間捕虜を虐待して、夜その捕虜を部屋に呼んでビールや菓子を渡して、泣きながら「許してくれ。もうしない。」と言うんだそうです。よくあるドメスティックバイオレンスなんかやるタイプの一種のサイコパスの人の虐待なんです。
組織的に日本軍が捕虜の虐待をしたのではない。日本軍の犯罪ってこういう程度のものが多かったということですね。
日本軍の捕虜収容所を舞台にした映画にする必要があるテーマなのか?ということ。
『アンブロークン』というのは、くじけないという意味です。『許す』ことのできる人こそ強いというテーマ。『許し』がテーマの映画をなぜ日本軍の捕虜虐待と許しという構図でとるんでしょう?
なるほど町山さんは反日映画ではないという説明をしてますね。しかしね。こういうステレオタイプな構図の映画を繰り返し撮るアメリカ人て、WAR GUILT INFORMATION PROGRAMの続きをやってるんだと思う。白人がキリスト教徒としての英雄的行動に酔いしれる。そして有色人種である日本人を許してやる存在として描くことによって優越的を地位を手にいれてる。
海外識者が過去に向き合うようにとか説教垂れてるんですけど、
日本軍は、東京裁判で多くの戦犯が裁かれ死刑になってる。米軍にも戦犯はたくさんいたでしょうが、裁判にかけられることもなければ死刑になった人もいない。アメリカ国内でも人種差別に基づいて日系人を「収容所」に入れて財産を没収した。これを命令した人はなぜ犯罪者にならないのか?なぜなら第二次大戦後までアメリカでは、人種差別が許されていたから。
東京裁判の判決を受け入れた日本と日本軍はすでに罪を償っている。罪をつぐなった人を批判してはならないんです。
なぜこういう批判を日本が受け続けるのかと言えば反論してこなかったからです。何を言われても黙ってひたすら通り過ぎるのを待ってた。
この映画は反日映画ではないのかもしれません。でも日本軍をテーマとして作品を取るなら日本人の置かれた状況や心情をもっとリサーチすべきだと思う、アメリカ人の無神経さが日本人を傷つけてきたことは、過去にいくらでもあったわけなので、こういうメディアのねつ造や勘違いで作品が日本公開されなくても、それはそれ。運が悪かったねってことですね。
今日読売のネットニュースにアンジェリーナの弁明が載ってたんですけど、そんなのに迎合する必要ないなと思います。日本人もいい加減、都合のいい人になるのをやめるべきです。
最後に、町山智弘が大島渚の『戦場のメリークリスマス』にインスパイアされた作品として、『戦メリ』の時代には問題なく日本公開できたのに今、これが反日映画として公開できない状態で東京オリンピックができるのかと言うんですけど、「できます。」
オリンピックくらい中国だってプーチンだってナチスだってやったんだし・・・。障碍者を塩田奴隷としてこき使ってたような韓国でパラリンピックやるんだから・・・。
町山智弘の話って、聞きやすいし面白いんですけど、この話を鵜呑みにするのは危険です。以前に彼の紹介した本を読んだらずいぶん町山さんの話と食い違ってたんです。また映画の鑑賞眼も???町山さん「立派な映画だ」と言ってますけど、撮影監督と脚本家が有名な人なんですって。それなら素人でもそこそこ撮れますよね。
映画賞には全くノミネートされてません。アンジェリーナの演出力は関係ない映画らしいですね。
非常に辛辣な「長々と虐待シーンを見せられる」という映画評も。
町山さんの解説に出てくる渡邊軍曹の虐待エピソードなんですけど、「軍の命令でやったのではない。」とのちに渡邊軍曹本人が証言している。そして昼間捕虜を虐待して、夜その捕虜を部屋に呼んでビールや菓子を渡して、泣きながら「許してくれ。もうしない。」と言うんだそうです。よくあるドメスティックバイオレンスなんかやるタイプの一種のサイコパスの人の虐待なんです。
組織的に日本軍が捕虜の虐待をしたのではない。日本軍の犯罪ってこういう程度のものが多かったということですね。
日本軍の捕虜収容所を舞台にした映画にする必要があるテーマなのか?ということ。
『アンブロークン』というのは、くじけないという意味です。『許す』ことのできる人こそ強いというテーマ。『許し』がテーマの映画をなぜ日本軍の捕虜虐待と許しという構図でとるんでしょう?
なるほど町山さんは反日映画ではないという説明をしてますね。しかしね。こういうステレオタイプな構図の映画を繰り返し撮るアメリカ人て、WAR GUILT INFORMATION PROGRAMの続きをやってるんだと思う。白人がキリスト教徒としての英雄的行動に酔いしれる。そして有色人種である日本人を許してやる存在として描くことによって優越的を地位を手にいれてる。
海外識者が過去に向き合うようにとか説教垂れてるんですけど、
日本軍は、東京裁判で多くの戦犯が裁かれ死刑になってる。米軍にも戦犯はたくさんいたでしょうが、裁判にかけられることもなければ死刑になった人もいない。アメリカ国内でも人種差別に基づいて日系人を「収容所」に入れて財産を没収した。これを命令した人はなぜ犯罪者にならないのか?なぜなら第二次大戦後までアメリカでは、人種差別が許されていたから。
東京裁判の判決を受け入れた日本と日本軍はすでに罪を償っている。罪をつぐなった人を批判してはならないんです。
なぜこういう批判を日本が受け続けるのかと言えば反論してこなかったからです。何を言われても黙ってひたすら通り過ぎるのを待ってた。
この映画は反日映画ではないのかもしれません。でも日本軍をテーマとして作品を取るなら日本人の置かれた状況や心情をもっとリサーチすべきだと思う、アメリカ人の無神経さが日本人を傷つけてきたことは、過去にいくらでもあったわけなので、こういうメディアのねつ造や勘違いで作品が日本公開されなくても、それはそれ。運が悪かったねってことですね。
今日読売のネットニュースにアンジェリーナの弁明が載ってたんですけど、そんなのに迎合する必要ないなと思います。日本人もいい加減、都合のいい人になるのをやめるべきです。
最後に、町山智弘が大島渚の『戦場のメリークリスマス』にインスパイアされた作品として、『戦メリ』の時代には問題なく日本公開できたのに今、これが反日映画として公開できない状態で東京オリンピックができるのかと言うんですけど、「できます。」
オリンピックくらい中国だってプーチンだってナチスだってやったんだし・・・。障碍者を塩田奴隷としてこき使ってたような韓国でパラリンピックやるんだから・・・。