吉祥天女 1 (フラワーコミックス)/吉田 秋生

¥398
Amazon.co.jp

 平凡な高校生由以子のクラスに、美しい転校生小夜子が転入してくる。彼女は学校周辺の土地を所有する名家の生まれで、5歳から親せきの家に預けられていたが、12年ぶりに生家に戻ってきた。土地買収を企む新興の遠野家は彼女と長男暁との政略結婚の話を進めるが……。

吉田秋生は数々傑作を描いているが、多分生涯を終えたときにはこの作品の作者として記録に残ることと思う。


 これは、幼少のころからの美貌で男に常に犯される可能性を意識しなければならないような少女の怨念とその怨念を正当化し、彼女に欲情し彼女を利用しようとする男と大人たちへの復讐を書いた物語。少女漫画のテーマとしては、非常に稀有で、傑作ではあっても亜流のような作品は生まれなかった。

 これを読むと「少年愛」漫画が「男になりたい。しかし、男に愛されたい。」という願望を具現化したモチーフだという説にある種の納得を覚える。なぜなら、この作品のなかでの小夜子は、男に愛されたいと望んでいない。そして男になりたいなどという男への憧れも持ち合わせていない。ひたすら女であることにひらきなおって、女の武器を最大限に利用しながら男たちへの復讐の惨劇を遂行していく。

 ただ、読後感に清涼さが残るのは、小夜子が遠野涼と麻生由以子という無垢なる同級生に愛情を寄せるように、彼女には野心がなく、自分の能力を利用して権力を手にしようなどと言う世俗欲にまみれていない「天女」であるからだ。

 この人の作品のテーマは無垢な魂によせる愛情、もしくは無垢なる魂を持ったものを失うことへの哀惜。それが、常に作品の通奏低音として流れており、他のどの作品を読んでもなにか敬虔な気分になることが多い。


 また、この人の前後の作品を同時代に読んでいたものの感想として、これは大友克洋の影響を少女漫画の中で最も強く受けた作品になるのではないかということ。
 この『吉祥天女』前後に吉田さんの画の描き方が大きく変わり、目が小さく体も四肢を太く描くように変化していった。
 また、テーマにしても、『童夢』で描かれる子供の暴力と復讐のように、従来そんな怨念を持っているとは意識されなかった存在の「攻撃性」を物語にするというスタンスが共通している。


『別冊少女コミック』(小学館)に、1983年3月号から1984年7月号にかけて連載された。