天国から来た大投手 四、佐々木裕香 38 | 六月の虫のブログ

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 早慶大学のグランドを後にした森次郎は、裕香に電話した。「今、終わりました」森次郎は裕香にそう言うと、裕香は「横浜のそごうの前で六時に待ち合わせしましょう」と言って電話を切った。森次郎は待ち合わせの時間まで二時間以上あるので、スポーツクラブに行って軽くトレーニングをすることにした。そうすれば、シャワーも浴びられるし、着替えもできる。浩輔は気が気ではない。ただ、年の差もかなりあるし、裕香が森次郎を異性として意識するとは思えなかった。森次郎も今のところ浩輔との話題は、野島に教えてもらった『サークルチェンジ』に終始している。野球がわかってきた森次郎は、相当『サークルチェンジ』が気に入ったようだ。浩輔も『サークルチェンジ』は、投球の幅を広げるのにいい球だと思った。浩輔が生きている時に、『サークルチェンジ』をマスターしていれば、毎年二十勝はできた自信があった。
 森次郎はシャワーを浴びて、着替えると横浜そごうに向かった。浩輔は少し心配だったが、ジミーへの報告のため森次郎の前から消えた。森次郎は、待ち合わせ時間の五分前にそごうに着いた。裕香は間もなくやって来た。彼女は帽子を深くかぶり、人目を気にしているようだった。裕香は「私の知り合いがやっている居酒屋でいいわね」と言って森次郎の前を歩いた。森次郎は「僕は未成年なんですけど」と前を歩いている裕香に声を掛けた。裕香は「大丈夫、そこは食べ物も美味しいのよ」と言いながら振り向いて笑った。三分ほど歩くと、その居酒屋『抱夢』(ほうむ)に着いた。
 小奇麗な居酒屋で、マスターも優しそうな人だった。裕香は一番奥のカウンター席に座り、森次郎を手招いた。森次郎が裕香の隣に座ると、彼女はマスターに森次郎を、森次郎にマスターを紹介した。マスターは元プロ野球の選手で、二十年ほど前に引退し、十年前からこの居酒屋『抱夢』をやっているとのことだ。裕香は、森次郎を「将来の日本のエースで、球速は百五十キロを超えるし、まだヒットを打たれていないのよ。今度番組で彼の特集を放送する予定なの」とマスターに紹介した。マスターは、「大学生で百五十キロの球を投げられるなんて、末恐ろしいね」と驚いた。裕香は「何言ってるのよ。吉野君はまだ早慶高校の二年生よ」と笑った。さらに驚いたマスターは「速球以外はどんな球を投げるんだい」と森次郎に訊いた。森次郎は「ムービングファーストボール、スライダー、カットボールとサークルチェンジの四種類です」と素直に答えた。マスターは「まるで大リーガーじゃないか」と驚嘆した。裕香は「サークルチェンジって、新しい球?」と尋ねた。森次郎はその日に野島に教わり、早慶大学野球部の選手相手に検証済みだと伝えた。裕香が「早慶大学野球部九人をノーヒットで抑えたのね」と訊いたので、森次郎は「ええ、九人とも三振で抑えました」とクールに言った。森次郎はその後すぐ「今の話を記事にはしないで下さいね」と付け加えた。


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