天国から来た大投手 一、最後の一球 1 | 六月の虫のブログ

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天国から来た大投手

第一部 松原 浩輔

一、 最後の一球

 東京ライオンズのエース、松原浩輔は、日本シリーズ第七戦九回裏のマウンドにいた。ライオンズ三勝、福岡ブレーブス三勝の五分で迎えた第七戦、先発した浩輔はまだ一人のランナーも出していない。九回も既に二つアウトを取り、最後のバッターを迎えていた。最後のバッターもツーストライク、ワンボールと追い込み、あと一球でパーフェクトゲーム達成と同時に、ライオンズは日本一に輝く。浩輔は冷静だった。超満員のスタンドで応援しているフィアンセ、裕香が両手を組んで祈っている姿も確認できた。キャッチャーのサインは、浩輔の得意球、カットボールだ。浩輔は父親の借金など家庭の事情で、日本のプロ野球チームに入団していたものの、野球を始めた時から、アメリカ大リーグでプレーするのが夢だった。浩輔は、日本のプロ野球が決して嫌いなわけではない。いいチームメイト、監督、コーチに恵まれ、彼らのお陰で今日の彼があるのは重々承知していた。でも、浩輔は世界最高峰の舞台で自分の力を試したいと強く思っていたのだ。このカットボールも大リーグを意識して、昨シーズン前に覚えたものだ。
浩輔は、キャッチャーのカットボールのサインに首を振ると、真っ直ぐ(直球)のサインにも首を振り、スライダーのサインにうなずいた。浩輔はこの一球で決めるつもりだった。浩輔はバッターが彼の最も得意な球で、勝負してくると思っていると考えていた。それがエースの心意気だろう。でも浩輔は、より確実にバッターを打ち取れるスライダーを選んだのだ。自分の感情や心意気より理論を優先するのが、浩輔流だ。この時点で、浩輔はこれが彼の人生で最後の一球になるとは夢にも思っていないのだから。
 浩輔は最後の一球を投げた。彼の予想どおりバッターは完全にタイミングが合わず、空振りの三振に終わった。試合後のインタビューで、バッターは「真っ直ぐかカットボールにタイミングを合わせていたので、スライダーには対処できなかった」と言っていた。浩輔の予想どおりだ。
 最後の一球の後、浩輔はバッターが空振りしてボールがキャッチャーミットに収まったのを確認すると、軽く右手こぶしを挙げた。キャッチャーは飛び上がって喜び、マウンドにいる浩輔に駆け寄って抱きついた。浩輔は他のナインやベンチで勝利を待っていた選手やコーチにもみくちゃになった。監督の胴上げの最中、浩輔は「これで来シーズンから夢に挑戦できる」と思うと鳥肌が立ち、同時にライオンズへの責任を果たしたと思うと肩の荷が下りた気がした。
胴上げが終わった後、浩輔はインタビューに呼ばれた。偉業を達成したにもかかわらず、浩輔は冷静だった。観客やチームメイトはもちろん、インタビューのアナウンサーも興奮していた。日本シリーズをパーフェクトゲームで勝利して制したのだから、皆の興奮も理解できる。あの冷静と思われた監督でさえ、目に涙を浮かべている。浩輔にとって夢は大リーグでプレーして世界一になることで、今回の日本一は彼にとって通過点に過ぎないのだ。
球場でのインタビューが終わると、テレビ各社への生出演が浩輔を待っていた。彼はアイシングとトレーナーによるマッサージが終わると、シャワーを浴びて、トレーナーとともに、チームメイトや監督が待つ球場近くのホテルに向かった。浩輔が球場から出る頃には、ファンたちはほとんど球場の周りにはいなくなっていた。先ほどまでの熱気や歓声はどこにもなく、静かで街灯の明かりだけで薄暗かった。浩輔が球場の出口を出て、深呼吸した時だった。大きな車のエンジン音がしたかと思うと、電光に目が眩んだ。


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