第二部 吉野 森次郎
三、誕生!エースで四番
映画が終わると、天気のよく暖かかったので、彼らは山下公園に行くことにした。森次郎は自分のデーバッグからスポーツ飲料を取り出すと、一口飲んだ。弘子は「それなあに」と言って森次郎の手からペットボトルを奪うと、口に含んだ。弘子は何とか飲み込むと「これ何」と顔をゆがめた。それは、浩輔に教えてもらったクエン酸飲料で、粉末をミネラルウォーターと混ぜて飲んでいる。「これ、最初はすっぱく感じるけど慣れて身体がアルカリ性になると甘く感じるようになるんだ」と森次郎が説明した。ダイエットコーラしか飲まなかった健康おたくのようなことを言っている。弘子の知らないうちに森次郎は変わっていく。
あるカップルが、弘子にクリスマスイルミネーションに輝く氷川丸をバックに写真を撮るよう頼んだ。弘子が森次郎から離れると、浩輔が現れた。浩輔が「彼女はいい子だね。君らお似合いのカップルだよ」と言うと、森次郎は「そんなんじゃないすよ」と答えた。浩輔が続けた「実は俺はそこの氷川丸で春に結婚式をあげる予定だったんだよ」。森次郎は浩輔の顔を見て「はあ」と言うのがやっとだった。「俺は死ぬということでその幸せを一瞬にして失ったけど、誰も何時どのような理由で幸せを失うのかわからない。月並みな言葉だけど今を大事に生きよう」、森次郎は浩輔の言葉にうなずいた。
弘子が森次郎に駆け寄ってきた。「今、誰としゃべっていたの」と彼女は問い掛けた。森次郎は「誰ともしゃべっていないよ。もう帰ろう。お腹ペコペコだよ」と言うと走り出した。浩輔が失った夢や楽しみにしていた結婚生活のことを思うと、平然としていられなかった。
つづく・・・