ベースボール
三〇、練習試合 (つづき)
私はミスターZの顔をチラッと見て、特別な指示がないのを確認してからマウンドに向かった。マウンドの土をスパイクでならし、練習球を三球投げた。相手のKCC(大学)のバッターは、二番バッターでからだもそんなに大きくなかった。まず、一球目はファスト・ボール(速球)で様子を見ることにした。まだこの時点では、自分のコントロールに自信がなかったので、コースぎりぎりを狙うというような芸当は出来なかった。ボウリングの要領で、ど真ん中に構えるゲイリーのミットを目掛けて全力投球することにした。上下左右、とにかく良い方にボールがぶれてくれることを願いながら投げ込んだ。
バッターは一球目から打って出た。彼はボールの上っ面を叩いたのか、結果はサード・ゴロでワン・アウト。次のバッターも初球を打ち損じてくれ、ショート・ゴロでツー・アウト。わずか二球でツー・アウトを取ってしまった。三番目のバッターは、KCCの四番バッターだ。
彼に対する一球目も、前の二人のバッターと同じく、ファスト・ボールを投げ込んだ。ボールは内角低めに決まり、ストライク。二球目もファスト・ボールで勝負した。今度はボールが高めに浮いたが、バッターが空振りして、ストライク・ツー。ツー・ストライクを取ると、相手のKCCベンチが騒がしくなった。我がマクナマラ・ベンチは座ったままで、成り行きを静観していた。バッターはタイムを取り、滑り止めを取りにウェイティング・サークルに向かった。
タイムの間、KCCベンチの数人がマウンドの私に向かって大声で叫んだ。私が彼らの方を見ると、彼らの一人が「ファイブ・ダラーズ」(五ドル)と右手を広げて叫んだ。私が”What ?"と大声で聞き返すと、「もし、バッターを三振に仕留めたら、五ドルやる」と言った。彼の回りにいた他の三人も、”Me, too !"と、自分たちを指差してから右手を広げて五本指を見せて叫んだ。そして、最初に叫んだプレーヤーが「二十ドル!」と私に言った。
キャッチャーのゲイリーは唖然としている。この挑発で、私の視線はKCCの四番バッターに釘付けとなり、三球で三振を取ってやろうと意気込んだ。
つづく・・・
五ドル札。イリノイ州出身のリンカーン大統領のお札だ。
大学生が、高校生相手に挑発するなんて・・・。練習試合だからいいのかなあ。このときの私の気持ちは、また明日書きます。
注意: 『十六歳のアメリカ』は、私の体験を基に書いていますが、フィクションです。