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Junear Official Blog

R&B SOUL singer Junearのblog

音楽用語で絶対音感というのがあって

楽器の音や声を聞いただけでそれが鍵盤上の何の音であるかわかる

それだけじゃなくて車のエンジン音やガラスが割れる音まで

聞いただけで音程がわかる能力のことだ。

僕はいわゆる相対音感というやつで

ボーッと音楽を聴いていると一つのカタマリとしか聴こえず

経験や知識を駆使して音を拾ってやろうと努めると

聴こえるくらいの音感しか持っていない。

その絶対音感と同じ様に、味覚にもそういう感覚はあるだろうなと思う。

絶対舌感。

僕の母親がちょうどそういう感じなのだが

たまに東京にきた時に一緒にメシに行くと

「あ、この料理は○○が入ってるわね、この香辛料はアレだわ。」

というようなことをよく言う。

その後家で同じようなものが作れてしまうらしい。

僕もちょっとだけ舌の感覚はあって

五味

酸味、甘味、塩味、苦味、辛味

はどの位入っているのかわかる。

だから特別料理が上手いわけじゃないと思うが

店で何かを食べるとその後それに近いものが作れてしまうことがある。

昨日型のはなしをあれだけしておいて、何だが

感覚もまた大事だよなぁ。
小さな頃、家にピカソが若いころ書いたデッサンがあった。

それが雑誌の切り抜きだったのか、レプリカだったのかは覚えていないが

父親がそのデッサンを好きで持っていた、確か壁に飾っていた様な気がする。

それは非常に精緻で正確であのピカソが書いたとは思えないデッサンだった。

僕が「ピカソの絵って子供の落書きみたい」なんて言ってバカにしていると

父親はそのデッサンを見せて

「バカ!ピカソはデッサンがメチャクチャ上手いんだぞ、ちゃんと書こうとすれば書けるんだ!」

と怒られたものだ。

大人になってピカソの絵はキュビズムという

抽象化と空間認識の再解釈を行う手法であることがわかるのだが。



斬新なものを創りたいという欲求はものを創る人なら誰しも持つものだ。

自分だけのオリジナルとか

個性とか

特に若い時は

俺には何でも出来る

という盲信に近い万能感があって

何故か出来る気になる。

そして、何か斬新なものが出来たと思うものでも

すでにそれは伝統的なものの中にあったりする。

生み出したと思ったら

もう既に昔の人が創り上げていた

そんなことがよくある。


日本の伝統芸能の「能」に守破離という言葉がある。

簡単に言うと斬新なものを創りたければ型を学べということである。

型を「守る」

守って守って守り尽くしたら

型を「破る」

型を破ったら今度は

型から「離れる」

歌舞伎の世界にも好きな言葉がある。

「型があるから型破り、型がねえのは形無しよ。」

その通りだと思う。

自由にやりたければ、逆に型を死ぬほど追求するべきだと。

型を知らなければ見当違いなことを斬新だと勘違いしてしまう。

型を知らなければ

子供の落書きとピカソの絵の違いに気がつかないのだ。

ピカソには型がある。

それもしっかりとした型だ。

メチャクチャやるのと、基本的な型を体得し尽くしてそれを破るのとは

本質的に決定的に異なるのだ。

型は本質的な強さともいえる。

揺るぎない型の強さがあるからピカソの絵はいまも輝き続けるのだろう。

ただ型にハマらずに型を破るのは本当に本当に難しい。
先日フジテレビの27時間テレビをチラッと観てたら

ビートたけしが相変わらずの被り物でロケット砲から水の中に落とされてた。

映画監督としては「世界の北野」で世界的な名声を得ていて

頭脳も教養も持ち合わせた60歳を超えた男が

バカをやり続ける。

芸人魂ってやつか。

本当に尊敬する。