先日、長野に住んでいる友人が東京に来るということで、都内のカフェでゆっくりと待っていた。ところが待ち合わせの時間が5分、10分、20分と過ぎたのに連絡がない。30分過ぎた頃に痺れを切らし携帯で掛けてみるも話し中。

ああ、仕事の電話でもしてるのかな、時間はあるし二杯目を注文しソファに深く腰を掛けて待つことに、それから20分程度待ってると早足で近づいてくる汗だくの男。

遅れた理由を勝手に話し出す友人、聞いてると知らない外人さんに携帯貸してたという。誇らしげに語る彼に何も言えず、憐みの眼差しで見ていると続けて、昨日はうなだれている老人がいて、帰れないからタクシー代をくださいというタカリに3000円渡したという。

何で君はそんなに困ってる人に出くわすのかと問いかけると、

「道で困ってる人がいたら声を掛けろと小学校で習ったでしょ?」

自分が小学生のときに習ったのは知らない人には声を掛けるなだったような、そもそも困ってる人の善悪くらいは判断するもんだが、彼の住んでいる町は見渡す限り知り合いの家しかないらしく、困ってる知らない人はだいたい知り合いの関係だと。

「君ね、ここは東京のど真ん中よ、タカリも多いから気をつけなさいよ」

可愛そうになって、彼の分のカフェ代を出して別れる。ここまでが先々週の話し。

昨日、友人から電話があり、携帯を貸した外人から連絡があり、なんと取引先関係の男だったと。そしてその男と仕事が始まりそうだと報告があった。

いやー、ここまで運がいいと普通の忠告が馬鹿らしくなるなw
心がきれいな人にはそれ相応の見返りがあるんだと思ったよ。
恐るべし天然系ピュアボーイ。


・・・彼が本州の一番遠い場所で叫んだ話しはまた別の機会で。

18切符の最終日、一回分余らしていた。
捨てるにはもったいないけど、日帰りでどこ行くか考えるのもめんどくさいが、
たまたま仕事の資料を日立方面に送らないといけない用事があり、
どうせなら直接渡しに行こうと茨城方面の鈍行に乗った。

電車に乗ると強制的に考える時間ができる、
仕事、私生活、過去の反省、電車の中は無駄に考えてしまう。
2時間程度だとすぐに目的地に到着し、資料を渡すという目的は一瞬で終わってしまった。

昼時に日立駅でどうしようか考える。
海の方を見てみると、景色がとてもきれいだった。

日立駅

日立には伯父の家があって、何度か駅には来たことがあった。
当時とは比べ物にならない程今はきれいだけど。

facebookで親族とつながりはなかったけど、
昨年末に友達かもに伯父と従兄弟が現れた。

"近くに寄るときは連絡頂戴ね"

そんなメールのやりとりがあった事を思い出す。
せっかく家の近くにきてるのにこのまま帰るのはつまらないと、
facebookに載っている電話番号にかけてみる。

・・・出ない。
大人は知らない番号に出ない可能性が高い。

潮風を浴びながら海に近づくと髪型はすぐにぼろぼろな状態になる。
水平線が視界全体に映る、一人で見るにはもったいない景色。
駅に戻る途中携帯が震える。さっきの番号だ。

もしもし、先程お電話頂きましたよね。

声がまったく変わっていない従兄弟に気持ちが高まった。
たまたま用事で来たこと、久々に家にお邪魔したい事を伝えると、
すぐに迎えに行くと言って電話が終わる。

16年振りで顔がわかるか疑問だったけど、
車から降りてくる風貌で一瞬で従兄弟だとわかった。
向こうも迷わないでこちらに向かってくる。

元気そうだね。

そちらこそ。

こういうときどう返事をしたらいいのかわからない。
冗談を言おうにも多少距離感がある。
無難な答えしか導けないボキャブラリーを恨んだ。

家に到着すると伯父さんが出迎えてくれた。
ちなみに伯母さんはベトナム旅行に行ってていなかった(笑)
16年間の情報交換、父親の事、その他家系の事をいろいろと教わった。

伯父さんは70歳というのにカッコよかった。昔からカッコよかったけど。
自分がもの心ついた時からハーレーを乗り回して、ちょい悪オヤジの代表みたいで、
この人が父親だったら良かったなと何度も考えた。

ハーレー

今も乗ってるんですかの問いかけに、
今は2台乗り回してる。これが楽しいんだ。と答えた。
この人には一生勝てないんだろうなー、って敗北感を感じたけど、
憧れがそのままの姿で安心した。

久々に親族に会うと妙な緊張感がある。
でも雰囲気とか自分に近い何かがあると感じる。
まあ家系的にみんな年とってもそんなに老けないってのはよくわかった(笑)

"今度はゆっくり泊まりにでもおいで"

ってことは人間的に悪い印象は与えてないよな。
社交辞令に反応してるあたり、電車では良く考えてるんだな、ははw
あー、こういうかっこいいオッサンになりたいわー。

ながらくプレーしてなかった三国志大戦がついにサービス終了になる。

10年という長い期間にわたって続いたゲームが無くなるのはショックだけど、

よくこんなに長く続いたと逆に感心するな。


来年の1月に終了する前に一緒にやったことのある友人を集めて総当たり。



シミッティ 秋人


この二人は自分よりもやっていない事もあり勝利。

なつ


彼には2連敗という完敗。

8年程前に同じようなデッキで完勝して店舗優勝したのは遠い過去のようだ。


ゲームが無くなるとカードはゴミ同然になるんだけど、好きなカードだけはどこかに飾ろう。

始めた理由は友人に誘われたんだけど、その前にカードだけは好きで買っていた。


バージョンが3になるとカードが増えて結局ほとんどのカードは入手できずじまいだけど、

手持ちのカードを組み合わせてプレーするのがとても楽しかった。

過去には全国ランクに入るトッププレイヤーには勝つことができたし、

カードにレベルが無い分、将棋とか頭脳ゲームの要素が自分に合った。


今は戦国の舞台で同じようなゲームがあるけど、

もともと中国が好きで始めて人生で一番ハマったゲームだから、

色々な思い出は小出しにしていこうかな。書くかわからないけどw

そんなこんなで仲良しの一部とできたから、

以前やった人ともう一度できる機会でも探そうかな。