自分たちにとって、お肉がタバコみたいに、人生の途中で出会う食べ物(存在)だとしたら…


もっともっと、お肉を止めることは簡単かもしれません。そして、畜産の実態や、どうぶつがどれだけ救いようの無い惨状に置かれているのか…


それを気づくのも簡単かもしれませんね。


“お肉やめようよ“


という問い掛けに、必要以上のアレルギー反応を持つこともなく、反感を覚えることも無いのかも。


それを食べて育ってきた……

この現実が、真実に気づくことを難しくさせる大きな障壁として、いま現在存在していますよね。