2022〜2023年にかけての鳥インフルエンザが原因による、鶏の殺処分の数過去最大級にのぼり、のべ2000万羽弱(2023年4月時点で1770万羽)にのぼるという…

※農林水産省の報告書より


この莫大な数を真剣に考えなければいけない。


いや数ではない、しかしこの数です。

ピンとこないかもしれませんが、人口にたとえると一つの都市の人口以上の数です…


鳥インフルエンザ…

豚熱…

感染防止のため殺処分…


きっとこんなワードはニュースから流れる聞き慣れた言葉で、何も意識しなければ「へー、あーまたかー」で終わる人も多いのではないだろうか。


命に感謝…ごちそうさま…残さずいただこう…


そんなふうに思う人はこの食肉にすらならずに殺処分された動物に対してどう納得するつもりなのか?


殺処分はボタン一つで完了しません。


鶏を袋にぎゅうぎゅうに詰めて、二酸化炭素を中へ注入するそうです。


全く想像がつきませんが、二酸化炭素は猛毒です。それらを注入された動物は長く苦しみます。安楽なんて言葉は存在しません。


そんな殺処分を実行するのは、自衛隊やときには自治体の職員さんだということも忘れてはいけません。


鶏だって、当然豚だって断末魔の叫びが部屋に響き渡ります。そんな中ジェノサイドともいうべき行為をやっていれば精神的にも負担がかからないわけがありません。


おまけに莫大な数の殺処分を必要とするため、それらを埋却する土地も足りないという負の連鎖。


「肉が美味い」「どうしても止められないお肉」


がそれらの行為と釣り合うと思いますか?


僕はいつも勝手に結論を出してしまいますが


「食肉のためには、仕方ない」


的な思考で、きっと背徳感も罪悪感も無効化されますよね。


アニマルライツ、つまり動物の権利を真剣に考えない限りは、「仕方ない」で片付いてしまう現実。


それで片付けてはいけませんよ。日本は他国に比べ特に畜産動物を過密な環境で飼育しています。


いつまた、コロナのような未知のウイルス…それ以上に危険なものが発生してもおかしくない環境を日本中で抱えているのです。


僕は現代では、人がお肉を欲するのは「味」がそうさせていると思っています。


お肉をゼロにしても人間は死にません。栄養失調にもなりません。


美味しいだけなんです。だから美味しくて、それらに代替するものがあれば…


それらの魅力を知り、家畜と呼ばれる動物の惨状に気づけば食生活は必然と変わるはずなんです。


そういったプラントベースの魅力と、それらを食べる生活で人はメンタルもフィジカルも充実できることを、行動で示していきたい。