もうすぐクリスマス。


世の中、間違いなく莫大な数の鶏が屠殺され大量の鶏肉が製造され、販売される。


みんなそれを食べて「幸せ」を共有することでしょう。


色々な現実を知って肉を食べなくなって以来、それが不自然に思えてならない。


たぶん世間一般は、「可哀想だけど仕方ない」「だからこそ感謝して食べる」論がほとんどでしょう。


美味しくて、絶対なくなって欲しくないお肉というものを作り出すには、動物の屠殺が必要不可欠…


だから屠殺の映像や畜産の実態なんか必要以上に世間には伝えなくて、むしろ宣伝や広告イメージで購買意欲を高めるように構成されてて…


僕らにとって、気づいたら食べているもの……これが巨大な存在感になっているわけです。


「タンパク質」という、大義名分ワードのおかげで「可哀想だけど仕方ない」という発想が生まれ、逆にいえばそれがあるかぎり、食べ続けることに罪悪感を感じず、堂々とこの美味しくて嗜好性の高い食べ物を人は消費し続けることができるわけです。


畜産のあらゆる実態は、大人が子供に


「牛さん達の命をもらってるんだよ」


の説明で終わり。


動物に対する虐待、屠殺はもはや食肉文化から切り離されているかのごとく人々の脳裏には何もよぎらない。まぁ昔から伏せられた分野だったことは否めませんね。

 

 

やっぱり思う。畜産、食肉分野の実態や動物に対する劣悪、残酷な扱いはすべての人が知るべきだと。

事細かく、隅々にいたるまで。


そのうえで、それでも食べたい人は食べるだろうし、そんなことに加担するのなら肉は要らないという人も少なからずいることでしょう。※いて欲しい。


いやいや、なんでそこまであらゆる肉料理を大豆で作り変えたモノを進められなきゃならないんだよ


と言う人もいるでしょう。


2022年に、あのケンタッキーがプラントベース仕様の商品を全米で販売したことを知ってますか?

※期間限定だったため、残念ながら2023年現在は販売終了とのことです。


僕は大豆だけでなく色々な植物性食材を用いて


“美味しい““もっと食べたい“


という欲求を充分満たせると考えてます。もちろん栄養的にもね。


それを、「肉ではない」という理由で偏見、軽蔑、敬遠してしまう人が多いかもしれません。


「なぜ肉料理をわざわざ植物で代用するんだ」

「どれだけ似せても、結局本物の肉じゃないからね」


ヴィーガニズムや動物搾取に関心が無い人たちからすれば、これで笑い飛ばして終わり。


いや、それで終わって欲しくないわけです。なぜそんなモノが登場してるのか、そういうモノが登場した背景が何なのか……


少しの時間でいいから、ニュートラルな気持ちで動物を飼育して屠殺して食肉にしていく現実を、知ってほしいのです。


ボタンひとつで動物が、肉の塊になるわけではありません。


屠殺って1秒で言えてしまう二文字の言葉が、どれだけ動物が恐怖して長い時間苦しむことなのか。


そして屠殺を待つ飼育期間でさえ、もう死ぬほうがマシだと思えるような残酷な扱いを受けているのか。


知ってほしいわけです。


これ、「動物の権利」、「動物への尊厳」という言葉を少しでも理解してもらえない人には同情の押し売りに思えるかもしれません。


でも畜産動物が、自分たちが可愛がる犬や猫だとしたら…はたまた、自分たちがその身であったなら…


と考えることができるなら、「美味しい」と「屠殺」をシーソーに乗せて、平等に釣り合ってるのは普通ですか?


むしろ「美味しい」の方に完全に傾き、地面に着いてしまってる。


ヴィーガンとかヴィーガニズムとか完全菜食とかじゃないんです。動物に対する思いやり、尊厳だと思ってます。


動物の権利なんて考えたら、なにもできないじゃないか…と一蹴するのではなく、それらを考えて行動することって誰にでもできることなんだよって思います。


規模や方法は違えど、その人なりにできる行動なのだから。