厳冬期の日光 | ピエロが西を向く!!

ピエロが西を向く!!

世田谷区経堂「しゅとカフェ」のオーナーシェフ。

本日は予定変更で、二週間程僕と一緒にいたサクラを返しにいった。

両親は二人で新潟の長岡の花火を観に行ってきたようだ。
噂には聞いたことがあったけど、それはもうすごい花火らしい。

涙を流すほど感動したらしい。

新潟といえば、高校二年になる春休みに、友人、ヨッシーとウチと日本海沿いの「青海川」という駅まで旅に出たことを思い出す。

それまでにヨッシーとは何回も二人で、千葉県から栃木までと関東をくまなく休みがあるたびにキャンプに行っていた。

しかし、人間、同じようなことをやっていると、だんだん飽きてくる。
キャンプ場から始まり、野宿、夏から冬へと、難易度を次第にあげるようになっていた。

その当時、「高校教師」という真田広之主演のドラマをやっていて、その最終回に出てきた、日本海の荒波立つ、駅のホームでのシーンが出てきて、ここに行ってみたい!と思い、青春18切符で行こうということになったのだ。

その話を聞きつけた、ウチが「俺もキャンプに連れてってくれ!」と名乗りでてきたのだ。

聞くと、ウチはキャンプに行ったことがないらしい。
基本的に僕はいつもヨッシーと二人で行っていた。
なぜかというと、楽だったからである。
お互い知識も多少あったし道具も揃っていたからだ。

だけど、時々こうやってだれかが連れてってくれと言いだし、連れていくのだ。
ちょうどこの一ヶ月前にも厳冬期の日光にスノーキャンプに行ったのだ。
厳冬期の日光というのはマイナス20°にもなる極寒地である。

お手頃なキャンプとは違うのだ。
しかし、このキャンプにも僕らの他に2人参加した。
1人は後に桂荘で共同生活をし、今は競輪選手の春日。
もう1人は僕の中学生からの友人の多苗。

なんでもそうだけど、素人を連れていくのは面白い。
なんせこっちは出来るのに、相手は出来ないからだ。

春日は運動神経も良く、そのかわり楽天家の頭なので、楽しんでくれると思ったが、多苗はその後、二度とキャンプには参加することはなかった。

僕は意地悪である。
今もそーだけど、昔からそーなのだ。

厳冬期の日光なので、僕はもちろん完全装備を用意し、シュラフも新しく購入して挑んだ。

雪深いと思ったので、テニス部の部室から使わないラケットを数本?計八本程失敬してきて、手づくりのカンジキも用意した。

高校生なので、ゴアテックスなんていうシロモノは買えなかったけど、防水スプレーを沢山かけて、望んだが、2人には「長靴でいいよ!スキーウェアでも着てこい!あとは自分で考えろ!」
としか言わなかった。

結果からいうと、もちろん厳冬期の日光は素晴らしく、寒かったけど、楽しかったのだ。
photo:01



しかし、多苗に用意したシュラフは半身用を持ってきてしまい、多苗は一日目は一睡も出来なかったようだ。
しまいには、長靴が凍って、凍傷にまでなってしまったのだ。
まぁたいしたことなかったんだけど、多苗は昼夜、バーナーで足を暖める作業しかしなかったのだ。

そんなこんなで、僕らのキャンプは多少無謀なことをやるのが、定着しつつあったのだ。

そこで、新潟に行くコトになったのだ。
これはまた、明日にでも書こう。